0404 電話を取ったとき、後ろからはざわざわと明るく賑やかな声が聞こえてきていた。 「おーっ!すまないな五代くん…ちょっと今から出て来れないか?」 「はあ…だいじょぶですが」 時刻はあと一時間で日付が変わろうというとき。帰りは遅くなるという話だった一条を待つつもりでまだ起きていた雄介は久々に聞く人の声に多少めんくらいながら頷いた。 「でも一体どうしたんですか?杉田さん」 「いやまあ…ちょっと申し訳ないことになっててな」 後ろの声が一際賑やかになる…が、正確なことばとしては雄介に届かない。 「事件…では無さそうですね」 「ま、ある意味事件だがな」 笑みを含んだ言葉が、まあ来てくれれば分かるさ、と続けた。 バイクではなくタクシーで来てくれ、との指示通りに雄介は指定された場所に駆けつけた。 運転手に料金を払って降りてすぐ、近くにいた人に手を振って呼びかけられる。 「こっち、こっちですよ五代さーん!」 「あ、桜井さん!」 久しぶりですと駆け寄ると、彼の傍には杉田も立っていた。 「やあ、急がせてすまないな」 「いや、別に大丈夫でしたけど…一体どうしたんですか?」 呼び出されて落ち合う、という状況は数年前なら当然のものだった。 そんな非日常から離れて久しいのに、こうして呼び出されるというのは得心がいかない。 疑問符を浮かべる雄介に、二人は揃って苦笑した。 「あー…話せば長いというか、短いというか」 「まあ、お見せしたら一番早いですよね」 「?」 まだ理解できない雄介を置いて、二人で納得したように頷く。 「じゃ、入るか」 「あのー…」 「ああ、入れば分かりますから」 「入れば、って…ここですか?」 三人が立っているのはちょっとした料理屋の前。うんうんと頷く二人に押しやられるようにして、彼らはその店の中へと入った。 「すいません、お待たせしました」 入ってすぐにいた店員に桜井が頭を下げる。 いいえ、と笑顔を浮かべる店員が向けた視線の先を見て、雄介は目を瞬かせた。 和食が主となっている料理屋なのか、一段高くなっているところに座敷席がある。 数人ごとに区切られているその一角に、見覚えのある姿がごろんと寝転がっていた。 「………一条、さん?」 驚きながらも寄ってみるが、どうも見間違いでは無かったらしい。 彼は畳に明るい髪を広げるようにして、すやすやと気持ち良さそうに寝そべっていた。 「いやー、さっき通りで偶然会ってな」 「どうもお互い職場の歓迎会だったらしくて」 「ちょうどいいから三人で二次会でもするか、となっったんだが…」 「いやあ、あれは杉田さんが飲ませすぎですよ絶対」 「いくら飲んでも顔色変わらない奴に飲ませて何が悪い」 …大体の状況証拠を二人の会話から把握して、雄介はようやく理解する。 「…つまり、酔いつぶれちゃったと」 「ま、悪いがそういうことだ」 ちょと申し訳無さそうにしている二人を見ながら思わずため息をついた。 二人がかりで肩を貸して何とかタクシーに一条を押し込め、手を振る二人に手を振り返して雄介はマンションへと向かう。 タクシーの中でもすやすやと、まるでそこがどこでも関係ないように眠る一条に苦笑する。 考えてみれば、彼がこうして前後不覚に陥る程に酔っ払うのは初めて見る雄介だった。 いつも自分がいい気分になって、それを一条が宥めて…というのが二人が飲むときのパターン。 ずっと一条が酔う姿を見てみたいとは思っていたが、こういう形で成し遂げられるとは思ってもみなかった。 「…というか、ずっと寝てるし」 酔うと寝てしまうタイプだったのか、とちょっと物足りない気持ちを抑える雄介。 普段が真面目が服を着て歩いているタイプの人だから、酔うと全く変わってしまうのではないかと期待してみたりしていたのだが… 運転手の手前窓側に寄りかからせていた一条が、カーブで生じた重力に従って雄介に寄りかかる。 ううん、と軽く唸ってそのまままた眠る一条の鼻を、何となく摘まんでみた。 大変ですねえ、と愛想の良い声が運転席からかかる。 ええまあ、と苦笑を返しながら、マンションまでの道のりを世間話で埋めた。 「とうちゃーく…っと」 途中まで手伝いましょうか、という運転手の申し出をやんわりと断り、雄介は動かない一条を抱えて部屋に辿り着いた。 器用に鍵を開け部屋の明かりを手探りで点ける…杉田に呼び出されて慌てて飛び出た後が残っているのに思わず苦笑する。 「まさかねえ…こんな大きなもの受け取るとは思わないよなあ」 背中に寄りかかっている大きな荷物は返事を返さない。 まったく、と一人ごちて雄介はよろよろと寝室へと向かった。 未だ眠りから覚めない一条をごろ、と転がすようにして寝かせる。 ほんの少しの距離でも疲れた肩をぐるぐる回しながらその健やかな寝顔を見守った。 ネクタイを緩めて抜き取り、シャツのボタンも幾つか外してやる。 ふ、と時計を見ると時刻は既に次の日になっていた。 「……あーあ」 ほんの少し残念な気持ちを押さえて、雄介は一条の鼻をひょい、と摘まむ。 少し間抜けな音でも出さないかと思ったのだけれど、健やかな寝息はあまり変化を見せなかった。 ふ、とため息と一緒に笑みをこぼして軽く唇を合わせる。 鼻と口を塞がれてさすがに苦しくなったのか、んん、と唸って首を振られた。 顔を上げて摘まんでいた手を滑らせて乱れた前髪をかき上げてやる。 そうして再び気持ち良さそうに眠りにつく一条の眉間を、そっと撫でた。 「こんな三十路もあり、かな…?」 普段よりほんの少し特別だと思える日の始まりが、こんな風であってもいい。 「お誕生日、おめでとうございます」 力の抜けた手と勝手に握手をして、祝いのことばを告げた。 fin. |
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