猫岳の猫
>552氏

 昔々あるところに、二人づれの旅人がおりました。
 ひとりは喪のような衣を羽織った、たいそうかわいらしい娘で、もうひとりは大きな古めかしい鎧をまとった、おだやかな声の若者でした。
 二人とも、強い絆でしっかと結ばれた姉弟です。
 ある日のこと、深い森に分け入ってしまった二人は、あてもなくさまよい歩きながら、お天道さまが暮れていくのを、お互いにお互いの手を取って、励ましあっていました。
「なぁアルー・・本当にこっちでいいのか?」
「うーん・・おかしいなあ、方角は合ってるはずなんだけど」
と、姉の足元で、猫の子がにゃあんと間延びした鳴き声をあげました。
「わっ! またか・・しっかし、猫だらけだなあ、この森」
「"猫が森"って言うんだってさ、ここらへんのこと」
「へえ」
「言い伝えによると、いろーんな化け猫が集まってくる地なんだって」
 弟は猫に目がありません。うきうきと楽しそうです。
「化け猫、ねえ」
 一方の姉は、ゆううつそうです。こめかみに汗がひとすじ浮いているのを、弟はめざとく見つけます。
「怖いの? 姉さん」
「ばっばか、そんなわけあるか」
 いつもの調子はどこへやら。ときおり茂みをがさがさ言わせては、かわいい目鼻をのぞかせる猫に、びっくりしたり安心したり。弟だって、怖くないわけではありませんでしたが、姉の様子を見ていると、ボクがしっかりしていなくちゃあと、不思議に勇気がわいてきます。
「――ああっ!」
 弟がそのうつくしい声をはりあげておどろきますと、姉はとびあがりました。
「うわあああっ! 何っ、何ぃっ!」
「みてみて姉さん、月がきれいだよ」
と、弟はそらを指さします。満月がぽっかりとかかっていました。
「ひぃぃっ! 月怖い月怖いーっ! へ・・月・・?」
「うん、そう、月」
 姉はなんとも腹のすわりが悪い思いをしながら、へたりこんだ地面から立ちあがり、土ぼこりやとげのある葉っぱを衣から払い落とします。
「やっぱり怖いんだね」
「うるさい怖くないっ!」
 そんなやりとりをするうちに、どこかでふくろうが鳴き始めました。夜の森が顔をのぞかせはじめたのです。青くさい下草を、ざっくざっくとくろがねの刀で切り開きながら、ひたむきに進んでいきます。
 しばらく行くと、立派なお屋敷があかあかと灯をともしているではありませんか。
 一夜の宿を求めて、二人は風変わりな造りの引き戸を叩きました。
「たのもう。どなたか、どなたかー」
 奥の間から現れたのは、しゃなりとした着物のおんなです。あでやかには違いなくても、戸のへりにかけた指先が、紙のような白さです。おもてのほどはかげっていてよく見えませんが、その手のように、うすら青い色をしているのでしょう。
「――はあい。おや、これは旅人さま」
「あのう、ボクたち今夜だけ泊めていただきたいんです」
「屋根さえあれば、どこでもいいんですけど。もちろん、お礼もします」
「まあ、お礼なんて」
と、女は目を細めました。爪の先のような瞳がきらりとあやしく光ります。
「とんでもない。外は冷えるでしょう。どうぞ、お入りになって」

