第一印象は鎖骨でした。 ……だなんて言ったら迷う事無く振られるだろうが、な。



印象


 
「なぁ五代……いいだろ?」 
椿は雄介の柔らかな髪にくしゃりと手を伸ばして引き寄せると、髪を掻き上げて顕になった耳元にそう囁く。 
一瞬、びくりと身体をすくませた雄介だったが、顔を横向けて椿を至近距離で見据え、にっこりと微笑んだ。 
「駄目です」 
こういうのは、自力で何とかするものですよ。 
そう言うと彼はやんわりと回された手を外した。 
「…………」 
「違いますか?」 
「……違わないよ、ああ!」 
ぐる、と座っていた椅子を回してデスクの方に向き直る。 
「…からかいがいが無くてつまらんな」 
ぶす、と持ったペンでこつこつとデスクを叩いて横目で雄介を睨むと、そうですかぁ?と目を丸くして雄介が笑った。 
「…じゃ、俺帰りますんで」 
「あ、おい五代!」 
「はい」 
のばされた手をがし、と掴んで握手。 
「……本気なら、迷わずアタックですよ?」 
「う……」 
「じゃ次の検査もよろしくお願いしますね」 
ことばを詰まらせた椿に、雄介はこれでもかと言うほどに全開の笑顔を見せた。


「………」 
どうにも、あの人を相手にすると勝手が掴めない。 
こんなことは今までの相手ではありえないことだったから、戸惑う気持ちの方が大きくて………  
とりあえず正攻法で食事に誘っては見るものの、運が悪いのかなんなのかいつも彼女は彼の店の手伝いをしていたり、
徹夜が多い日常の中での久々の睡眠時間だったり……それでも何とか会おうと思うと必ずあいつが邪魔をする。 
……まあそいつに悪気がないのはこちらも分かってはいる。分かってはいるのだが……
携帯の液晶画面に出る彼の名前を恨んだことはもう数え切れない。 
これだけは今のあの人の前からのことなので何とも言えないが、借りは借り、いつかしっかりと返してもらおうと心にしっかりと秘めている。 
「…くそ、五代のやつ……」 
少しぐらい教えてくれてもいいじゃないか、けち。 
こちらには相手のデータはほとんど無いんだぞ……いつも迷惑かけているのはどっちだちくしょう。 
恩に感じて少しは俺の役にたってもいいだろう………  
「………」 
何だか虚しくなってきて、椿はため息をついた。
心にもないことを言っていても仕方が無い。 
大抵一条とここに検査にくる雄介だったが、今日は一条の都合が悪かったとか何とかで一人で来ていた。 
ここぞとばかりに彼女の情報を聞き出そうとしても、彼はやんわりと断る。 
悪ふざけや悪戯を含めて交渉しても結果は変わらなかった。
 
「俺から聞いても駄目ですって」 
両手を前に突き出して軽く振って。 
「俺の話とか、人の話を聞くより……直に会った方がその人のことって分かりますよ?」 
百聞は一見にしかず、ですよ。 
そう付け足してやけに綺麗に笑う。 
「………そんな分かり切ったこと、言われなくても……」 
「ならそうしましょ?」 
そう言われては何も言いかえせなかった。
 
……初めて会ったときの印象はあまりない。 
本当の第一印象は鎖骨だった。 
丁度駄目になった前の彼女もいい鎖骨をしていたから、思わず彼女のと比較してしまったのだ。 
思い切り深刻な場面でこんなことをしていた自分にも呆れ返ったが、性分というものは変えられそうに無い。 
下手をすれば混乱しそうな頭で、一部が冷静にそんなことをしている場合かと判断していたが視線は自然にそこに行った。 
綺麗、だった。 
稲森さんもなかなかだと思ったが、彼女のそれもまた素晴らしいと思った。 
まあ、そんなことを思ったのはそれこそ一瞬で、すぐにその場の重苦しい雰囲気でそれどころではなかったのだが。 
あとはまあ……女というものは強いな、と。 
彼女と、彼の妹を見て心底思ったのだった。 
……生き返った彼に彼女がフリーかと聞いたのはどうしてだったのかは、自分でもよく分からない。 
ただ、不意に彼女が頭を過ったもので……ついあんなことを口走ったのだ。 
……そして第三印象。 
不安に揺れる瞳。思い詰めた表情。不快そうにひそめられた眉。怒った口調。………  
………あとはもう、印象も何も。 
彼女が危険に襲われると思った瞬間、心臓を掴まれた。 
普段心臓なんて掴み慣れていたが、ここまで痛いものとは知らなかった、などど馬鹿げたことを思って誤魔化そうとしても無理だった。 
絹を裂く悲鳴が、しばらく耳について離れなかった。 

ふう、と大きなため息を一つ吐く。 
あのときに感じた不安は思い出すだけで心臓に悪い。 
ただでさえ最近は過剰労働なのだから、これ以上身体に負担をかけても仕方がない。 
それよりは……もっと前向きになってみようか。 
さっきまでいた楽天家な彼の影響なのかどうかは分からないが、椿はそう思って受話器をとった。 
今度の素敵な鎖骨を手に入れるのは、それこそ骨が折れそうな予感を感じながら。




fin.





書き始め当初のタイトル「椿桜子のススメ」(笑) 
いやあ、好きなんですよ!ハムスター的椿さん!! 
しかしこの話…九月に書いておいたのをほとんど忘れていました(怠) 
今発掘して書き足したんですが……その過程で叫んだことがたくさん。
 
思ったよりギャグ(こんなのでも)だったこと。 
椿さんのキャラのとらえ方が意外だったこと(自分だろ…)。 
雄介を明るく書けていること(……涙)。
 
特に最後について自分で頭抱えてしまった辺り何というかもう(泣) 
やばいなー……

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