憂鬱、とは少し違う。
ただ季節感の失われた生活の中で、珍しく時の移り変わりを感じられる時期がやってきたというだけだ。
18
後少しでこの慣れた対策本部とも別れを告げなくてはならない、というこの頃。
最後の詰めとなる仕事は少しも減らず、このままでは解散の予定の期日に間に合うかどうかという状況はなおも続いていた。
だからもちろん、一条は休暇を申請しようとは考えもつかなかった。
やりかけている仕事を途中で放り出すのは自分の性には合わないから。
……単純にそう思いながら仕事を続ける彼を見て、彼の友人は逃避行動だと皮肉った。
確かにそれを完全に否定することもまた、今の一条には出来なかった。
はっきりとした日付で示される、一年前の出来事。
そのときの会話も表情も全て鮮明に思い出せるというのは、幸せと言ってもいいのかもしれない。
……それに伴う痛みもまた、それに違いは無いのだろうが。
「一条はいるかー?」
その日、本部に入ってくるなり杉田はそう言った。
顔を上げて返事をすると、やけに嬉しそうな顔をした彼と目が合う。
「……杉田さん?」
何事かと思いながら杉田の元に向かうと、彼はやはりにこにこと一つの書類を差し出した。
「これ、受理されていたから」
「……はあ」
受理も何も、自分が何かを申請した記憶が無い。
それでも生真面目にありがとうございますと返事を返して書類を受け取り、目を通す。
普段はあまり見ない書類だった。確かに自分の名前が記入されてはいるが……
途端に動きを止めた一条を見て、杉田は深く笑んだ。
「本来なら本人が記入すべきなんだろうけどな、代筆でも快く受理してくれたらしい」
何しろ一条、お前全然消化してないだろう。
「だからまあ……有り難く行って来いよ、な?」
一条は手にしたその紙を、強く握りしめて頷いた。
一年前も、彼はさりげなく自分のことを気遣ってくれていた。
そして今年も……また、気遣われていたことに気づかされる。
一体どれほどの仕掛けを残して行ったのかと思うと呆れてしまうが、そのことを少しでも彼が楽しんでいてくれたのなら……
これくらいは踊らされてやろうかと、素直になりきれない心の片隅で思った。
fin.
| |