遠くから、教会の鐘の音。
ゆっくりとそれが空に響いて消えていった。
雄大な景色のもとにある彼
白い病室に眠る雄介を一条は黙って見ていた。
あの、願わくば最後の闘いから一週間。
雄介は一度も目を覚ましてはいなかった。
「これはあくまでも推測に過ぎないが」
椅子に腰掛けた友人が今までのレントゲン写真を食い入るように見ながら言う。
その推測が今まで外れたことは一つ……いつも雄介を診る度に気にしていたこと……を除いてはなかったから、一条は真剣にその話を聞く。
「アマダムは、あいつの体内にまだある」
「……なら、どうして……」
どうしてこれまでと比べて回復の速度が遅いのか。
そう疑問を抱いた友人の目を見、椿は苦笑する。
「まあ、これも推測に過ぎないんだが」
目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……つまり、もう急いで無理に身体を回復させる必要がなくなったんじゃないか?」
「………」
「……これまでは」
次から次へと出現する相手に対応するために異常な回復力を見せてきたが。
そう苦い声で続けて、大きな目を開けた。
「もう、そんな相手が全部いなくなった証拠だと、俺は推測する」
「……楽観的過ぎる」
「だが、お前もそう思っているんじゃないのか?」
じゃなきゃここでこんなゆっくりしてないだろうが。
と皮肉を言われて一条は苦笑った。
「…とにかく、今石は五代の身体をゆっくり回復させていると見るべきだ」
こつん、と机を叩いて椿は椅子から立ち上がった。
目で促して一条をも立たせ、病室へと向かって歩き出す。
静まりかえった院内……だが一週間前までの悲壮感は失せている。
遠くから子供の甲高い笑い声が聞こえ、二人は微苦笑を漏らす。
「……あいつにも、この声が聞こえているといいんだか……」
そうつぶやいて、椿はまたも苦い表情を浮かべ、首を振った。
綺麗に晴れた大きな空の下。
広い、どこまでも広い海の前で。
ゆっくりと手のひらを空にかざす。
ここには前いたところのように空を遮る余分なものは何にもなくて。
ひたすら綺麗な空を見続けることができるから。
太陽の光がまぶし過ぎて目を細めて、目をつぶった。
かざした手のひらはそのままに。
かつん、と硬質な音を響かせて二人は一つの病室の前で立ち止まる。
ネームプレートに、名前は記されていない。
重い表情で椿が溜息をつき、静かにドアを開けた。
白いカーテンが引かれた向こうの窓側のベッドで雄介は静かに眠っていた。
静かに、涙を流しながら。
「……いい加減泣きやんでもらわないとシーツがカビてしまうんだがな……」
青白い顔には血の気が段々と戻って来てはいる。冬山で一条が抱き起こしたときはそれこそ周りの雪のように白かった。
それでも、いつもの彼を見てきたものにとっては。
「……クリーニング代なら警察に請求してくれ」
「馬鹿野郎」
そんなこと言いたいんじゃないぞ俺は。と毒づく椿に悪い、と言いながら、一条は近くの椅子を引き寄せて座り、雄介の頬に伝う涙を拭った。
ガーゼを手にとって両頬、目尻まで丁寧に水分を吸い取らせる。
しているかどうか分からないほどの小さな呼吸が聞こえてきて、一条は溜息をついた。
「……泣きながら目が覚めるってのは、嫌なものだよな」
椿は窓により、閉められていたカーテンを開ける。
冬の暖かい日差しが部屋を満たし、少し顔を綻ばせた。
「……そうか?」
小さく一条がつぶやいた。
「……少なくとも、魘されるよりはずっといい」
「…………そうかも、な」
辛くて苦しい悪夢と、悲しい夢。
どちらともが胸をさいなまれるがそれでも彼にとっては。
「……ようやく、泣けたんだからな」
「………一年分の涙、か?」
「ああ」
そう思えば少ないものだろう、と真面目に言う一条に、椿は違いないなと悲しげに笑った。
「……笑顔の方は、一年分以上を使って……売り切れたんだろう」
「………何年分くらい使ったんだろうな」
軽い口をたたき合いながら、一条はまた流れた涙を拭った。
耳を澄ませば、波が静かに打ち寄せる音。
暖かな、あたたかな砂地。
ちょっと居心地の悪い荷物の枕。
腕が疲れてきたからぱた、と下ろした。
椿は看護婦に呼ばれていって、病室には一条と雄介の二人きりが残された。
小さく上下する胸を見ながら、時折にじむ涙を拭う。
涙で凝った髪を指で梳いて、元に戻した。
涙腺というものがあるのなら、それが壊れてしまったかのように雄介はずっと泣き続けていた。
始めは嗚咽混じりに、しばらくするとただ静かに涙を流した。