「ちっくしょー・・腹減ったー・・」
 畳のうえをごろごろと三回転あまり転げまして、姉はうらみごとを漏らしました。服がだらし
なくめくれ、乳がもうすこしで見えそうです。
「いつまで待たせんだー・・」
 ひろびろとしたお座敷を、もの珍しそうに見わたしながら、弟がこたえます。
「聞いてみたら? ご飯欲しいんですけどって」
「うーん・・」
と、金髪を散らして、すべらかな畳にうっとりとほおずりしながら、
「アル、お前が聞いてこい。どうもあの人は苦手だ」
「あの人って、さっきのお姉さん?」
 弟はその人を思い浮かべます。血のような唇を、にたりと笑ませるのが良く似合いそうな、含んだところのある女性です。
「ボクも苦手かも。ちょっと怖かったよね。うまく言えないけど・・うす気味わるい」 
「お前も、そう思うか」
 しんみりとした風情で弟がうなずくので、姉はほのぐらい物思いを一気にふくらませます。
なりがうつくしいのはうつくしいのですが、どこか作り物めいていました。ふとしたきっかけでどこまでもみにくくゆがみそうな気配がするのです。
「姉さんさ、猫又って知ってる? 猫のお化け。『口、額を割らむと張り裂けし猫の、あまた尾を持ちたるが、ひとに成りすましてはつまびて食らい――」
 弟はおとろしげに後をつぎました。
「――婦女を犯して病をなす』」
「お、お、犯・・」
 姉はがばりと跳ね起きて、おさな子のような頬を赤らめるやら青ざめさせるやら。ほっぺたには、くっきりと畳のあとがついています。
「・・ボク思うんだけど、もしも猫又っていうのがいるなら、ちょうどあんな感じの女の人に・・」
 姉はもうまともに弟が見れません。思い描いてしまったからです。着物からつやひかる肩をはだけさせ、頭から猫耳を、尻から二又の尾を、それぞれ生やしたあの女に、自分が下敷きにされているのを。あのもちのような肌つやの腕が、身体中をなでまわし、服を引き裂いて、厚ぼったい唇をつつと這わせ――
 まさか、そんな、非科学的な!
「・・姉さん?」
「わーっ!」
 ぜはぜはと息をつく姉を見て、弟は、ははん、と思います。
「やらしいんだ」
「かっ、考えてない! 考えてないぞ! オレは何も想像してない!」
「えっちなことされちゃったの?」
「されてないっ! あの女になん・・て・・」
 語るに落ちて、姉はうずくまりました。
「なにされちゃったの? ねえねえ」
 弟はいささかもほころびないきれいな声で、楽しそうに言います。
 姉は途方に暮れてしまいました。そんなおぞましいこと、とてもお口には出せません。
「姉さんってば」
 でも、黙っているのもそれはそれはつらいことでした。自分がたいそうみにくく恥ずかしい生き物になってしまったようでした。自分の胸だけにしまっておくには、荷が勝ちすぎていたのです。
 涙を浮かべて首をふりながら、つっかえつっかえ打ち明けます。
「爪で服、破られて・・」
「うん」
「あちこち触られて・・」
「うんうん」
「指が・・」
「指が」
「指が・・指で・・指・・」
 姉はとうとう泣き出しました。奥手なくせに、いったいどこまで妄想が暴走したのやらと、弟としてはさすがに心もとない思いです。こう見えて、姉はけっこうな耳年増なのでした。
「うっうっ・・ほんとに自分が恥ずかしい・・ううう」
「よしよし」
 ほろろほろろと泣きぬれている姉の、稲穂のようなにこ毛をくしけずりながら、笑ったら悪いと念じつつ、弟はひたすらじっと待っていました。
 ――この弟、元来が猫好きな性質ですから、小動物のあつかいはじつに慣れたものなのです。
 と、そのとき、すらりと障子を引いた者がありました。
「お客様ァ。お食事の用意ができましてございま――あァら、あら」
 女は姉を見て、目をまるくしました。
 姉はというと、弟にしか見せたことのない泣き顔を見られて、みごとな百面相をしておりましたとさ。
 まずはお湯をお使いになられませ、と、手を引かれていった姉のうしろ姿を見送りまして、弟はほっとため息をつきました。――やれやれ。
 畳の上にちょこんと正座しては、
「こんな角度まで、ひざが曲がるんだなあ」
と、そんなことをつぶやいてみます。暇、なのでした。歌うともなくふんふんと歌いながら、床の間の掛け軸をながめたり、押入れを開けたり閉めたり。
 しかしそんなのどかな心持ちは、あっという間に終わりを告げました。
 どこか遠くで、うす布をさいたような悲鳴がひびいたのです。
 ――きゃああっ!
「・・姉さん?」
 なんだろう。姉さんのことだから、どうせ女の人に裸を見られたとか、背中を流すついでにちょびっと胸をさわられたとか、そんなところなんだろうけど。はは、姉さんってば、おおげさだなあ。
 さきほどの、猫又の話が思い起こされます。
 ふだんは殺陣でさえも目の色ひとつ変えない姉ですが、色ごとだけはからきしなのです。
 切れるところまで切れてしまえば、おしまいまでされるがまま、ということはない、と思いたいのですが・・
 ――いやーっ!
「・・まったくもう、世話が焼けるんだから!」
 などとぼやきながら、弟は、廊下にまろび出ました。

