幼い恋人
>644氏
「大佐…頼みがあんだけど…」
いつもと違ってしおらしく、自宅の門前にエドワードが立っている事に気づき、ロイ子は些か不思議そうな面持ちになる。
「どうした?鋼の。何かあったのか?」
厳しく檄を飛ばす事も多々あるが、結局のところ、エドワードにはこれでもかという程に弱いロイ子は目の前の少年を心配そうに見つめた。
「えっと…」
言いにくそうに視線を逸らして俯くエドワードを、とりあえずロイ子は室内に招き入れた。
「本当に、どうしたんだ? ん?言ってみなさい」
エドワードを自分のベッドに座らせて、ロイ子はその隣に腰を下ろした。
尚も心配そうにエドワードを見やりながら。
そんなロイ子にチラッと視線を送ると、エドワードは覚悟を決めたように顔を上げ、ロイ子の両手を握りしめた。
「…あの、さ、俺に教えて欲しいんだ…」
「…何だ、また新たな賢者の石に関する情報が必要なのか?」
「そ、そうじゃなくって…あの、俺さ…大佐じゃなきゃ嫌なんだ」
「は??? 一体なにがだ?」
ロイ子は両手を握り締められたまま、何を言っているのか分らないエドワードの顔をじっと見つめた。
「えっと、冗談じゃなくって、俺、本当に本当に本気なんだ。…ずっとどうしようって我慢してたんだけど、なんか心と体がフワフワした感じでずっと落ち着かなくって、どうしようもなくって……。
…で、大佐に嫌われちまうかもしれないって思ったんだけど…やっぱり、どうしてもあんたじゃなきゃ嫌で…」
エドワードは、意志の強さを表す眉毛に真剣な瞳でロイ子を捕らえて離さなかった。
「…何を…言って…」
「大佐、俺にSEXを教えてくれないか」
確かに、ここしばらくエドワードの様子はおかしかった。
特にエドワードの事をいつでもよく見ているロイ子にはその態度がすぐに分った。
ただ、原因は単に思春期特有の情緒不安定なのだろうと・・だから今回の事についてはそう大して心配する必要もない…
と、そういったことくらいにしか思っていなかった。
まさか、ロイ子に「SEXを教えてくれ」などと言ってくるとは…。
「あ、あのな、鋼の…」
「教えて欲しい、じゃなくて……俺、もう絶対に初めての相手はあんたじゃなきゃ嫌なんだ。
…それもちょっとおかしいか。 …と、とにかく俺、最近はHな事ばっかが頭ん中をグルグルして、胸もザワザワして下半身が熱くなって…いてもたってもいられない状態で……俺、おかしくなりそうなんだ…」
ふにゃっと悲しげに歪む子供のエドワードの顔はロイ子の弱点だった。
この顔にはロイ子は黙っていられない。
初めて出会った頃から、愛しさを感じ見守ってやろうと決心したエドワードに悲しい思いをさせるなんてことは、
ロイ子にはとても耐えられることではなかったのだ。
「大佐ぁ…助けてくれよ…」
今度はロイ子の豊かな胸元に縋りついてきた。
そういう事を言っている割に、全然その行動にいやらしさは感じられず、ロイ子はいつものようにエドワードの気持ちを宥めるように軽く抱きしめ返して背中をポンポンと叩いてやった。
「…その、なんだ……一つ聞くが…自分ではやっていないのか?」
ロイ子は、幾分聞きづらそうにエドワードに尋ねた。
エドワードはそんなロイ子の心中を知る由もなく、羞恥心と言う言葉など全く知らないというように、素直に答えた。
「やったよ、自分で。でも、なんか一時的に解放されるっていうか……なんか、体は落ち着くけど気持ちが全然落ち着かなくって…で、大佐の顔ばっかし浮かんできて…」
エドワードの話は最後の方は少し小さめの声になった。
「私の顔が浮かんできた?」
「うん…っと…で、そうしてると…今度は大佐の裸とか想像しだして…そしたら、スッゲー触りたくなって…そんなこと考えてたら、また体がウズウズしだして…その繰り返しでさ。なんか、無性にむなしくなってきて…」
いつもは覇気に満ち溢れたのエドワードのシュンとなった姿に、言っている内容の凄さはさておき、ロイ子は胸の痛む思いがした。
なおも、ロイ子の胸に顔を預けてエドワードは安心したように抱きついたままだったが、バッとロイ子から離れるとこれでもかというほど真剣な眼差しでロイ子を見つめた。
「…大佐…俺って変かな?気持ち悪ぃ?…だったらオレどうなっちまうかわかんねぇけど…我慢する。
…やっぱり…やっぱり大佐に嫌われちまうのが一番辛いし……」
意志の強さが現れた綺麗な金の瞳にうっすらと涙が溜まっていた。
目の端を赤く染めながら…。
大事なエドワードの真剣で一途な思いを無下にするほど、ロイ子は無粋な大人ではなかったし、ましてや驚きはしたものの気持ち悪いなんてこれっぽっちも感じない自分にも正直苦笑いしていたのだ。
自分にとってもエドワードはそれだけ特別な存在だと言うことが改めて分ったのだ。
「…鋼の」
「…ごめんな、大佐…」
掴んでいた手を離すとエドワードは目の端をゴシゴシとこすった。
断われると覚悟したエドワードは表情を固くしたまま、部屋を出て行こうとベッドから立ち上がった。
その時、ロイ子がエドワードの手を軽く掴んだ。
「…?」
「……いいぞ、鋼の」
「…えっ?」
大きく目を見開いたエドワードは、花のように艶やかに微笑むロイ子が目に入った。
ロイ子が見せたのは、いつでも自分にしか見せない「エドワードを慈しむ眼差し」、自分専用の微笑みだったのだが…エドワードは胸の奥がキュンとなり、顔が熱くなっていくのを押さえられなかった。
嬉しさに頬を染めていると思ったロイ子はさらにいとおしむように優しく声をかけた。
「……シャワー浴びてくるから、少し待っててくれるか?…あと、場所は私の寝室でいいだろう?…っと、それから鋼の…」
小さな咳払いをして、はっきりとロイ子は言った。
「…ちゃんと避妊具は用意してきているな?」
ロイ子がエドワードを寝室へと案内し、着替えを持って部屋を出て行った後、
それまで呆然としていたエドワードがロイ子のベッドに勢いよく横たわった。
「…うう、まだ信じらんねぇ」
自分で頼み込んでおいて、このセリフはどうだろう。
ここぞという時、ロイ子が自分に甘いとは知っていたもののこればっかりは…成功率の低い賭けではあったが言わないではいられなかったのだ。
それこそ、これ以上黙っていたら、訳も分らず最悪ロイ子を押し倒すことになりかねなかったかもしれないと、悩んでいたのだった。
「くぅ〜、マジかよ」
だからこそエドワードはかみ締めた唇から喜びの声が思わず洩れるほど嬉しかった。
でも、本当にロイ子は己とSEXしてくれるのだろうか?
