朝歌が落ちる。



永年に渡りこの地を支配してきた殷王朝の血筋は、次代の主たる周の武王によって断ち切られた。 
鮮血が空に舞い光が天に飛ぶのを群衆はただただ見つめている。 
何が起こったのか理解する暇も無く……後世にはその勇猛ぶりで名を残す今はまだ若き王が、一筋の光をその手に掲げた。人々の希望の光だろうか。 
否、それは日に照り輝くただの剣である。 
一つの魂を送ったばかりの。 
「これで…これで殷はなくなった」 
静かなことばが民に届けられた。 
そして力強い声が空を震わす。 
「戦は終わったぜ!!周の勝利だ!!」 
城下に、歓喜が満ちた。



昼間の狂喜の喧騒がまだそこいら中に残っている気がして楊ゼンは身をすくめた。 
実際には静寂がその場を支配しているのだが。 
城壁に腰掛けて辺りを見渡す……他には人影一つとして存在しなかった。 
武王が勝鬨を上げた城壁の前には、人々の興奮を現すかのように雑多なものが転がっていた。 
豊邑からの支援の前に、とりあえず軍の兵糧を分け与えたときにできた人込みのせいだろうか。品々が所々で月明かりに照らされ浮かび上がっている。 
着のみ着のままと思いきや、搾取され尽くした民とはいえその対象になり得ないものはあるもので。 
広場のすみにぽつんとおいてけぼりにされた人形が、まっすぐに月を見上げていた。 
その視線を追うように、楊ゼンも月を見上げる。 
闇に半分以上喰われている細い月は、それでも十分に世界を照らしていた。


