日々の些細な出来事が
これほどにこころをなごませることを


The theory of hapiness


その日、太公望は機嫌が良かった。 
天気が良い、それもある。 
珍しく仕事が少ない、それもあるかもしれない。 
昼食に杏仁豆腐が出た、それも確かに嬉しかった。 
たらふく桃を食えた、これもあるに違いない。 
「……だがこれはおそらく……」 
そう呟いて原因……この上機嫌の元となったであろうことを思い出し、笑いを圧し殺す。 
「………困った、のう………」 
くくっ……と押さえ切れずに笑いが漏れる。 
何だかそれすらもひどく心地よかった。



窓際で空を見上げる。 
そしてまた思い出し笑いをする。 
そんなことを飽きもせずに繰り返していると、聞き覚えのある声と、複数の足音が近付いてきた。 
「たいこーぼー!いるー!?」 
明るく元気のよい声が自分を呼んでいることに気が付き、入り口の方へと体を向ける。 
そうしてすぐに、予想通りの姿と、半分は予想していた顔触れが現われた。 
天祥を先頭に、天化、武吉、そして四不象……どうやら、天祥とともに遊んでいた面々がそのままここに来たらしい。 
「たいこーぼーみっけ!!」 
「おお、天祥……皆も揃って」 
「へへへ……」 
天祥は子供特有の無邪気な笑顔で、椅子から立ち上がりかけた太公望に飛び付いた。 
「ね、一緒に遊ぼ!!」 
「構わぬが……疲れるのは勘弁してほしいのう…」 
「だっていつも太公望仕事ばっかしててつまんないんだもん!今日は暇みたいだって聞いたから……」 
ねー?と後を振り向くと、他の面々がすまなそうに首肯いた。 
「おぬしら……」 
「すみませんお師匠様……」 
しゅん、として項垂れる武吉。 
「天祥に聞かれたもんでつい……」 
頬を軽く掻く天化。 
「御主人、疲れてるなら無理にとは言わないっス」 
最後に、四不象が心配そうに付け足した。 
天祥がそのことばを聞いて、あっと声を上げる。 
「そっか、たいこーぼー疲れてるんだ…ごめんなさい、やっぱり休みなよ」 
そう言い掛けた天祥の頭をくしゃっと撫でて、太公望は笑った。 
「構わぬと言っただろう?なあに、十分休んでおるよ」 
その笑顔を見て、天祥も表情を明るくした。 
「ほんとに!?」 
「おお、本当だわい」 
「やったー!!」 
喜色を顕にして飛び跳ねる天祥。 
その彼を見てその場にいる全員が安心したように息を吐いた。 
「……また、追加だのう……」 
太公望の呟きを聞き取った武吉が首を傾げたが、彼の顔を見ただけで何も言わなかった。 
嬉しそうなのだから、それでいい、ということだろう。 
実に師匠思いな弟子である。



