綺麗なものだけが真実じゃない。 そんなこと嫌というほど解っているつもりだったけど。 でもやっぱりどこかで信じたくないんだよね。 綺麗なものだけで出来上がった世界なんて却って気持ち悪いんだろうけど。 ちょっとは見てみたいよ。 誰もが平和で笑顔でしあわせに暮らせる世界を、さ。
だってそうすれば。 彼はいつだって笑ってくれる?
パラレルとリアリティ
綺麗なものって、却って汚したくなりませんか? そういうと彼は嗤って微笑んだ。 所謂破壊衝動……のようなものかの?それとはちと違うかもしれんが………。 理屈なんて知りませんよ。……ただそう思うだけで。 ふうむ。まあ確かにそう思うときはあるよ。 血の通わぬ絡繰仕掛けの腕が僕の髪を掴む。 くるくると指に絡めて残酷な幼子のように笑む。 例えば、真白に積もった雪など……誰も立ち入らぬそこに足を踏み入れるときなどすごく心が踊るのう。 よくあることです……他には? 波のたたぬ水面、割られていない氷、綺麗に掃除された部屋……出来たてのあんまんに樹になっている桃……。 ずれてきましたね。 そうか?どれもわしにとっては真実よ。 そうでしょうけど……。 顔を歪めて笑顔を作る。 どれも、僕の言いたいのとは違うような気がします。 ほほう?……どんな綺麗なものを汚したいというのだ? あなた。 奇遇だの……わしもおぬしを汚したいよ。 綺麗なんかじゃないですよ。 その台詞はそっくりそのままお返しするわい。全く。 ……まあいいでしょう。 ふん、勝手に納得しよって……。 縋るような手が伸ばされてくる。 撥ね除ける理由もないから、求められるままに手を重ねた。
……だが、のう……。 ? たいてい、綺麗なものを汚したあとは……『やらなきゃよかった』、と後悔したりしないか? ……そう、ですね。 雪は踏み入らなければ静かに地に沈み込む。 他のものも、自分が何もしなければ何も変わらずにいれたかもしれないのに。 永年に渡る無変化を、自分の手によって変化させてしまうのが無性に悲しく思う。 でもな。 ぽつ、と呟いて彼だけに聞き取れるような小声でことばを届ける。 おぬしと今こうしていられることを後悔することはない、よ。 ……綺麗な瞳でそう言われて、楊ゼンは黙って太公望を抱き締めた。 よもやおぬし……わしといることを後悔でもしたのか? ………わかりません。 そんなに、わしを抱きたくないか? 違います、むしろ……
ならばよいではないか……汚したいだけ汚すがよいよ。 師叔………。 その代わり、わしもおぬしを堕とすから。 だから気にするな、そう言って太公望は腕を楊ゼンの背に回した。 ……ええ、喜んで。 呻くように呟いたことばには何故か至上の喜びと苦痛が同居していて。 細められた目の奥を覗き込もうとしたら何も見えぬように口付けられた。 そうして二人で堕ちていく。
夢見心地なそれはやはりどこか気持ちがよくて。 素直にそれに身を任せた。
綺麗なものだけが欲しいけど それは汚したくなる対象で だから永遠に綺麗なものなんて存在しえない
解ってるけど それでも欲しくてたまらない
だってそうすれば あなたはいつだってわらってくれる?
fin.
| |