傍若有人
「あのぅ…」
「どうした?」
平然と目の前で答える一条を見ながら、雄介はほんの少し、視線を遠くに飛ばした。
…いつのまに、一体いつのまに…と考えてみるが、答えは出てきそうに無い。
いつの頃からか、一条は全くもって平然と。
「…や、何でも無いです…」
「それなら、いいんだが…」
そう答えて彼は、雄介の腰に手をしっかりと回した。
「………」
一条が一人暮らしを始めた当時から使っているというシングルベッド。
物持ちが良いためか、今でもこうしてそれを使っていて…こうして二人で眠るには、ちょっと狭いのは承知していた。
それを口実にぴったりくっつけるのがまた良かったんだよね。
そんなことを思いながら、雄介は回された腕に手を重ねる。
軽く一条の手に力がこめられ、二人の距離がまた縮められた。
「………」
「……何だ?」
「……や、いーんです」
心底不思議そうに聞かれて、雄介は苦笑した。
…この人実は本当はかなりのやり手じゃあなかろうかと、そんなことを考えてみる。
実際…まあ、色々な意味でそう感じる最近だった。
一体誰がこの仲良し眉毛さんが、こんな人だと思うだろう。
悔しくて、それでもやっぱり嬉しくて…ちょっと寄せられた一条の眉間に、雄介は軽く音を立てて口付けた。
「…寄っていたか?」
「ま、ちょっとですけど」
くす、と笑みを浮かべる。
「何、考えてたんです?」
試しに聞いてみると、また眉を寄せつつ律儀に返事が返ってきた。
「………明日の、日程なんだが………」
「はあ」
明日はお互い普通の平日出勤だったはず、と雄介は考える。
それとも関東医大か、科警研に行く用でも入ったのだろうか。
目の前の眉毛はまだまだ仲良しさんだった。
「ふつーの日、ですよね」
何よりもそうなるといいと思っているのだが、それは敢えて口にするまでも無いし。
「やはり、そうか…」
そう呟いて、一条は眼を閉じた。
不思議に思いながらも、雄介はその閉じた目蓋に口付けてみる。
「…何か、あったんですか?」
その態勢のまま聞くと、ふと眉間が緩んだ。
「……まあ、いいかな」
「へ」
一条は小さく呟くと、身体をずらして手を雄介の後頭部に持っていき。
「ぅむ」
ぐいっと、口付けた。
素直にそれを受けながら、雄介はまた視線を遠くに飛ばす。
実際には目の前に一条の顔があるから気持ちだけだったが。
…本当に、一体いつのまに。
一瞬離れて、目を覗き込まれた。
そこにある無言の訴えを受け取って、納得する。
「…いいですよ、もちろん」
苦笑しながら答えると、一条の目がほんの少し喜んだように見えた。
…だからさ、一体いつからこの人はこうなったっけ?
誰ともなく聞いてみるが、答えが返ってくるわけも無い。
早速深く口付けられつつ、腰に回された手がシャツの隙間から侵入してくるのを感じて雄介は苦笑を重ねた。
その思いも行動も嫌な訳ではなくて、それは本当に嬉しいのだけれど。
「五代…その…」
唇が離れ、ふと見るとまた眉毛が寄っている。
ちょっと深刻そうな……というよりは真面目そうな表情で、雄介を見ていた。
「どーしました…?」
また何か考えちゃったのかと心配になるが、一条はその表情を崩さぬまま雄介の髪を梳く。
そしてちょっと笑みを加えて、言った。
「二回、するから」
「……………………はい」
もはや俺の許可取りもしませんか。
心中でそんなことを思いながらも、もし聞かれたとしても返事は決まっている自分に雄介は苦笑する。
「も、どぞ遠慮なく」
何だか悔しくて、笑いながら言ってやったのだが…
「そうか」
良かった、と嬉しそうに耳元で呟かれ…何度目か分からない敗北感に雄介は襲われた。
されるがままになりながら、絶対に負けるものかという決意を雄介は固める。
とりあえず、次こそは俺が。
………最近、その決意だけで終わってしまっているというのは、放っておくことにして。
fin.
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