一緒に遊ぶ、といっても天祥はとにかく一緒にいるだけで満足してくれるらしい。 
それとも太公望に仕事疲れが残っているのを心配してくれているのかもしれないが。 
とにかく、特に体力を使うようなことは何もなかった。 
どちらかといえば知力だろうか。 
天祥が不思議に思うことを太公望に聞き、それを解りやすく説明する。 
難しい話はまだよく解らないし、聞いてもつまらなそうにする天祥だが…太公望の話はいつもよく聞き入っていた。 
そしてその話は天祥だけでなく、他のものにとっても聞いてて飽きることは無いものだった。 
もちろん太公望自身も、そういう話をするのは嫌いではない。むしろ、楽しいと言えるだろう。 
周城の庭の、そう日差しが強くないところに皆で座り込んで話を弾ませる。 
その話の途中で天祥が無邪気に言った。 
「ねえねえ、たいこーぼー?」 
「んー…何だ、天祥?」 
「何かいいことでもあったの?」 
「むう?」 
指摘され、少し驚く太公望。 
「だってさ、すごく嬉しそうなんだもん!」 
そう言われ、そんなに態度に出ていたのだろうか…と考えるが太公望には解らない。 
「確かに…機嫌良さそうさ、スース?」 
天化も不思議そうな表情を浮かべた。 
普段似ているとはそんなに思われない兄弟だが、こうして表情の動きを見ると確かに血の繋がりを感じさせられる。 
「何かあったさ?」 
「困ったのう……」 
聞かれて、腕を組む。 
すごく言いたい……のだが、言うな、と口止めされている限りは言いづらい。 
そう言われたときのことを思い出して、また笑いが込み上げた。 
「く、くく……」 
「す、スース?」 
戸惑う天化に、四不象が呆れたように言う。 
「無理っスよ、天化さん……今日は朝からこうっス」 
吐いたため息に重なるように武吉も言った。 
「ご機嫌がよろしい理由を尋ねても……こうして、笑われるだけで答えて下さらないんです……」 
困ったように言う武吉だが、やはり表情は笑っている。 
「まあ、おっしょーさまが嬉しいのなら別にどうでもいいんですけど」 
「……武吉っちゃんいい人すぎさ……」 
冗談半分……本気半分で天化は目を押さえた。 
今だに太公望は苦しそうに腹を押さえている。 
「全く……思い出させるでないよ……」 
「……そう言われても俺っちたちには解らねえさ」 
天化が困ったように言った。 
その時…疑問符を浮かべたまま太公望を見ていた天祥が、廊下を通りすぎようとした影に向かって声をかけた。 
「あ!よーぜん!!」 
声をかけられた彼は、びくっと肩を震わせる。 
どうやら気付かれたくなかったらしい。 
天祥の声を聞いた太公望が、そんな楊ゼンを見た。 
しばし二人で見つめ合う。 
次の瞬間、太公望は腹を抱えたまま大爆笑を始め……それを見た楊ゼンが抗議の声を上げた。 
「師叔!!あれ程笑わないで下さいと……!!」 
その台詞を聞いた天化が、納得のいったように呟いた。 
「……楊ゼンさんがらみかい……」 
「なるほどっスね……」 
疲れたように呟く二人の横で、武吉があっさりと言う。 
「いつもながら仲がよろしいですね!」 
「………」 
もはや二人はそれについて何も言う気力は無かった。 
天祥は一人、疑問符を浮かべたままである。 
「ねえ、たいこーぼー?何がそんなにおかしいの?」 
「よくぞ聞いてくれた!!」 
そのことばに、悶え苦しんでいた太公望ががばりと起き上がった。 
「実はな……」 
「あー!!師叔!!約束はどうしました!!」 
叫びつつ楊ゼンがつかつかと歩み寄ってくる。 
「そんなもん忘れたわ!!」 
「ちゃんと口止め料は払ったでしょう!」 
「あれっぽっちの桃で足りると思うてか!!」 
ぶー、と口を突き出して不満を訴えた。 
「それにのう!言わずに我慢しておるのは身体によくないぞ!!今日今まで我慢しただけでも十分であろう!!」 
そう言う太公望の前まで来た楊ゼンが、眼差しを釣り上げる。 
それはそれで迫力のある姿なのだが……太公望に通じるはずもない。 
「皆に知られることによって傷つけられる僕のプライドはどうなるんですか……!」 
「そんなもん知るか!第一あれがバレたぐらいで傷つくようなプライドは捨ててしまえ!!」 
「僕だって気にしていなかったですよ!でもあなたがあんなに笑うから気にしてしまったではありませんか!!」 
言い寄る楊ゼンに太公望は憮然として言い放つ。 
「仕方ないであろう!!何だかひどく嬉しかったのだ!!」 
「じゃあそれで十分でしょう……!」 
そこまで言うと、二人は息を整えた。 
その隙を狙って、天化が口を挟む。 
「……で、結局なんなのさ?」 
きっ、と楊ゼンが天化を見た。 
「……気にしないでくれるかい?天化くん?」 
笑顔だが、瞳が笑っていない。 
「こ、恐いっスよ……」 
「お、落ち着くさ楊ゼンさん……」 
怯える二人を庇うように、太公望が言った。 
「まあまあ楊ゼン……そんなに怯えさせてどうする」 
一つ咳払いして、意地悪げに微笑んだ。 
「こうまできたら皆知りたがるのも当然だろう?」 
「誰のせいで……」 
恨めしそうに見てくる楊ゼンを見返して、ぽん、と肩を叩く。 
「よいではないか、大したことでは無いのだし」 
「それはそうですけど……」 
腑に落ちないように肩を落としている楊ゼンの頭を更にぽんぽんと叩いて慰めて、太公望は口を開いた。 
「まあ、わしが悪いのだ……本当に大したことでは無いのだよ」  
「……それで、結局何なのさ?」 
「うむ……多分聞いたら拍子抜けすると思うのだが………」 
「何でもいいから早く教えるっス」 
焦らすようにことばを濁す太公望に痺れを切らした四不象が急かす。 
そのとき…楊ゼンがその場を立ち去ろうとするのを、太公望は服を掴んで引き止めた。 
「どこへ行く」 
詰問すると、楊ゼンは真顔で答えた。 
「……あなたの居ないところまで」 
「それは無理だ」 
にいっと笑って太公望は言う。 
「どこまで行っても追い掛けてゆくからのう」 
自信たっぷりに言い放つ太公望に、楊ゼンは表情を緩めた。 
「ええ、だから安心してどこにでも行けるんですよ」 
そう言った楊ゼンをしばし見たあと……太公望は声を出して笑い始めた。 
……一連の様子を見ていた他の面々は、どこか疲れたように……否、呆れたようにため息をついた。 
「ね、結局なんなの?たいこーぼー?」 
ぶう、と頬を膨らませて言う天祥の頭をくしゃっと撫でて、太公望は笑いを押さえつつ言う。 
「…悪いがやはり教えぬよ、これは」 
「あー!!何っスかそれ!」 
叫ぶ四不象には目もくれず、太公望はまた笑いだした。 
「………まあ、良かったさ?楊ゼンさん?」 
「そういうことになりそうだね……」 
ぽむ、と天化に肩を叩かれ、楊ゼンは安心したようにため息を吐いた。 
太公望はまだ笑っている。 
その様子は訳が解らないなりに、とにかく嬉しそうなものは伝わってくるもので……天祥や武吉はそれだけで十分のようであった。 
「……御主人……」 
呆れたように呟く四不象。 
それが聞こえたのか、太公望が笑いを抑えた。 
「本当に困ったのう…」 
ふう、とため息を吐く。 
「何であんなことでこんなにしあわせになれるのか、わしにもよう解らないのだよ」 
そう言う太公望の笑顔を見たら、誰も何も言えなくなってしまった。



何でもないことがあった。 
それで笑い転げる自分を見て、困った顔をしながらも傍にいるものがいた。 
まあ、つまりはそういうことでいいらしい。






fin.






研霧織葉さまと出した合同誌からの再録その二です。
……太公望の機嫌が良かった理由は本気でくだらないので気にしないで下さい(涙)
本気でどうしようもなくささやかです。
でもそういうのだけでしあわせだと思うのですよ。
実は個人的に一番好きなお話です。ほのぼののんびり。





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