 
ふわ、と夜風が頬を撫でた。 
「…こんなところで月見とは……」 
少し離れたところから、馴染みの仙気と声が届けられる。 
「なかなかに風流なものですよ…あなたもいかがですか?」 
振り返らずに応えを返すと、特徴のある足音がゆっくりと近付いてきた。 
すぐ隣まできたその音に目を細めて微笑む。 
足音とともに近付いてきた音を悟ったからだ。 
たぷん。 
「……好きですね、本当に」 
「当たり前であろう?」 
ようやく横を見ると、手に酒瓶を持ってにやりと笑う太公望の姿があった。 
よっ…と、軽く声を上げて楊ゼンの隣に腰掛ける。 
「よい月があるのに飲まぬ訳にはいかぬよ」 
「いつもあるではありませんか」 
「やかましい、今宵は格別なのだ」 
「それもいつもおっしゃいますよ」 
「ぐぬう……」 
唸りながらも、太公望は苦し紛れに言い返す。 
「今宵は特別に格別なのだ」 
「……覚えておきましょう」 
楊ゼンは笑みをこぼしてその格別だという月をまた見上げた。 
きゅぽん、と栓が開けられる音がする。 
盃は持っていなかったから喇叭飲みでもするのだろう。案の定、すぐに喉が鳴る音が聞こえてきた。 
ふと夜風が運んだ空気に違和感を覚える。 
「………?」 
何かと思って太公望の方を見ると、ちょうど大きく息を吐いているところだった。 
そこで違和感の正体に気が付く。 
「……いつものお酒と違いますね」 
「おお、解るか?」 
太公望は流石だのう……と呟いて瓶を揺らした。 
「酒家を営んでいたというものが秘蔵の酒をくれたのだ。なかなかに良い酒だぞ」 
さも嬉しげな太公望だが、楊ゼンは不安を覚える。 
「……人界の酒を飲んでも大丈夫ですか……?」 
酒好きな太公望ではあるが、いつも見ているのは仙界の……つまりは仙桃でつくった酒に溺れる姿だ。 
それならば大量に飲んでも身体に害なすことはないのだが……その他の酒では、疲れている躰にはちとこたえるのではないだろうか。 
持っている瓶はかなりの大きさがあった。まさかこれを今日のうちに飲んでしまうということはないだろうがしかし……。 
そんな楊ゼンの懸念を知ってか知らずか、太公望は呵呵と笑った。 
「なあに、これぐらい平気よ」 
また喉を仰け反らせた。 
「……ほどほどにして下さいよ、全く」 
不安を残しながらも、楊ゼンはそれ以上のことばをかけるのを止める。 
ふと辺りが暗くなった。 
月を見ると、薄い雲に覆われていた。 
そういえば雲が浮いていたな、と漠然と城壁の下を見下ろす。 
小さな人形は闇に紛れて見えなくなっていた。 
持ち主は、今どうしているのだろう……などど珍しく感傷的な気分に楊ゼンは魘われる。
凄惨な搾取にあうなかで手放されることは無かった糧とはならぬ物。 
ろくに食べるものが無くても、あの人形の主人……想像の中では痩せ細った少女……は、あれを抱き抱えていたから辛い生活を強いられても大丈夫だったのか。 
どんな思いで人形を見つめていたのか、今それがここで月を見上げているのに気付いているのか。 
ようやく満ち足りた身体では気付くべくも無いのだろうか………。 
隣では太公望が瓶を傾けている。 
「……何ぞ、あるのか?」 
広場を凝視していたのに気が付いたのか、太公望は楊ゼンに声をかけた。 
ああ、と呟いて楊ゼンは答える。 
「人形があったんです……いや、今もありますが」 
「ほう」 
「恐らく誰かが落としていったんでしょう……」 
さあっと光が射してきた。 
それで再び姿を現したものを指して、ほらあれですよと声をかける。 
搾取に耐えてきた人の証…などと柄でも無いことばが脳裏に浮かび、つと苦笑した。 
「なるほど、のう……」 
瓶を玩びながら太公望もつられて微笑んだ。 
ちゃぷちゃぷと酒が揺れる音がする。 
「もうそんなに飲んだんですか……」 
せっかく民から貰ったものをそんなにせっかちに飲んで……。 
と、ことばを続けようとして脳裏に浮かばせたところで楊ゼンは過ちに気が付いた。 
搾取されていた民から貰った秘蔵の酒。 
「師叔!!」 
「わ、こら何をするかっ!」 
太公望から少々乱暴に酒瓶を奪い取る。 
「返さぬか!わしが貰った酒だぞ!!」 
言い募る太公望を無視して、楊ゼンは少量残っていた酒を喉に流し込んだ。 
眉をしかめながらすべて飲み干す。 
無言で空になった瓶を太公望に返すと……悪戯がばれたこどものように、困っているのか嬉しいのかよくわからない複雑な表情を浮かべていた。 
「やはり気付かれたか……しかしちと遅かったのう?」 
「……ええ、全くの不覚でしたよ」 
口を手の甲で拭ってため息を吐いた。 
「……どう考えても、安酒じゃないですか」 
酒は酒でもやたら強いだけの………ただ酔うことしかできない液体。 
辛うじて香だけはまだ許されるものだったが……。 
太公望はそんなものを確実に自分の数倍は飲み干していたのだ。 
「一体どうして……」 
楊ゼンは顔をしかめて太公望を見たが……そこでことばを告げなくなる。 
彼は、近頃見せることが多くなった微笑を浮かべて瓶を見下ろしていた。 
「こんなのでも、な」 
持つ手に力が込められる。 
「彼らには、とっておきの酒だったのだ」 
凄惨な搾取に堪え忍んだ中で生き残った僅かばかりの酒。一滴たりとてそれは至宝の輝きであったろう。 
「それを自ら献上してくれたのだ……飲まずにはおれまい?」 
くくっと嗤う。 
「それに今宵は酔いたかったしのう……」 
そして静かに楊ゼンにもたれ掛かった。 
「……寝みましょうか」 
楊ゼンは太公望にそう呟いて、肩に手を回す。 
小さく、その肩が震えた。


 
禁城には数え切れぬ程の部屋があり、その豪華絢爛たるさまはもはや流石と言う以外に無い。 
それだけの歴史と、財がこの国にはあったのだ。 
歴史が消えることはないが……財は民へと消えることになるだろう。それが妥当な措置だ。 
美しく磨き上げられた廊下を二人で歩く……いつもと同じ足音のはずが、どこか硬質に響いて聞こえた。 
「……懐かしい……と思うのは不謹慎かのう……」 
庭園を見下ろしながら元宮廷音楽家が呟く。 
「あのときの月も大きかったような気がするのだが……どうであったか覚えておるか?」
にや、と口の端を意地悪気に上げて楊ゼンを見た。 
楊ゼンは戸惑いもせず、しれっとした顔をする。 
「……さあ、あのときはあなたの行動を追うのに必死でしたから」 
少しでも目を離すとどこかに行ってしまうのは今と変わりませんね。 
そうぶっきらぼうに付け加えると太公望は困ったように頭を掻いた。 
「……根にもっておるのう……」 
「ええ、どうやら僕は結構しつこい性格をしているらしいですよ……少なくともあなたに対しては」 
「解っておるわい」 
太公望は眉根を寄せて不快さを現そうとしたのだろうが、どこか嬉しそうな表情をしてしまったことは隠せなかった。 
そうしているうちに目的の部屋まで辿り着く。 
各々に割り当てられた部屋があるが、二人は迷わずに同じ部屋へと入った。