そこが少しエドワードには不安だった。
戻ってきて、「やっぱり止めた」と言われないとも限らない。
でも、一度言った約束をロイ子が翻したこともない…ただ、今回はあくまでも例外だし…
ぐるぐると頭の中でいろいろな考えが回っていたが、とにかく先ほどロイ子に言われた避妊具だけは用意しておこうとベッドから起き上がると、上着の内ポケットをゴソゴソと探り出した。
なんだかソワソワして気分が落ち着かず、ベッドの上をゴロゴロしていると、髪にタオルを巻いたロイ子が部屋に戻ってきた。
なんとなく横になって、エドワードはロイ子の行動を目でおっかけていた。
ナイトウェアに着替えたロイ子は手に持った軍服をクローゼットにしまい、頭に巻いたタオルを取ると軽く髪の毛を拭いた。
そして、鏡の前に腰掛けるとドライヤーで手早く髪を乾かし始めた。
その風に乗って、ふんわりとエドワードの元にロイ子のシャンプーの香りが運ばれてきて、
ますます輪をかけてエドワードは胸がドキドキしだして、ごろりとロイ子に背を向ける格好で体を縮めて丸まっていた。
しばらくして、髪を乾かして整えたロイ子は、ゆっくりと立ち上がりエドワードの転がっているベッドに近づいた。
「…鋼の?寝ているのか?」
エドワードに声をかけながら、ベッドサイドに置いているスタンドのスイッチを入れ、明かりをしぼり、そして部屋の電気を落とした。
ほんのりベッドに明かりが灯っている程度の薄暗い部屋の中で、先ほどから身動きしないエドワードにさらに声をかけようと肩に手をかけようとした時、ガバッとエドワードが起き上がりロイ子の方に体の向きを変えた。
「…寝てしまったのかと思ったぞ」
「そんな余裕ねーよ。…大佐…」
暗い部屋でもエドワードの赤くなった顔が見て取れた。ロイ子はエドワードの頭を優しく撫でてやり、そっとベッドに腰を下ろすとエドワードの肩にもたれかかった。
「あっ、大佐!?」
「…こういうことは変に時間を先延ばしすると気持ちが食い違ったりするから…いいか?鋼の」
「う、うん」
幾分動揺をしているエドワードはやんわりとロイ子の肩に手を置いて軽く引き寄せた。
それを感じたロイ子は唇の端を少し上げ、微笑むとエドワードの方を見た。
「…じゃあ、初めようか…まずは、おまえのやりたいようにやってごらん」
こくり、と頷くエドワードを見ながら、ほんの少しだけロイ子は顔を近づけゆっくりと目を閉じた。
『やはり、SEXもセンスかもしれないな…』
ロイ子は横でグーグー寝ているエドワードの満ち足りて幸せそうな顔を見ながら思っていた。
確かにそれなりに経験を積めば男女の機微には敏感になるかもしれない…ただ、お互いを高め合い、喜ばせ合うということに対しての根本的な考え方がずれている人間や独特の間の取り方の下手な人間はいくら経験を積んだ所で論外だ。
その点、エドワードは…確かにオズオズした動作や不慣れな事でたどたどしかったりもしたが、初めてのくせにどうしてそんなに女を気持ちよくする術を心得ているのかというほど、巧みにロイ子の心も身体も熱くさせた。
そして、行為の最中での空気を読むことにも長けていて、高ぶった気持ちをしらけさせることなく、むしろムードを高めるような仕草や言葉でロイ子に接した。
『末恐ろしい…』
元来こういうことに使う言葉では無いとは思ったが、自然に頭に浮かんだ。
もう少し経験を積めば、この少年はとんでもない女泣かせになるのではないかと、ロイ子は苦笑いをした。
そして…その経験を積ませるのが自分なのか、はたまた女泣かせとなったエドワードから逃れられなくなってしまうのが
自分なのか…
『…大佐、またしような』
眠りに落ちる間際に漏らしたエドワードの言葉がどのような二人の未来を示しているのかは、今の時点ではロイ子ですら分らなかった。
おわり