届
その日は例年通り、普段は張り詰めた職場が何処か甘やかな雰囲気に包まれていた。
義理での贈り物は双方が面倒な思いをするから止めようという動きが強まってはいるが…それでもまだまだこの慣習は根強いもので。
直接渡されるもの、あるいは机の上に置かれるものを合わせると、何時の間にかそれなりの量になっていた。
一条は仕事を大体片付けると、誰から貰ったのかを確認し始める。
ふと、後から声がかけられた。
「さすが一条…変わってないな」
「海老沢さん」
長野では二年ぶりにこの行事を迎える一条を、楽しげに彼は見守っている。
「仕事は終わったんだろう?」
「はい……ですが、少し残っていこうかと」
とりあえず速急に行なうべき仕事は片付けたが、探せばいくらでもやるべきことは出てくる。
見付けておいたそれに手をつけようと思っていた一条だが、そんな彼を見て海老沢は苦笑した。
「いいから…誰かと約束でもしてるんじゃないのか?」
「…いや、そんなことは」
「いいから遠慮するな、な?」
一方的に決め付け、こちらの言い分を一つも聞いてはくれない海老沢。
「そうだぞ一条、こんな日くらいはのんびりしろよ」
そんな彼に同意するように、同僚たちが声をかけてくる。
主に妻帯者な彼らにとっては、貰った贈り物を家族に分け与えるだけのこの日。
独身である自分に気を使ってくれるその気持ちを無下にするのも申し訳なく…一条は結局、言われるままに早めに帰宅していた。
一年前とは違う道を歩きながら、思い出すことはあまり変わりなかった。
それでもその頃よりは…どこか、やわらかく思い出せるような気がして。
毎日のように彼が残してくれたものに気付かされている、それもあったかもしれない。
形として見えるものから、こうして街を見るときの気持ちのように…形には出来ないものまで。
普段よりはどこか華やかな街並に目を細めつつ、一条は家路を急いだ。
部屋につき、貰ったものをとりあえず冷蔵庫へと入れる。
その贈り物以外は充実していない冷蔵庫を眺めつつ、とりあえず適当に夕食を作るか…と考える。
不意に一年前のことを思い出してカレンダーを見るが、それはやはり何も変わりはなかった。
「……」
それはそうだ、と思う。
去年は…東京で。今は長野。
それでも以前のように不意打ちで何か仕掛けがありそうな、そんな期待を持ってしまった自分に苦笑する。
そうそう都合がいい話があるわけではないのに。
再び冷蔵庫を眺め、何を作るか思案しはじめた……そんなとき。
ぽぉん、と軽い音を立ててドアベルが鳴った。
部屋にいることは数少なく、あったとしても夜遅く帰宅する一条は不思議に思いながらも返事をして玄関へと向かう。
長野に戻ってきてからは、ひょっとしたら初めて聞いたかもしれない自室のドアベルの音。
管理人か、あるいは何かの勧誘か…そんなことを思いながら、ドアの向こうに声をかけた。
「どちら様ですか?」
「一条様ですか?お届けものです」
扉に隔てられたくぐもった声が聞こえ、一体誰が…と考えつつ彼はドアを開けた。
「あ、すみません…お荷物こちらになります」
風邪でもひいているような声と共に、ひょい、と目の前に段ボール箱が差し出される。
両手で受け取るが、差程重くはない…むしろ軽いといってもいいくらいだった。
玄関脇にそれを置き、差し出された伝票に言われるままサインをする。
伝票を受け取り、深めに帽子を被った配達人は軽く頭を下げる。
「じゃ、ありがとうございましたー」
「ご苦労さまです」
風邪でも仕事を休めない苦労を忍び…次第に遠ざかる足音を聞きながら、一条は玄関のドアを閉めた。
ふと荷物を見…誰から来たのかを確認した瞬間、一条の目は丸くなった。
「……………」
加えてその伝票の不自然さ。
こんな伝票があってもおかしくない…そんな風に作られてはいるが、見覚えのある筆跡とマークによってそれらは全て裏切られていた。
「………っ!」
急いで靴を履き、一条は玄関から飛び出した。
のんびりと歩く後ろ姿に追い付いたのは、その姿が雑踏に消える寸前だった。
「……すみません」
「あ、どうかされましたか?」
帽子を深めに被ったまま、飄々と先程の配達人は答える。
今聞くとわざとらしく変えた声が、どこか楽しそうに一条に向き合った。
「………先程届けてくださった荷物のことで、お聞きしたいことが」
「やー……俺ただの配達人なんで、ちょっと分からないかも……」
「…………」
「あ、怒らないでくださいよっ」
焦ったように配達人は両手を前に出して軽く振る。
そんな彼に苦笑しつつ、一条もまた楽しそうに続けた。
「…歩いて配達とは、珍しい配達会社ですね」
「そうなんですよー…ほら、その方がお客さまときちんとしたコミュニケーションがとれるっていうか」
「なるほど…でしたら少々付き合って欲しいところが」
久しぶりに自分が凄く笑っている自覚をしながら、一条は配達人にまっすぐ向き合った。
「…どちらまで?」
「近所のスーパーまで……ちょっと、食材を買い込みたいので荷物を持っていただけると助かります」
「それくらいなら喜んで…これもサービスの一環です」
そう言うと場所を教えてもいないのに迷わずスーパーに足を向ける配達人に苦笑を重ねながら、一条はその横に並んで歩き始めた。
同じくらいの背丈、帽子からはみ出た癖のある髪。
「あ、寒くないですか?」
コートを着ていない一条に気が付き、配達人が心配そうな声をかける。
「……ちょっと急いでいたもので」
何故さっき気付かなかったのかと思うほど、見覚えのある手のひら。
「ぅわ」
「…少々寒いので、しばらくこうさせてください」
「………べ、別料金になりますよ?」
いきなり手を握られて慌てる彼に笑いかけながら、一条は楽しそうに続けた。
「それくらいなら喜んで…ちなみに夕飯をご一緒してもらうのもその別料金でお願いします」
「…………変わりましたねー」
ぽそ、と呟かれるその声に笑みを深くして、一条は先程よりも明るさを増したように見える街並を歩いた。
「………で、あの荷物には何が入っているんだ?」
「あー…とりあえずお菓子の材料と……ってあの俺配達人なんですけど」
「ああ…そうだったな、五代」
「だからー……」
fin.
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