space
「楊ゼン?」 ふ、と呼び掛けるとすぐに近くに来た。 蒼い髪を珍しく束ねて……
「どうかしましたか、師叔?」 でもいつものようにやわらかく笑んだ。 「……どうしたもこうしたも」 だからこっちもお返しとばかりに笑ってやる。 以前に彼が誉めてくれた、詐欺師の笑みで。 「……嫌な笑い方ですね」 おお、また誉めてくれたか。 「最高の笑顔であろ」 「……ま、普通の人は一発で騙されますね」 第一あの美人姉妹の長女意外は騙せた実績がある。 一見するとすがすがしくて爽やかで………裏など決してないだろう純粋な笑顔。 「まさかその顔の裏でヒドイこと考えているなんて想像もつきませんよ」 「だからこそ、役に立つのであろうが」 「……そりゃそうですけど」 でも僕は騙されませんよ。 「……騙すつもりもないわ」 「それは光栄ですね」 「おぬし相手に騙せる訳がなかろう……それ位もう分かっておる」 「では」 「うむ」 こくん、と首肯く。 「さ、殺せ」
あやつが髪を束ねて来た時点で、お互い考えていることは分かり切っていた。 初めて会ったあのときの、そのままの再現。 ……まあ隣に四不象はいないけれども。 「わしはもう試す価値などないよ」 そう言ってくすくすと笑ってみる。 「手加減一切無しのフルパワーで頼む」 にっこりと。 確か彼が好きだと言ってくれた笑顔で。 「ここ目掛けて、な」 とん、と胸を叩いた。
「…あなたという人は…」 「ヒトではないぞ、宇宙人だ」 「だったら僕は妖怪です」 互いに顔を見合わせて笑う。 「…でははじめますか」 「ああ」 楊ゼンの三尖刀が太公望の方に向けられる。 ふ、と空気がぶれた。
「な………」 目の前に現われたのは目の前であっけなく消えられたはずの。 傾国の美女。 「あ〜んおひさしぶり〜んv」 羽衣を両手に広げて艶然と微笑む。 「……何を考えておる、おぬし」 「んもう、太公望ちゃんったらいけずぅ」 「だから………」 「わらわが何をしたいのか、分かってくれないのん?」 くすん、と涙目で近寄られ……ようやく、彼が何を考えているのか悟った。 「………ああ」 そうか。 …そうと分かればつきあってみるか。 くねっと身を捩るの見て、ゆっくりと腹を抱えた。 「ぷ……く……」 そして腹の底から笑った。 「もうダメだ、このニセモノよ!」 「………!」 「わしにはおぬしが何者なのかまで分かっておるぞ。楊任……嫌違うな……確か楊ゼン!」 「…参ったな、名が知られていることがアダとなったようだ」 ふう、とキザたらしくため息をついてまた空気がぶれる。 「…よくぞ見破られました太公望師叔。いかにも僕は崑崙山脈玉泉山は金霞堂玉鼎真人の門下楊ゼンです」 「……してその天才さまがわしに何の用かのう…その師匠を殺した張本人に」 「ちなみに父親も殺されてますしね」 「ああ」 きっぱりと迷い無く言い切る。 「だからほれ早く」 「殺せ、と?」 「そうだ」 「……実は僕は悩んでいました」 「……台詞が違うぞ」 「いいんです」 「いーのか」 「どうしてこんな三流の道士にここまで骨抜きなのか」 「……間違っておるし」 「間違ってませんよ」 くす、と綺麗に笑う。 「卑怯でずる賢くて最低最悪で、でも好きになってからはまあそれなりにしあわせだったんですけど驚いたことに仇だったとは」 「しかも二人もの」 「そう。しかもいきなり宇宙人でこの世界を創ったやつの仲間なんです、とか言われるし」 「アレだぞアレ、アレの仲間」 「色んなことあって本当驚いたんですけど」 「だからほれ」 「……でも、会ってしまいましたから」 たった数年前に。 「あなたに」 「……後悔しているような口振りに感謝」 「しなくていいです」 まあしていないと言ったらウソになりますけど。 「……正直者め」 「あなたとは正反対でしょう」 「くぬう」 「だから」 正直者として。 「……試験は、もういりません」 「うむ」 「いっしょに生きましょうよ」 「やだ」
「……ああもう分かったから泣くでない……」 「……だって、あそこで速答しますか普通……」 「………おぬし、自分が何を言ったか覚えておるのか?」 「……死んじゃ嫌です殺すなんてできません」 「その前」 「……………すうすぅ!」 「あーはいはい。子供に泣かれて死ねる訳が無かろう」 「……それも嘘?」 「さあのう」
fin.
| |