魘されているよりはいい。確かに一条はそう思う。
だがそれでも…………
「……いつかは……また……」
そのときを信じて、一条は考えを固めた。
気がついたら天井を見ていた。
いつから見ていたのか忘れてしまったけれど、確かに彼は目を開いていた。
「……………」
見慣れた病室は薄暗く、遮光カーテンに遮られて今が何時頃なのか全く分からない。
とりあえずゆっくりと寝返りを打ってみる。
そしてゆっくりと息を吐いてみる。
少しずつ身体を延ばして、溜息をつく。
「………あー……」
声を出してみるとちょっと掠れていた。
よいしょ、と小さく声を出してゆっくりと身体を起こす。
とりあえず顔でも洗おうか、と備え付けの洗面台にのたのたと近づいて、鏡を見た。
驚いた。
驚きながらも一生懸命試してみたけど、無理だった。
「……あっちゃぁ……」
嫌だな、ちょっと格好悪いな、と彼は思った。
辛いときこそ………って思ったし、何よりも一番目のなのに。
でもどうしても、鏡の中の雄介はただ困った表情を浮かべるだけだった。
無造作に顔を水で濡らして、枕の側に置いてあったタオルで適当に拭う。
そうしてぼうっとベッドに座り込んで天井を見上げた。
「……どうしようか」
こて、と身体を横にして、つぶやく。
そのとき着ていた診察着が乱れて、ああ着替えなくてはと彼はまたのろのろと起きあがり無機質な鉄のロッカーを開けた。
いつもここで目が覚めると、大抵着替えがここに入れられていたから。
キイ、と耳障りな音を立てて開いたその中には、常のように几帳面にそろえられた服。
………だが。
「………あれ…?」
それを見て、雄介はすぐに違和感に気がついた。
きちんと畳まれた服。だがその畳み方が常とは異なる。
……ああ、来てくれていたんだ、と素直に感謝を雄介は覚えた。
そして手を伸ばして服を取ると、はらりと何かが舞い落ちた。
「……?」
床に落ちたそれを屈んで拾い上げ、書かれている文字を読む。
「『ポケットを見ろ』……」
首を傾げながら取り敢えず服を着替え、ジャケットのポケットを漁る。
すると固い感触と指がぶつかり、雄介はそれを取り出した。
小さな金属製の鍵に、また何か書かれた紙がくっついていた。
「………ロッカーの引き出しの鍵……ってここですか?」
見るといつも開閉する扉とは別に、下に小さな鍵穴がついた引き出しがあった。
鍵を穴に入れて回すと、、カチャリと軽い音を立てて開いた感触がする。
雄介は手をかけ、ゆっくりとその引き出しを引いた。
「…………あー………」
ああ、本当にもう。
雄介は引き出しの中に入っていた黒いデイバッグを取り出し、中を見る。
小さいポケットにはパスポートとか財布とか……お守りとか。
詰められていた必要最低限の着替えは全て、さっき入っていた服と同じ畳み方が成されていた。
「…………ほんっとに、もー………」
これだから、かなわないよね。
小さく溜息をついて、雄介は荷物を詰め直し、診察着を畳み、カーテンを開く。
そこには冬の早朝の青空。
大きく息を吸い込んで、大きく息を吐いた。
「……………行ってきます」
そうして彼は、窓枠へと手をかけた。
しばらく拳を見つめ、ゆっくりとそれを下ろしてもう片方の手で包むようにする。
まだ、まだまだだけど。
だけどいつか、きっと。
青く、澄み切った空の下で。
子どもたちの歓声が高く響く。
to
be continued.....
……思いっきりつれづれに書いてみました。
これが私の、最終回捏造です。
これはもう、皆様書かれてますけどやっぱり自分の言いたいこと言いたくてうずうずじたばた(死)
こんなんでも思い切り頑張って書きました……というか久しぶりに長く書いたような(汗)
思い切り笑顔を使い切った後だから、今度は思い切り泣くのもいいと思います。
もちろん笑顔に勝るものはないけれど。
そして、彼にもらった笑顔は決して無駄にはしません。
そしてそして、いつの日か彼が再び心から笑える日が来ることを信じて。
何だか支離滅裂で実は言いたいこと言い切れていなかったりするのですが(汗)
うーん……ああもう、とにかく大好きです。大好きったら大好きなんだい。(何歳だこら)
あ、「to be
continued.....」と打ってますがこれは何というか。
「fin.」と打ちたくなかっただけなんです、実は(汗)
とりあえずこれはこれとして終わり…でも彼らの物語は永遠に〜vというわけで。
………ああ、書き足りない………(涙)
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