「…おぬしが諸悪の根源だと思って間違いは無いのであろうな?」 「人聞きの悪い……正義の味方と仰ってください」 食後……黄飛虎らと共に役所へと戻り、いつもの道士服に着替えて……彼らは周公旦のいる部屋へと向かった。 既に報告を受けていたのか、太公望が詰め寄っても旦は何食わぬ顔で答えた。 一通りの説明を彼から聞き、二人……太公望と楊ゼン……は深いため息をつく。 「…つまりは、全て茶番だったんですね……?」 「まあ、そういうことになりますね」 全軍休暇……という名目で、総出で街に繰り出し……彼らの動きを観察、演出する。 最後まで気が付かなかったが、武吉と四不象も上空で待機していたのだという。 今考えると不自然なところがたくさんあったことに太公望は気付き、ため息をついた。 「……よくもまあ皆が了承したものよ……」 「まあ、皆楽しんでたかんね……気にすることはねえさ」 窓の傍に寄り掛かり、天化が軽い口調で言う。 「……皆、気にしてたさ」 「わしらの病気を……か?」 「それもあっけど……」 姫発がぽつりと呟き見た先は、痛々しく巻かれた包帯。 「……ふん、大したことないと言うておるのに……」 鼻を鳴らして不満そうに言う太公望に、周囲から笑みがこぼれた。 「今度はこっちの質問よ太公望……病気が治ったって、どういうこと?」 蝉玉が太公望に詰め寄る……もちろん、土行孫を抱き締めたままで。 「どう見ても、仲が悪くなったようには……」 「仲?何だそれは?」 眉根を寄せて、太公望は首を傾げた。 「わしらの病気が周囲にバレて、皆不安になっておったのだろう?」 「その苦情が増えてきたのを周公旦くんが懸念して、僕らには報せずに沈静化を計った……違いますか?」 「……そりゃ、違わねぇけど……」 楊ゼンの物言いに反論することもできず、姫発は首肯く。 確かに、彼の言っていることに間違いはなかった。 「だが、もう本当に治ったのだよ……のう、楊ゼン?」 「はい、その通りです……ご説明しますね」 楊ゼンの説明によるとこうである。 不思議な病気にかかったと思った二人は、とりあえず原因を探ろうとした。 不快感は無かったとはいえ、やはり気になったのだという。 まず二人でいると症状が出るのなら…と、出来る限り二人で行動することにした。 仕事はもちろん、冗談抜きで寝食を共にする……仕事の都合や、太公望の負傷などで出来ないことも多かったが。 その途中で、症状がぴたりと止んだのだそうだ。 「……どういうことだよ?」 そこまで聞き……姫発が疑問を口に出した。 「うむ、実例を見せようか」 そう言うと太公望は楊ゼンに目配せし、二人は席を立つ。 近くに歩み寄り……次の瞬間、正面から楊ゼンが太公望を抱き締めた。 「!?」 その場にいるもの全てが騒めきたったのに構わず、太公望は平然と口を開く。 「以前はな、こう……近くにおるだけで動悸が速くなり、体温が上昇したのだが……今はほれ、何とも無いのだ」 「赤面することも無くなりましたし……」 ねえ?と顔を見合わせる二人を見て、残りの面々は一気に力が抜けた。 ……好きということを自覚した訳でも、お互い嫌いになった訳でも無く……。 「何でもう熟年夫婦さ………?」 壁にもたれ床に崩れ落ちながら……天化は片手を顔に当て呟いた。 「………では、もう大丈夫なのですね……?」 「うむ……皆に心配をかけたようだな、すまなかった」 いち早く立直った周公旦にことばをかけ、太公望は楊ゼンから離れる。 「伝染することも無かろう……それにしても人騒がせな病気であったな」 飄々と言う太公望に何か言ってやりたくなるものはたくさんいたが……その誰にもそれを成し遂げる力は残されていなかった。
◆◆◆
