「……本当にそれ、育てるのか……?」
 「あ、はい」



このみ



 肌に当たる風が冷たい。
 そろそろコートのハンサムさんにならないといけませんね、
 なんて軽口を叩きながら雄介と一条は色を変えてきた並木道を二人歩いていた。
 早いものはもう既にその葉を落として……地面でかさかさと風に揺れている。
 人々の装いはそれとは反比例するように暖かみを増すようになってきた。
 冬は、近い。
 「……いきなり立ち止まったかと思ったら……」
 「え?駄目でしたか?」
 両の手を合わせて出来た空間の中に閉じこめたそれをころころと転がしながら、
 雄介は戸惑うような素振りを見せた。
 「……駄目とは言わないが」
 「……やっぱ変ですか」
 「……こういう点に関しては、否定できないかもな」
 「ぶー」
 口を尖らせて不満を漏らす雄介を見て、一条は苦笑する。
 「………子供か、君は」
 それを聞いて、不満顔の雄介が少々いたずらな光を目に宿して言った。
 「……一条さんなら、知ってるでしょ?」
 俺がオトナかコドモか。
 一瞬一条は目を瞬かせたが、すぐに彼が何を言いたいのかを察した。
 そして、平然として言い返す。
 「……立派な、オトナだな」
 「……こー、少しは顔赤らめるとか……」
 「無理だな」
 残念そうに笑う雄介を見て、一条もまた笑った。



 「だって、確かめてみたいと思いませんか?」
 雄介は合わせた手のひらを目の前に持ってきて、その隙間から軽く覗き込む。
 「本当に、これから芽が出るのか」
 「……出るだろうな」
 種子なんだし、実際森では新しい芽がたくさん芽生えているし。
 そう一条が告げても、雄介はまだ納得がいかないように首を捻った。
 「それはそうですけど…でもそれがこいつらから出てる芽だとは分からないじゃないですか」
 「…まあ、な」
 だからといって、ここまでこだわらなくてもいいだろうに。
 喉元まで出掛けたことばを一条は止めた。
 雄介は器用に片目を瞑って手のひらの奥を覗き込む。
 その仕草はまるでようやっと捕まえた昆虫を逃がさないようにしている子供のようだった。
 くす、と一条は笑う。
 「逃げるわけでもないだろうに」
 「んー……まぁ、気分ですって」
 まだ手のひらは合わせたままで下に下ろした。
 そして笑っている一条をちら、と見て、雄介は軽く咎めるように言った。
 「子供っぽいでしょ?」
 「そうだな」
 速答。
 「……だから、少しは悩んで下さいよ」
 「……と言われても、結果は同じだと思うがな」
 いくら考え込んだところで、彼がいい意味でも悪い意味でも子供っぽいということは否定できなかった。
 「オトナだってさっき言ったじゃないですか」
 「あれとこれとはまた話は別」
 「あちゃー」
 それじゃ俺って何ですか?
 決まっているだろう、五代雄介だ。
 「……かないませんねぇ」
 「俺もだ」


 
 幾つかの遊歩道が集まる大きな遊歩道が、そろそろ終わりを迎える。
 視界の先にはもうすでに街の喧騒が見えた。
 「さて、と…何に植えよっかなぁ…」
 雄介は楽しげに……実際楽しんでいるのだろう、自分の持っている鉢の特徴を次々と上げていく。
 「うーん…将来を見越してやっぱり大きい鉢に植えた方がいいですかね?」
 「……そこまでなるのに何年かかると…」
 「いつまでも待ちますよ」
 出来ることならこいつがまた実をつけるまで。
 「全く……」
 木が大きく成長するのには何年もかかる。
 一見小さな樹木でも、実際にはもう十数年の樹齢であるのは特別珍しいことではない。
 彼としたことがそんなことも知らないのかと疑問に思った一条が横を歩いている雄介を見た。
 「…知ってますって」
 小さな笑み。
 「実際には無理ですよね、そんなこと」
 慌てて一条は何かを言い掛ける。
 だがそれを表情で押さえて、雄介は手のひらに包んでいる小さな固まりを地に落とした。
 「あ………」
 「いいんです」
 ぽた、と力なく落ちるそれを少し名残惜し気に見ながら、雄介は微笑んだ。
 「いーんです……どうせ、自己満足でしたし」
 「……いいのか?」
 「はい……だって…こいつだって困るでしょう?」
 「…………」
 小さな命。
 それを歩いている途中で拾いあげて、自らの手のひらに乗せて嬉しそうにしていたのに。
 「……俺が、あんなことを言ったから…か?」
 「…違います」
 本当ですよ?と笑うと、彼はもうそれを見向きもせずに歩きだした。
 一条が急いで後を追うと、少し歩調を緩めている彼にはすぐに追い付いた。
 「……じゃあ、何故……?」
 「……別に……ちょっぴり大人になってみただけです」
 諦めが早くてちょっとしたことには拘らないようにして。
 「本当に、それだけですから」
 そう言って、雄介は笑った。



 しばらく黙って雄介の隣を歩いていた一条だったが、ふ…と立ち止まる。
 「一条さん?」
 「…………」
 一条は腰を屈めて足元に落ちていた木の実を拾い、無言で雄介の掌に押しつけた。
 「あ、あの……」
 「いいから」
 ぎゅ、と掌ごと握り締める。
 「芽吹いて、実がなって……君が困るぐらいまで育て切るんだ」
 十年でも、二十年でも……ずっと。
 「………俺も一緒に見届けるから」
 だから、途中で親権を放棄するなよ?
 ふざけるように付け足して、一条は笑った。
 その笑顔を見て、雄介は困ったように苦笑する。
 「………できますかねぇ」
 何しろ俺、甲斐性無しですし。
 「責任持て」
 男だろう?
 「……それって、セクハラですよ?」
 「そうか?」
 不思議そうに一条は雄介を見る。
 「いつも君がすることに比べたら?」
 「………お互いさまですねぇ」
 二人顔を見合わせ……同時に笑いだした。



 少し強い風が地面に広がる落葉を撫でて、去っていく。
 「……ありがと、一条さん」
 軽く項垂れた雄介が小さく呟く。
 一条は答えるように掌に力をこめた。





fin.





……分かりにくいシリアスをお届けしました。
これ解説しないと伝わらないかもしれませんね……
まあ、こう……感覚で受け取っていただければ幸いです(死)
ちなみに書き始めたのは夏真っ盛りでした(爆)
しばらく忘れていて、思い出して書き上げたのが
やっと秋めいてきた今日このごろ。
……ちゃっかり人通りのあるところでイチャついて
いることにはどうか皆さん気がつかないでください(死)


あの、いらないでしょうがヲマケあります。
よろしければどうぞ〜




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