「姉さんっ!」
 だだっ広い屋敷を駆けずりまわりまして、たどりついたはひのきの湯船でした。スノコの上で、ふたりの女性が手ぬぐいを投げ投げ、素肌をかさねてからみあっています。
「アルッ!」
 かがやかしそうにおもてをあげたのは、姉、のはず、でした。
 ――あれ?
 思わずたたらを踏みますと、かすむはずのない視界をうたがって、再三とっくり見入ってみます。ほどけた金髪、らんらんと光るとがった瞳、長い八重歯――飛び出た耳。
 そうです。姉の頭から、ふっさりとした、獣を思わせる耳がのぞけているのでした。
 組み伏せようとやっきになっていた女がさっとこうべを持ち上げて、弟の姿をあらためました。そのままさささと後ずさり、ゆたかなからだをわずかに手でおおいます。こちらにも、黒髪の合間から猫の耳が、後ろからはしっぽの先が、ゆうらりとあらわれているのでした。
「ね・・姉さん?」
 解放された姉がうしろに回ってひっしとしがみついてきましたので、ゆっくりと調べる間もありません。
 どうしたものかと呼びかけると、まごうことない姉の声が、しっかり返事をしてきました。
「アル、気をつけろ! こいつ、人間じゃない!」
「あァら、ひどいこと言うのね。心はひとと違わないのに」
 つんっと鼻をうわむかせ、おんなはやり返します。
「どうなってるの・・? その耳・・」
 おんなはうふふ、と笑うと、軽く頭を揺すりたてました。ほんわりほわりと耳が揺れ、ともすると惹かれ誘われてなでなでしてみたくなりそうです。
「かわいいでしょ? そっちのお嬢ちゃんのおぐしにも、飾ってあげたかったのよ」
「姉さん、何されたの?」
「分かんないっ! お湯かけられたらこうなった!」
「お湯?」
 木造りの湯船のなかには、かすかに藍を溶かし込んだ熱い湯が、たっぷりとたたえられています。
「生体錬成の一種? ――姉さんっ、このひと捕まえたい!」
「分かった!」
 かくして捕り物帳とあいなったのでした。

「うわあん、ごめんなさァい・・」
 すったもんだの騒ぎのすえに、なんとかかんとか縛り上げ、あたりに転がして刃をつきつけますと、おんなは、よよ、と泣き崩れました。
「ええっと、おねえさん、キミの名前は?」
「わたくしに名などありませぬ」
と、したたるような媚びをふくめて、上目づかいに見つめてきます。
「ただし、わたくしがまだ尻尾も分かたぬ若猫だった時分に、ただいちどだけ、あなた様に呼んでいただいた言葉なら、こころの奥深く、しっかりと刻みつけてございます」
「え、ボクに?」
「ええ、あのときあなた様は、軒下で飢え死にしかけていたわたくしを拾ってくださいました・・きっともう、お忘れでしょうけど。ああ、そのお声、昨日のことのように覚えております」
 すると横合いから姉がくちばしをつっこみます。
「おまえ、猫又ってやつなのか」
 おんなは首のひとかしげでがらりと表情を変え、ありったけのにくしみをこめて姉を見ました。
「気安く呼ばないで、おまえだなんて!」
 姉はあたまの猫耳を伏せて、後ずさります。売られたけんかは買うのが姉ですが、得体のしれないものと牛乳にはめっぽう弱い面もあるのでした。
 あわてた弟は、あいだに割って入ると、
「それじゃあ、なんて呼んだらいいの」
と、たずねます。
「あなた様はこうおっしゃいました――よしよし、よしよし、と。ですからわたくしのことは『ヨシノ』とお呼びくださいませ」
「それじゃあ、よしのさん」
「はいな」
 おんな――よしのはこのうえない喜びとばかりにこたえます。それが姉にはおもしろくありません。なんでぇ、色目使いやがって。
「どうして姉さんをおそったりしたの」
「だってぇ・・」
 おんなは腰としっぽをくねりとゆらして、たわわに実った胸を弟につきだしました。
「うらめしう思っておりましたの、せっかくまたあなた様とお会いできましたのに、そこなちびじゃりが始終べったりと――」
 あ、それ地雷、と弟がとめる間もあらばこそ。
「てめぇ誰が靴の間にも挟まる小じゃりだってええ!?」
「はん、あんたのことよ、この洗濯板!」
「ほらほら二人ともけんかしないの! よしのさんも煽らないで!」
「あん、ごめんなさァい」
 変わり身のはやいよしのと、ますますふくれる姉。ふたりをどうしたものかと見比べながら、弟は言いました。
「あのお湯は何? 姉さんになにをしたの?」
「あれはこの地にだけ湧く特別な水。触れた場所からひとを猫に変化させます。ここは猫又の里でございますから――ご存じでしょうが」
「ひとを・・猫に・・」
 にわかには信じられませんが、どうやら錬金術とはちがうもののようです。
「おい、よしの! とっとと元に戻しやがれ」
「いやァよ。あんたなんか猫になっちゃえばいいんだわ。そぅら、そろそろおててが肉球になるころよ。ぷにぷによぉっ!」
「ぎゃーっ! ぷにぷに嫌ーっ! もーどーせーっ!」
「あの!」
と、弟はまじめに言います。
「戻してあげてください。ボクからもお願いします」
 よしのは困りました。ちろりと恥ずかしそうに弟を見て、うんうんと悩みます。
 やがて、なごり惜しそうに口を割りました。
「ただのひと声・・『にゃおーん』と鳴けば、それであやかしの力は解けてしまいます」
「え・・? にゃ・・」
「そう。にゃんでもにゃーでもにゃおーんでも、とにかく鳴き真似を。身もこころも猫になりきってしまえば、水が勘違いを起こして、それ以上の変化をやめてしまいます」