すでに夜を迎え、辺りは暗くなっていた。 明日の進軍に控え……早めに解散がかけられる。 どこか疲れたように退出していく面々を眺めて、太公望は周公旦に声をかけた。 「のう、ここに積み上げてあった書簡は……」 「それならもう処理済みですのでお気遣い無く」 「……そうか、悪かったのう」 「諸悪の根源としてそれくらいはやっておきませんと」 「……根にもっておる……」 肩を落として呟く太公望を一瞥する周公旦。 ふと疑問が頭を掠め、口に出す。 「ところで……今日からはもう一人で休まれるのでしょう?」 すると太公望は軽く頬を掻いて気まずそうな表情を浮かべた。 「そのつもりでおったのだが…………ここしばらく一緒に行動していたせいで、あやつが傍におらぬと落ち着かないのだよ」 「ほう……では?」 「またしばらくはともに行動する……だからといって、心配することは何も無いと皆に伝えておいてくれぬか?」 「了承しました」 首肯いた旦に感謝の意を述べて、太公望は立ち去ろうとする。 何時の間にかその部屋には誰もおらず、周公旦と太公望だけが会話を交わしていた。 「太公望」 周公旦はその背に声をかける。 「…知っているのでは、ないのですか?」 振り向いた太公望は、きょとんと目を丸くして答えた。 「何のことだ?」 その表情からは、何かを隠している様子は見受けられない。 「……何でもありません」 そう言う周公旦に、おかしなやつだのう……と呟きながら前を向き直り、右手をひらひらと振りながら去っていく。 それを見送りながら、周公旦はため息をついた。 もう余人が干渉すべきことではなく、彼ら自身の問題であることを今更ながら認識する。 彼はすぐに頭を切り替えて明日の進軍のことを考え始めた。
「……にしても……治ったとはいえ、何の病だったのかのう……?」 「気になりますよね……」 ぽてん、と寝台の端に座り二人は首を傾げた。 もうすでに夜着に着替え、あとは寝るだけである。 だが…気になることがあってはなかなか眠れない。 虚空を眺めるようにして考え込んでいた楊ゼンが、ふと太公望の方を向いた。 「……そういえば、蝉玉くんが……『同じ病気にかかっているものとして』とか言ってませんでしたか?」 ぽん、と手を叩き、太公望は首肯く。 「おお!言っておった!………だが、あやつと同じ病とは……?」 また二人で悩みだす。 「………土行孫くんへの偏愛とか……」 「あるいは……ちょっとした自意識過剰か……。どちらにしろわしらには当てはまらんのう」 そう言ってから太公望は楊ゼンを意地悪げな笑みを浮かべて見た。 「ま、おぬしなら自意識過剰の点で当てはまるかもな」 「違いますよ。根拠のある自信なら、過剰とは言わないでしょう?」 「おぬし……」 何食わぬ顔で答える楊ゼンを呆れたように見て、太公望はため息をつく。 何しろ本当にそれくらいの実力があるのだから、文句の付けようがないのだ。 「……まあよい。とにかく何の病なのかのう………?」 話題を戻すように一人呟く。 「蝉玉といえば……」 脳裏に浮かぶのは土行孫を抱き締め幸せそうに笑う姿。 常に彼を探し…傍にいたいと……実際は拘束だが。 「あんなにいつも一緒にいてよく飽きぬものだのう」 思わず笑みをこぼす。 何気なく隣の男を見ると、こちらの方を見ているのに気付く。 目が合い……そのまましばし見つめ合う。 この数か月……ともに行動してきた相手。 「……飽きぬな」 「え?何ですか師叔?」 ふと呟いたことばに律儀に聞き返してくる楊ゼンに、何でもないと言うように手を振る。 「……いや、ここしばらくおぬしとともにおったのに全く飽きぬものだのう、と思うてな」 「そう言われれば……僕も飽きませんでした」 楊ゼンはあごに手を当ててうつむき加減に考える。 「どうしてでしょうね……」 「おかしいものよ……………?」 突然太公望は全ての動きを止めた。 そのまま動かずに数秒たち、楊ゼンが心配し始めた頃…………ぎぎぃっと身体を楊ゼンの方に向けてゆっくりと口を開く。 「……蝉玉が土行孫と一緒にいて飽きぬのは何故だ?」 「それは彼女が彼のことを好きだからでしょう?」 「………じゃ、わしらはどうなる……?」 「あ………」
fin.
| |