name



「おかしい、って言われたんですよ」

雄介は箸を置いて、向かいに座る一条に言った。

「こういう付き合いをしているのに、それはおかしいって」

「………そういうものか?」

「そういう、ものらしいです」

こくん、と口の中のものを飲み込む。

「……誰に言われたんだ?」

「椿さん桜子さんみのりに……」

「………分かった、もういい」

次々と上げられる名前を一条は遮った。

一口分だけ椀に残っていたご飯を口に運び、噛む。

「と、いうわけで」

よいしょ、と椅子の上に器用に正座して、雄介は言った。

「これからは薫さんと呼ばさせていただきます」

一条は思い切り咽せた。

「ちょ、大丈夫ですか!?」

「う………」

雄介は慌てて一条の横に回り、背中を擦ってやる。

目に涙が軽く滲んでいる……相当、苦しかったのかもしれない。

「俺、何か変なこと言いましたか………薫さん」

ちょん、とフローリングの床に膝を立てて一条を見上げて言う雄介。

何とか落ち着いた一条がその彼を見下ろしてため息をついた。

「………いや、その………」

「はい?」

「……どうしてもその呼び方にしたいのか?」

「………嫌なんですか………?」

おかしいなあ、喜んでくれるって言ってましたよ?

首を捻りながら雄介は言う。

「……誰がそんなことを言ったんだ?」

「椿さん桜子さんみのりに……」

「……分かった、もういい………」

次々と上げられる名前を一条はまた遮った。

……確かに、こういう付き合いをしているのに名字で呼び合うというのはおかしいのだろうか。

それでも一条にとってはそういうことははっきり言って問題では無かったから、

いきなりそういうことを言われて驚いてしまったのである。

「で、一条さん……とと、薫さんには雄介って呼んでもらえって」

にこやかに言う雄介を見下ろしながら、一条は更にため息をついた。

「…それも皆に言われたのか?」

「はい」

お互い平等にしなくてはなりません。

真剣に言う雄介の瞳には一つの曇りも無かった。

「試しに一回。呼んでみてください」

がし、と膝に置いた手を一条は雄介に掴まれる。

「さんはいっ」

「…………」

「ほいっ」

「…………」

「はいっ」

「…………五代」

がく、と雄介は床に崩れた。

「駄目じゃないですかいちじょ……薫さん」

「君だって無理をしているだろう」

「慣れの問題です」

「……どうしても、名前で呼び合いたいのか?」

一条がぽつ、と呟く。

すると雄介は目をぱちくりさせて、あれ?、と言った。

「いや、別に俺としては今まで通りでも大丈夫ですけど」

一条さんが喜ぶだろうって聞いたから……

と素直に言う雄介に一条は苦笑した。

「だったら、別に変える必要はないだろう」

「そうですね」

雄介もそれで了承し、素直に手を離した。

「どう呼ばれようと俺だって気にしませんよ……一条さんが俺を呼んでくれる限り、それは俺ですしね」

「……そうか」

「そうです」

ほ、と一条は安堵の息をついた。

その一条を見て、雄介は悪戯をするように目を輝かせた。

「……でも一度だけでも、雄介、って呼んでくれません?」

一条はぴし、と固まった。

「……つまりは照れているんですか?」

無邪気に問うた雄介に引きつった笑みを返しながら、一条は席を立った。

「………明日も早いから」

「そうですよね薫さん」

「……五代………」

「何ですか薫さん」

「…………」

無言で寝室に入る一条。

その後を追い掛けながら雄介はその背に声をかけた。

「何時に起こせばいいでしょう薫さん」

「………六時半に頼む、五代」

「…………かおるさーん」

追い付いた背にぺた、と引っ付いて雄介は呻く。

ぺし、と軽く雄介の手を叩いて、一条は言った。

「何だどうした五代雄介」

「あ!増えてるー!!!」

「……君がしつこいのが悪い」

「一条さんだって大人げないです」

「同い年だろうが……」

「十一ヵ月も違えば十分です」

ぶー、と頬を膨らませて雄介は言い切った。

「こう、四文字言うだけじゃないですか」

「……本当に言っていいのか」

「いーですよ。もちろん」

まだまだへばりついたままだった雄介を一度引き剥がし、一条は雄介と正面から向き直った。

「……言うぞ」

「いつでもどうぞ」

面白そうに目を細めて雄介は笑っている。

何がそんなに面白いのだか、と心中でため息をつきながら、一条はようやく口を開いた。











その後しばらく、互いの赤面を指さしながら笑い続ける不思議な二人が見られたらしい。






fin.





見せらせ俺の真骨頂。
この話は↑こういう書き出しで始まってました。
私何か新しい話を書くときに、自らに勢いづけるために何か書いてから始めることが多いんです。
いつ書いたか記憶にありませんが(またフロッピーから発掘…)、
一体何があったんでしょう、当時の私(汗)

ちなみにこの話、昨年の十一月に出した「basis」という小説本のおまけに書いた話とちょっぴりリンクしております。
そのおまけもいつかちゃっかりアップしているかもしれません(汗)





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