明るいうた



初夏の日差しがまだ柔らかく注ぐとある午後。

一条が雄介に連絡を取るためにポレポレへと出向くと、彼は保育園に行ってくると言って飛び出したばかりとおやっさんが新聞を広げながら教えてくれた。

久しぶりだねえコートのハンサムさん、あいつが帰ってくるまでコーヒー飲みつつお話なんてどう?という誘いを何とか断る。

別に緊急、という用件では無かったが…それでも、いつ戻ってくるか分からない彼を待っていられるほど暇ではない。

…おやっさんの話に付き合うのが嫌だったとか、そういう訳では無いのですと心中で謝罪しながら一条はわかば保育園へと急いだ。





近くに車を停め、保育園の玄関まで向かう。

園の庭に子供の影は見えず…建物の中から、明るいピアノの音と元気の良い子供たちの歌声が響いてきていた。

歌声は明るく、空へと響き渡っている。

雄介もその中に入っているのだろうかと思うが…そういうところにお邪魔するのは何か、気が引けた。

一つの歌が終わり、子供たちが一瞬騒めくがまた新しくピアノの前奏が始まる。

やはり出なおそうかと思い、一条は背を向け車へと戻ることにした。

ピアノの音に合わせて、子供たちの歌声が重なる。

…ふと、その歌詞が耳に飛び込んできた。

思わず足を止める。

明るい歌声に乗せられて、無邪気に届くことば。

有名な子供番組のテーマだと、一条の知識ではそれくらいのことしか分からない。

それでもこういう歌詞だったのかと改めて思い…それが子供に明るく歌われているその不思議さにしばし動きを止めた。

その歌が、さびの部分に入ったところで一条は我に返る。

こうしている場合ではないと思いなおし、車へと向かった。

歌声は、変わらず明るく続けられていく。

門を曲がろうとしたそのときに、不意にその歌声がまばらになった。

「…?」

思わず振り返ると、窓のところに園児が数人へばりついてこちらを指差している。

そしてその後に寄ってくる、見慣れた姿。

遠目に、微笑んで手を振っているのが見えた。





結局その後飛び出してきた園児に連行され、一条は雄介と会うことが出来た。

一条に興味津々だったり、雄介に引っ付いて離れない園児をお仕事のお話だからとやんわりとみのりが押し止める。

そうして園児から離れた場所で、一条は二三の連絡事項を彼に伝えた。

「わざわざすみません、本当に」

「いや…こっちこそ、邪魔して済まない」

あの柔らかな空気を破ってしまったのが申し訳無くてそう言うと、いえいえ、と雄介は微笑んだ。

「皆も一条さん来てくれて、喜んでますし」

ほらね、と彼が見た方向をつられて見ると、角からこちらの様子を伺うように覗き込む数人の園児と目があった。

こっちに気付かれたと分かった瞬間、きゃあと甲高い声を上げて隠れる。

「…ね?」

「…喜ばれて、いるのか?」

どうにも子供の反応というものが分からなくてそう言うと、雄介はそうですよ、と苦笑した。

再び視線を送ると、やはりいくつかの瞳がこっちを見ている。

「ゆーすけぇ」

「んー?」

そんな彼らに恐る恐る呼ばれて、雄介が答える。

「おしごとのお話、終わったー?」

ちら、と一条を雄介が彼らと同じような瞳で見てくるので、苦笑して首肯いてやる。

「終わったよー」

雄介の返事にぱあ、と表情を明るくさせて子供たちは駆け寄ってきた。

「じゃあ、あそぼー!」

「いちじょうさんもー!」

「な…」

戸惑う一条に有無を言わせない勢いで子供たちは彼の手を取り、皆が待っている部屋へと連れていった。





悪いが仕事があるからとか、そういう事情を何とか説明し…雄介が皆の注意を引き付けている間に、こっそりと部屋を抜け出すことに成功する。

「すみませんでした、本当に」

玄関でぺこりとみのりに頭を下げられ、いえ、と一条は苦笑する。

「元はといえば、私がお邪魔したのですから…」

「そんな、気になさらないでください」

本当に皆も喜んでますし、と兄と同じように彼女は微笑んだ。

では、と一条が退出しようとすると…先程と同じ前奏が聞こえてきて、思わず足を止める。

「?」

「あ、いえ…」

動きを止めた一条に軽く首を傾げるみのりに、何だかひどく申し訳ないような気になる。

そうしてすぐに響いてきた歌声を聞いて、彼女はああ…と苦笑した。

そうして柔らかく、こう言った。

「私もこの歌初めて聞いたとき、驚きました」

「…そう、でしたか」

「はい」

お友達がそれだけなんて淋しいなあって、そんなこと考えてました。

何もことばを返せない一条を咎めるでもなく、彼女は続ける。

「…子供が無邪気に歌う歌詞にしては、ちょっと変わっているなあって思いますけど…」

明るい歌声はまだ響いている。

「でも、色々経験した人が子供に…って作ったものは、ちゃんと意味があるんだと思うんです」

歌っていて、その意味が分からなくても。

「大きくなるにつれて、考えていってもらえばいいものだと思います」

だから、あんまり気にしなくていいと思いますよ?

一条の戸惑いの全てを許すように、彼女はそう言って微笑む。

「…ええ」

その気遣いをありがたく受けとめて、一条は頭を下げてその場を辞した。





歌声は変わらず明るい空へと響いている。

車内が蒸していそうだな、とそんなことを考えながら一条は足を早めた。

「何が君のしあわせ、か…」

何をすれば喜んでもらえるのか、それすらもまだ良く分からないことの方が多いのだけれど。

後を振り向き、遠目に子供たちと一緒にいる姿を見る。

笑顔で彼らの傍にいる…そんな彼を見て、一条は微笑んだ。

少なくとも、そうしている今は彼のしあわせに違いないと思いながら。






fin.









13000キリ番ゲッターの京都様からのリクエストで、
「『Aンパンマン』についてのお話」でした。
リンク先から京都様のサイトに行かれるとお分りになりますが、彼女は『アンPンマン』大好きな方です。
で、良く話に上がったのが、「『Kウガ』と『アンパンMン』における共通点」でした。
ヒーローもの、ということを言ってしまえばお仕舞いなのかもしれませんが…
本当にたくさん考えさせられることが多い作品です、両方とも。
そういうことで絡ませて書いてみてはどうか、とお話をいただきました。
本当は違う切り口から…と思っていたのですが、テーマ曲に限定したお話になってしまってちょっと申し訳無かったです…
でも本当にこのテーマ、歌うと切なくなってきますよ〜(涙)
大変遅くなりましたが、素敵なリクエストありがとうございましたー!




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