「にゃ・・」
 姉はたいへんな努力をして喉元まで出しかかった声を、すんでのところで飲み込みました。
 言えない。言えるわけがないのです。いっそ死んだほうがましなのではないかと思える恥ずかしさでした。
「ほら姉さん、がんばって!」
 無責任なはげましに、おもしろがってるんじゃないだろうな・・との思いが去来しますが、
ここはがまんのしどころです。
「にゃ・・にゃ、にゃーん・・」
「声が小さいわよ」
「にゃー・・」
「へたねえ。四つ足ついてごらんなさい」
「なっ、なんでそんなことまで!」
「気持ちがまるでこもってないからよ。そんなんじゃ水はごまかせないわ」
 助けをもとめて弟を振りかえりますと、ただ、ぶんっ、と握りこぶしを突き出す手ぶりだけを返されました。
 つまり、『やれ』と。
 ながいながい間ためらい、迷って、姉はこくんと喉をならしますと、膝を折ってすのこに立ちました。そして手をつきます。申し訳程度におおっていた手ぬぐいがはらりと落ちて、一糸まとわぬ裸体を、動物のようないでたちにまでおとしめました。
 あたまのてっぺんの、肉うすの耳をやわらかく揺らし、姉はやけくそのように媚びた声で、
「にゃあぁん」
と、鳴きました。
「にゃあん、にゃーお」
 今のでどこぞ壊れてしまったらしく、うっとりと、世にも甘ったるい表情を浮かべます。
「うにゃおぅん♪」

 よしのの、加減をしらない笑い声を浴びて、姉はひたすら身もだえました。
 ――オレのばか、オレのばかーっ! 

 よくよく考えてみれば、よしのは『それ以上変化しない』と言っただけで、元に戻れるとは言ってないのですが、どうしてこの姉は引っかかってしまうのでしょう。
 生身の身体なら腹筋がいたくなるほど笑いころげているところでしたが、弟はひたすら、そのすずやかな声を噛み殺して耐えていました。
 ひとしきり笑ってから、弟はひとごとのような調子でよしのに呼びかけます。
「ええと、よしのさん。ほんとうはどうすれば戻れるの?」
「いやだ、とっくにお見通しですのね。すてき・・うふふ、本当はね」
と、浴槽を指し、
「あの水をひとくちでも飲めば、たちどころに」
「戻れるの? もう嘘じゃないよね?」
「ええ」
 姉はうろんによしのを見ました。どうやら今度こそ本当らしい、と考えます。
 手おけでさら湯をすくい、口をつけて、こくり。飲み下したのを見届けますと、よしのは
笑い出しました。
「――あははははッ! 引っかかったわね! これであんたもご同業よ」
「うにゃああっ!?」
 ぼぼんっ。煙一閃、姉はとうとう、金茶の毛並みの猫に変化してしまったのでした。

