篭の華〜番外編〜
>718氏

日中は、フライパンであぶられるような暑さが続くが、日が落ちれば気温も下がり、幾分過ごしやすくなる。
 ひとしきり、彼との情事を過ごしたあと、私は何をするでもなく半裸で布団の上をごろごろしていた。
 彼は、私の襦袢を肩に引っ掛けただけの姿で、窓際に腰掛けている。
 館の裏手には、防火用水を兼ねた小川が流れ、涼風を運んでくるが、やはり真夏に肌を合わせるのは暑い。
 だがその不快感を、快楽が上回る。
 またその快楽を味わうために私達は、暑い暑いと愚痴りながら身体が冷めるのを待っていた。
この気温では長い髪は暑いだろうに、彼はその豪奢な金髪を切ろうとはしなかった。
 どこで覚えたのか、私のかんざしを使って、その長い髪を器用に結い上げている。
 どこを見るでもなく、ぼんやりと外を眺めていた彼の目が、突然何かに焦点を合わせた。
 「あっ・・・!」
 驚きとも感嘆ともつかない声を上げると、突然立ち上がって私の腕を掴む。
 「姐さん、早く!」
 「え!?何・・・・・・」
 私の問いには答えずに、彼は私を窓際まで引きずっていった。
 窓の桟にもたれかかると同時に、眩しい光が目を射した。
 目の前に丸く、大きく広がる、炎の花。
 それが消えるか消えないかと言うタイミングで、ドン、と低い音が全身を打つ。
 「花火か・・・」
 「うん。どこか近くで、花火大会やってんだな」
 「どうりで、今日は下の通りが賑やかだと思った」
 「姐さん、もう何年もここに住んでるんだろ?花火大会の日程とか、覚えてねえの?」
 「・・・そんなもの、気に留めたことがなかったな・・・」
 こういう催し物は、ともに楽しむ相手がいればこそ覚えはするが、
 一人でいつ来るかも判らぬ男を待つ身では、覚える気にすらならぬ。
 「打ち上げてるあたりじゃ、夜店とかいろいろ出てるんだろうなあ・・・こんなことなら、調べてくりゃ良かった」
 流石に育ち盛りの少年らしく、色気より食い気。
 露店に並ぶ焼きそばや、焼きとうもろこしなどが気になるらしい。
 射的や金魚すくいなどには、熱くなりそうな性分だ。
万華鏡のように色や形を変えて、夜空に広がる光の花。
 楽しそうに目を輝かせて、それを見つめている少年。
 これが今宵一夜限りのことでなければ、私ももっと楽しめるだろうに。
 彼とは、いつか別れる日が来るのだから。
 だが、そんな私の苦悩を知ってか知らずか、彼は笑顔で言う。
 「今度は一緒に行こうな、花火大会」
 来年、また二人でこの日を迎えられると言う保証など、どこにもないのに。
 「今度来る時は、近くで花火大会があるかどうか調べてくるからさ。あったら一緒に行こうぜ?」
 ああ、忘れていた。
 彼はせっかちなのだ。
 楽しいことを、来年まで悠長に待てるはずがない。 
 「そうだな、たまには二人で出かけるのもいいだろう」
 「二人じゃないよ、三人だ」
 「三人?」
 あと一人、誰が加わると言うのだろう。
 まさか、あの男ではあるまい。
 「アルを・・・弟を紹介するよ」
 ああ、そうだ。彼にはたった一人の肉親である、弟がいるのだ。
 彼は国家錬金術師という肩書きと、あの男のお墨付きで花街に入れるが、普通の少年である彼の弟は、ここには来られない。
 寝物語で、散々弟のことは聞かされていた。その、彼の最愛の弟を、私に紹介してくれると言うのか。
 「君の弟か・・・それは、楽しみだな」
 「会ったら、きっと驚くぜ?その時の姐さんの顔が楽しみだ」
 「驚くって・・・そんなに似ていないのか?」
 「へへヘ、秘密」
 そう言って、いたずらっぽく笑う。
 本当に、こういうところは子供だ。
ほぼ等間隔で打ち上げていた花火が、不意にぴたりとやんだ。
 もう終わりなのだろうかと二人で顔を見合わせていると、かすかにひゅるる・・・と、打ち上げ音が聞こえる。
 ぱぁっと、それまで見たこともないような大輪の花が夜空にひらめいた。
 「・・・すっげぇ・・・」
 半ば恍惚とした表情で、彼が感嘆の声をこぼす。
 彼の、こんなに安らかな顔を見るのは、初めてだった。
 鮮やかな炎の花は、瞬く間に闇夜に溶けてしまう。
 「・・・今ので打ち止めかな?」
 「あぁ、そうだろう」
 「考えてみりゃ、夏の間って結構あっちこっちで花火やってるよな。一覧を作って、全部回ってみるってのも面白そうだなあ」
 なるほど、お祭り好きな性分だと言う事が、良く解る。
 「まさか、それに私も付き合わせる気じゃないだろうな?」
 「何言ってんだよ、付き合ってもらうに決まってんだろ?」
 予想通りの答えが返ってきた。
 「交通費、飲食代、その他もろもろの諸経費を君が負担すると言うのなら、付き合ってやろう」
 「当たり前だよ。そういう時にケチらないのが粋な『いい男』だって教えたの、姐さんだろ?」
 なるほど、私が教えたことを実践しようと言うわけか。
 「解った。では、君からの誘いを楽しみに待っているよ」
 「よっしゃ!決まりだな!」
 そう言って彼は満面の笑みを浮かべ、両手を打った。



 「・・・ところで、姐さん・・・」
 「何だね?」
 「もう一回・・・いい?」
 「ふふ、おいで、鋼の・・・たっぷり可愛がってあげよう・・・・・・」








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