夜着に着替え、寝具に滑り込む。 
その冷たさに二人で首を亀のようにすくめた。 
「……冷たいのう」 
「まだ春になって日が浅いですから……仕方がないですね」 
楊ゼンは腕を伸ばして、ちょっと離れたところで縮こまっている太公望を優しく抱き締めようとする。 
だが、彼の手が触れた瞬間、太公望は小さく身体を震わせた。 
「……師叔……?」 
怪訝そうに見つめる楊 に曖昧な笑みを返し、太公望は小さく首を振った。 
「…何でもない……ちとおぬしの手が冷たかっただけだ」 
ほれ、あんな寒いところにずっとおったからだ。 
などと軽口を叩いてもぞもぞと楊ゼンに身を寄せた。 
ぽふ、と頭で肩をこづく。 
「やらぬか?」 
そのことばの意味するところを理解し、楊ゼンはしっかりと答えた。 
「駄目です」 
「むう……」 
不満そうに唸り声を上げる太公望の頭を撫でる。 
「宝貝持っただけで鼻出血する人を抱けるわけないでしょう?」 
「もう大丈夫だと言うておるのに……」 
ぶちぶちと文句を呟く太公望。 
「ナタクほどではありませんが」 
楊ゼンはそんな彼をぎゅっ…と抱き締めた。 
「今のあなたがどんなに弱々しい気をしているかくらい解りますよ」 
「………」 
「だから、ゆっくりお寝み下さい」 
太公望は腕の中で大人しくしている。 
・・・・・・先の理由で二人はしばらく肌を重ねていなかった。 
欲しくないといえば嘘になる………だがそれ以上に相手の身体のことを考えている。 
大丈夫だと言ってはいるが念には念を、であった。 
意外と静かにしている太公望を楊ゼンは不思議に思って見ると、何やら懸命に考え込んでいる。 
そのまま黙って見ていると……。 
「……わしが抱くのも駄目か?」 
謀るような目で見上げてきた。 
「疲れるから駄目です」 
「……う〜」 
楊ゼンのつれない態度に最後の砦すら壊されて、太公望は八つ当りを開始する。 
思い切り、蒼を引っ張った。 
「師叔……痛いのですが」 
「そうなるようにしたのだから当然だ」 
ぷい、と顔を背けて、太公望は髪を離し両の手で自らの顔を覆う。声を震わせ小さく呟いた。 
「……もう……わしのことなど嫌いになったのか……?」 
「演技しても駄目です」 
「…………ちっ」 
全て見通され、太公望は舌打つ。 
……まあもとよりこれぐらいで騙されるとは思ってもいないのだろうが。 
「ほら……もう寝ましょう?」 
明日は早いですよ、と言って太公望の背けた顔を自分の方に抱き込んだ。 
太公望は素直にその動きに従う。 
正面から柔らかく抱きしめられて、その暖かさに顔が綻んだ。 
「あたたかい、のう」 
「ええ」 
短く答える楊ゼンのことばにも、暖かさがこもっているように感じられる。 
太公望は静かに彼の背に腕を回そうとした。 
だがその動きが途中で止まる。 
「……師叔?」 
彼の手は楊ゼンの肩辺りで空を掻いていた。 
その先に見えない壁でもあるかのように……進もうとはしない。 
楊ゼンが怪訝そうに声をかけようとすると、ようやくその手は肩に辿り着いた。 
ただ置かれただけの掌。 
「………どうか…したんですか……?」 
「………楊ゼン……」 
ぽつ、と自分の名が紡がれたことに気が付く。 
次の瞬間。 
「!?」 
始めは苦しい、としか認識できなかった。 
だが冷静になって状況を見ると……太公望が渾身の力でもって自分を抱き締めていることに気が付いた。 
背に彼の指が強く食い込んでいる。 
唇が、小さく震えた。 
「……い……」 
「……?」 
聞き取れないほど微かな声。 
だが次の囁きは十分に届けられた。 
「いくな」 
どこに、とは言われずとも解った。 
「……はい」 
「必ず、だ」 
「もちろん」 
「絶対に……」 
「ええ、あなたも」 
「……うむ」 
そこまで応えて、ようやく太公望は力を抜いた。 
必ずだの絶対とかいうことばが存在しないのは承知の上だが、それでも信じていたいと思うのは間違いでは無い、と思う。 
いつものように抱き合いながら楊ゼンは苦笑した。 
「……やっぱり、やりましょうか」 
「……いいのか?」 
「その代わり、明日は一日休んでて下さいね」 
「な、こらっ」 
「いーから」 
放っておけば文句を言い出し始めるであろう彼を、唇を塞ぐことで黙らせる。 
じたばたと暴れて逃げ出そうとするのを抑えこむ。 
もとから本気の抵抗ではないから、すぐに大人しく身を預けた。