 するとどうでしょう。
 弟はよしのの頬を張りました。すぱん、と小気味良い音がはじけます。
「いいかげんにして。ボク、猫いじめるの好きじゃないけど、今ならどんなひどいことでもできそう」
 よしのは小ずるそうな目をみるみるうちにうるませて、ちいさく『申し訳ありません』と言いました。
「・・うらやましうございました・・お二人とも本当に仲がよろしくって・・わたくしの割って入るすきなんてどこにもなくって・・よよよ」
 よしのは縛られて自由のきかない身体をくねらせますと、しゅっと一匹の猫に成り代わりました。縄をくぐり抜け、黒い毛並みをしなやかに波打たせ、あ、と思う間もなく姉に忍びよります。
 それからまた、ひとのすがたに変化しました。
 姉をひょいっとつまみあげて腕に抱きますと、またひともく煙を焚き、たちまち姉を元通りの姿に。
 咳き込むその顎をひっとらえまして、涙声でなじります。
「いいわよね、愛されて。いいわよね、大事にされて。どうしてわたくしではいけませんの? わたくしならなんだっていたしますのに。お望みの姿に変わってみせますし、いかなる責め苦にも喜んで耐えますのに」
と、そのつやめかしい頬に、涙がひとすじ伝いました。
「夜伽だけなら、わたくしにだってできますのに。――ひとにあらざる、わたくしにも。ううん、ひょっとしたら、わたくしのほうが、ずっとうまく」
「ちょちょちょっ、ちょっと待って!」
 弟はあからさまにうろたえました。
「よしのさん、落ち着いて、何言ってるか分からない!」
 姉はというと、唐突に出てきた『夜伽』という言葉の意味をまともに考えてしまったようで、顔を真っ赤にしています。
「はん、なにもへちまもありませぬ。お二人とも、恋仲でいらっしゃるのでしょう」
「ちっがーう!」
と、弟はめずらしくたいへん慌てた様子で、
「ボクらは兄弟なの! きょ・う・だ・い!」
「いくらあなた様でも、その嘘はあんまりです。わたくしには分かります。こんなに愛し合っている兄弟があってたまるものですか!」
「あ、愛してない! 愛してないから!」
 言い過ぎました。後悔しても、後の祭りです。
「あっいやそのっ、愛してないっていうか、ほら、す、好きだけど、好きっていうか」
 それまでずっと、おだやかでさえあった想い人の、思いもかけない狼狽ぶりに、よしのはすべてを察しました。
「やァだ。ひょっとしてあなたがた――」
 好きだと思っているのを隠しているのね。よしのは胸のうちでつぶやきます。それもたぶん、姉弟だからとか、そんなつまらない理由をつけて。
 ほんとうはもうずっとながいこと、想いが通じているようなのに。
「それともうひとつ! なにかいろいろ勘違いしてるようだから言うけど、純粋な意味で言ったら、ボクだって、ひとですらないんだよ」
 弟は、しずかに兜を取り外します。
 がらんどうの中身を見て、よしのは息を呑みました。
「まァ・・」
「よしのさんの気持ち、分かるよ。ボクも、よしのさんみたいなことを考えたことがある。うまく言えないけど、なんでもするから嫌わないでほしいって思っちゃうんだよね」
 ――痛覚がないから、力の入れ具合の調整がきかなくて、いつ暴力を振りすぎてしまうとも限らない。ふつうのひとがふつうに分かる感覚を、ボクは失くしてしまっている。こんなボクでいいのなら、どんなことでもするから、だから見捨てないで。
「・・そう・・そうですか。あなた様も。わたくしたち、おなじなのですね」
「そういうのってさ、正しいと思う?」
「・・いいえ」
「うん。ボクも、間違ってると思う。おおもとの原因をなんとかしないと、いつまで経っても誰も幸せにならない」
「うふふ、分かりました、参りましたわ」
 よしのは白旗をあげました。
「よしのの負けです」

 一夜明けまして。

「あーぁるっ! 早くしねえと置いてくぞ!」
 ゆうべのできごとなどどこ吹く風と、姉がかろやかに駆けてゆきます。先に行ったり戻ったりを何度となく繰り返し、やがて弟にならびます。
「しっかしまあ、ゆうべはねーちゃんびっくりしたよ」
「災難だったねえ」
と、弟は、姉のすがたを思い出しまして、しらず笑いを漏らします。
「どうせだから、さわってみたかったな」
「・・アレはもう忘れろ」
と、姉はかすかに頬を染め、きまり悪そうに吐き捨てます。
「耳のことじゃなくってさ。まさかお前が、あんな健気なこと考えてるとは思わなかった」
「・・それこそ忘れてよ。あれはよしのさんに合わせただけなんだから」
「ふうん? お前がそう言うのなら、そうするけどさ」
 姉はどことなくおもしろがるような調子です。
「ねーちゃんとして言わせてもらうなら、お前は弟のくせに、生意気だ。なんでもしてやりたいのは、オレの方だよ。ちったあ甘えておいたらどうだ」
「・・ふんだ。エロ姉」
「えろって言うなっ!」
 追いかけっこをしながら、弟はふいに振り返りますと、ひとことだけ、返したそうな。

「ありがとねっ!」


おわり







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