「……久しぶりだな、一条」
 「椿」


いのりねがう


 きっと俺は驚いた顔をしていたんだろう。
 しばらくぶりに会った椿は振り向いた俺を見て苦笑した。
 「おいおい…そんなに珍しいか、俺が?」
 「…少なくとも、ここしばらくは珍しい」
 「違いないな」
 ふ、と笑って椿は俺の隣に座る。
 女性の店員が水を運んできて、それにきちんとことばをかけるあたりいかにもやつらしい。
 「…聞き忘れたが、誰かと待ち合わせか?」
 だとしたら席を代わるが、と聞かれる。
 「いや、一人だ」


 俺が驚いたのは何も椿を見るのが久しぶりだったから、だけではない。
 普段見慣れないその服装。
 「……誰かの通夜でもあるのか?」
 「いや、知り合いの法事」
 正確には患者の、かな。
 黒で統一されたフォーマルに身を包んだ医者はそう言って皮肉気に笑った。
 「……大変だな」
 「お互いさまだろう?」
 椿は運ばれてきたコーヒーに口をつける。
 「それこそ毎日単位で何かあるんじゃないか、そろそろ」
 「……まあ、な」
 未確認生命体による凶悪事件が始まったのは、一昨年の今頃。
 去年は一回忌、今年は三周忌……不思議な感のする仏教の習慣を、守り続ける日本人はまだまだ多い。
 例にもれず、亡くなった同僚たちの親族はたびたびそれの案内状を寄越す。
 「……出ない訳には、いかないよ」
 「ただ酒もついてくるしな」
 「……会費は払ってる」
 「冗談だ」
 全く、固いヤツだな。
 少し苦めのコーヒーを美味そうにすすって、椿は笑った。


 「そういや、五代はどうしてる?」
 「また、旅に出てる」
 「…そうか」
 戦いが終わったかと思うと、彼はすぐに姿を消した。
 やはり一ヶ所に落ち着ける性格ではなかったのだろう。
 国内、海外を問わずにどこかへ出掛けていっては、たまに帰ってきて摩訶不思議なお土産を持ってくるらしい。
 「沢渡さんも困っているだろうな」
 研究室には一体幾つのお面が増えたんだろう。
 「……訂正しろ」
 椿が軽く睨んでくる。
 「何をだ?」
 少し意地悪い気持ちになって言うと、椿は不機嫌そのものの表情で言った。
 「…もうそろそろ、椿さんになるんだからな」
 「分かってる」
 だが椿さん、などと呼ぶのは少々気恥ずかしい。
 桜子さん、などと呼ぶのは彼のようで…。
 「…少なくとも、式で沢渡さんとか呼ぶんじゃないぞ」
 「気をつけるよ」


 からん、と軽く音をたててドアベルが鳴る。
 振り向くと、沢渡さんがコートに着いた雪を払っていた。
 「…待ち合わせはお前の方だったのか」
 「まあな」
 ふん、と笑うと椿は席をたって沢渡さんのコートの帽子に積もった雪を払いに行く。
 「あ、お久しぶりです一条さん」
 「こちらこそ、ご無沙汰しております」
 微笑んでやってくる沢渡さん……濃色の服にはまだ少し雪が目立っていた……にことばを返して、俺は席をたった。
 「邪魔みたいだからな」
 「別にいいんだぞ、おい」
 「いや…どうせ昼休みで来ただけだから」
 あと少しで休憩時間は終わる。
 そう伝えて、沢渡さんのコートをかけてきた椿に別れを告げる。
 沢渡さんにも会釈をして、俺は勘定を払って店を出た。
 外には雪が降っている。
 ……今頃、君はどこで何をしているんだろうな、五代?


◆◆◆



 ありがとうございましたぁ、と去っていく一条に声をかけた店員が表情を重くして椿たちの席に来た。
 「……やっぱり、だめなんですね」
 「……ああ」
 顔を俯けて、椿はコーヒーを覗き込む。
 「……お土産が増えているだろう、って言ってたよ」
 「……そうなんだ…」
 膝の上で手を組合せた桜子がつらそうに唇を噛んだ。
 「本当、増えてるといいのにね…」
 遠い旅に出た彼からは、ただの一度も連絡は来ない。
 一回、帰ってきたこともあるから……と信じているのはもうただ一人。
 静まり返った店内に、そのとき軽やかなドアベルの音が響いた。
 「いらっしゃい……ああ、みのりさん」
 「こんにちわ、奈々ちゃん」
 あ、もう皆来てたんですか、とみのりは彼らを見て微笑んだ。
 「皆じゃあらへん…」
 寂しげに呟く奈々を見て、みのりは言う。
 「一条さんなら、さっきそこで挨拶されました」
 兄が帰ってきたら、よろしくって。
 「………本当に、あいつは……!」
 みのりの無邪気なことばを聞いて、椿はカウンターに拳を置いた。
 固めたそれは細かく震えている。
 「おー、皆さんお揃いで?」
 店の奥から主人がひょい、と顔を出す。
 「……んもう、遅いわおっちゃん!!」
 「悪い悪い……じゃ、雄介に会いに行きますかぁ」
 お久しぶりぃねぇ〜…と軽い調子で歌う彼につられて、皆は席をたった。





 「本当、帰ってくるといいんですけど」
 小さく、みのりは呟く。
 「……でももう、お兄ちゃんは旅に出ちゃったから」
 もう絶対、帰ってこない旅。
 そう言って、彼の妹は寂しげに微笑んだ。




end.





……決してやることはないと思っていた内容。
こうならないことを祈願する意味でも、書き上げてみました…。
しかし今までで一番早く書き上げたような気がします(汗)
………本編は絶対こんなことになりませんように(願)


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