月が輝きながら天を泳いでいく。



「…ねえ、師叔」 
「……何…?」 
「僕は、ここに居ますから……」 
「………」 
「いつだって、あなたの傍に」


 
隣で静かに眠っている太公望を起こさないようにして、楊ゼンはそっと寝台から離れた。
幾度か繰り返された行為の疲れのためか、泥のような眠りに落ちている。 
着衣を整え、そっと彼の髪をすいて……窓から哮天犬で黎明の空へと飛んだ。 
闇が薄れてきているとはいえ夜が明けるにはまだ早すぎるとき。早起きな鳥達ですらいまだ夢の中であろう。 
肩布をはためかせながら飛んでいると……城壁の前の広場に小さな人影が見えた。 
「あれは………」 
小さな、女の子。 
薄闇の中で懸命に何かを探している。 
苦笑して、楊ゼンはその子の前に降り立った。 
「……どうかしたのかい?」 
驚愕に目を真丸にしている彼女を怯えさせないように、優しく声をかけた。 
「せ、仙人さま……?」 
「…まあそんなところだね」 
正確にはまだ違う……ということばは飲み込んで微笑むとその少女もようやく緊張を解いてはにかむように笑った。 
昼間見た朝歌の民と同じような、薄汚れ擦り切れた衣服を身にまとったごく普通の少女……というよりはやはりまだ女の子と言ったほうがしっくりくるような年ごろ。ぼさぼさとした髪は肩につくかつかないかのところで揺れている。頬は痩け、衣服から見える手足は痩せ細っていた。 
再びどうかしたのか、と問うと彼女は数秒躊躇ったあとに口を開いた。 
「……おにんぎょう、さがしてるの」 
その答えに楊ゼンは満足気に微笑した。 
「それなら、たぶんこっちにあると思うよ」 
「え」 
「おいで」 
戸惑うその子の小さな手を取って、広場の隅へと向かって歩きだす。 
身長差のため、ほとんど頭の横くらいのところで手を握られている。 
不思議そうに自分を見上げてくる幼い眼差しに、にこ、と笑いかけてやると、嬉しそうに破顔した。 
彼女の足に合わせゆっくりと歩いていく。 
次第次第に闇が天から引き剥がされていく中。 
しばらく行くと…空を見上げる小さな影が見えてきた。 
「ほら、あれだろう?」 
数歩進むと、女の子にも見えたのだろう……一気に喜色を顕にして走りだした。 
転びそうになりながら何とか辿り着いた彼女は、その子を抱き上げて嬉しそうな声を上げる。 
そしてそのままえぐえぐと泣きだしはじめた。 
楊ゼンはゆっくりと近付いて近くで立ち止まる。 
しゃがんで、頭を撫でてやる。 
「……良かったね、見つかって」 
しゃくりあげながらも、その子はしっかりと首肯いた。 
「大事だったんだろう?」 
「あの、ね……」 
まだ上手くことばを言えないその子の頭を撫で続けると、途切れながらもことばを返す。
「ずっと、いっしょだったの」 
「……そう」 
「おなかへったときもね、だれもいなくてさびしいときもね、いつもいっしょなの」 
「……」 
「落としたのわかったとき探したんだけどなかったの。もっと探したかったのにまぁまがあきらめなさいって」 
黙って聞いていると、そのときのことを思い出したのかまたしゃくりあげ始める。 
慌てて頭を撫でてやると、またしゃべりだした。 
「でもね、いっしょにいたかったから探しにきたの……ひとりぼっちにしておきたくなかったから」 
きゅっとその人形を抱き締める。 
夜は遠くからで良く解らなかったが、近くから見ると女の子と同じぐらいぼろぼろになった人形だった。 
じっとそれを見ていると、彼女は顔をくしゃくしゃにしてしゃくり上げた。 
「でもまぁまはもうこんなのすてなさいって………」 
そうしてまた泣きだす。 
今度こそ止めようがないくらいに本格的に泣かれ、楊ゼンは困りながらも根気よく頭を撫で続けた。 
ちょっと落ち着いてきた頃を見計らって優しく声をかける。 
「……ねえ、その子と離れたくないんだろう?」 
その子はこくこくと首を縦に振る。 
「だったら、頑張ろうよ」 
楊ゼンがそう言うと、その子はきょとん、と彼を見た。 
「この子を探しにきたように……頑張れるね?」 
泣き腫らした目を、今の空と同じ色の瞳で真っすぐ見つめて問う。 
しばらくその瞳を見つめ返したあと……ごしごしと涙を拭って、大きく首肯いた。 
それに首肯き返し、楊ゼンはその子の小さな友達にぽん、と手を置いた。 
「……よかったね…いっしょに、居てあげるんだよ」 
気のせいか、その人形が首肯いたように見えた。



気を付けて帰るんだよ、と言ってようやく明るみを増してきた空の下その子を見送った。
広場を転がるように走っていく女の子に手を振る……ときおり振り返っては手を振り返し、ありがとうと大声を上げるその子の笑顔は本当に見ていて気持ちが良かった。 
ようやくその小さな姿が建物の影に消える。 
小さく息を吐いて楊ゼンは振り返ると……予想どおり、城壁の上にぽつんと腰掛けている人がいた。 
にこやかに手を振っている。 
哮天犬で飛び上がり彼の横に着地すると、すぐさま声がかけられた。 
「おぬし……守備範囲が広いのう……」 
「……何でそうなるんですか」 
「感心したのだが」 
かなり本気の目でそう言われ肩を落とすと、太公望は冗談だ、と軽く付け加えた。 
「いや……でも本当に感心した。こどもの扱いも上手いではないか」 
ふむ、と首肯いて楊ゼンを見ると、当然ですと言わんばかりの表情があった。 
「天才ですから」 
「………」 
「……というより、師匠の真似してみただけですよ」 
呆れ顔で押し黙った太公望を見かねたのか、楊ゼンは肩をすくめて正直に話した。 
「いつ辺りからいらしたんです?」 
「『その子と離れたくないんだろう』の辺りからかのう……」 
やけに大きな泣き声が聞こえてな、と続ける。 
……たしかに幼子の泣き声というのは遠くまで響くものである。一体どこまで聞こえたのか……。 
嫌な考えを振り切り、楊ゼンは空を見上げた。 
もはや闇はほとんど消え去り夜明けを待つばかりとなっていた。 
遠くから、小さく鳥達の声も聞こえてくる。 
「しかし……こんな朝早くからよく探しにきたものよ……」 
わしなら眠くてかなわぬ……とあくびを噛み殺して言う太公望を見て、楊ゼンは笑った。
「……ひとりぼっちにさせたくなかったんだそうですよ」 
「へ?」 
一瞬間抜けな声を上げた太公望に、聞こえませんでしたか?と呟いてまた同じことばを繰り返す。 
「だから、あの人形をひとりぼっちにさせたくなかったんだそうです……いつも一緒に居たから、だそうですよ」 
「な、なるほどのう……」 
頬を掻き、決まり悪げに楊ゼンから視線をずらす。 
「……師叔?」 
「いや全く大した童女よ!感心するわ!!」 
何かを誤魔化すように大声を上げて、太公望は勢い良く立ち上がった。 
楊ゼンは怪訝そうに太公望を見上げる。 
「……何か、隠してますね」 
「し、知らぬぞわしは」 
あからさまに狼狽える太公望の腕をがしっと掴んで立ち上がり、真っ正面から彼の目を見た。 
そろそろ空は彼の瞳の色になる。 
「……で、何をお考えです?」 
すると横を向いて知らぬ顔で口笛を吹きはじめる。 
「師叔!」 
強く言うと、ばっ、と手を振り払って駆け出した。 
「知らぬ!わしは知らーぬ!!」 
「ま、待って下さいよ!」 
脱兎のごとく逃げ出した彼の後を追い掛ける。 
……何を、隠してるんです?



一目散に逃げながら太公望は懸命に捕まったときの誤魔化し方を考えていた。 
どうして言えようか……あの童女と同じ理由で同じような行動をとったことがあるなどと。
……まああやつも解っておるだろうが。 
待てよ、ではわしらはあの童女と同レベルということか………?



確信に近い予想にため息を吐きながら、太公望はそろそろ哮天犬を呼び出しそうな彼から必死に逃げ続けた。






fin.








昨年(00年)の秋頃に出した本からの再録です。持っている方ごめんなさい。
前半と後半とで話の雰囲気が違うのはどうか見逃してやってください(汗)
しかも実はこれ天化封神の日なのに……この人でなしは全くそれに触れておりません(死)
それなりに含めてはいるんですけどね、細かいところで。

そしてやはり書いたのは既に一年以上前。
……そしてそしてフッキショックの前です(涙)
心おきなくラブラブで私が驚いてしまいました(っておい)。
……まあ結局ショックの後もラブラブなのには変わりないんですけどね……(汗)

そしてそしてそして。
この話でも見事にかっ飛ばしてますねえ(涙)、肝心の部分……





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