彼と彼女の事情
>755氏

「――きゃああっ!」
 悲鳴をあげて、ウィンリィは裸の胸にたった今脱いだ服を押し当てた。きれいな金髪を――いつもはポニーテールにして耳に後れ毛を垂らしている――無造作に下ろし、薄い水色のパジャマのズボンをはいている。すぐそばのベッドには作業用のワーカーパンツがしわくちゃの紙のようにかけてあり、ネジや歯車や銅線やドライバーがぎっしり詰めてあるポケットだけが重たく膨れている。
「いやーっ! 痴漢ーっ! 出てってよ!」
 うんざりしつつも飛んできたスパナをひょいっと避けてから、エド子はずかずかとウィンリィに近寄り、次を投げようとする手をつかんだ。親指と中指がつきそうなほど細いくせに、きちんとしなやかな筋が伸びている。
「騒ぐな! 人が集まってきたらどうすんだよ」
「あはは。ごめーん」
 ウィンリィはあっけらかんと笑うと、服をベッドの上に放った。チューブトップのブラの下からどさどさと厚いパッドが落ちる。そして隠すものがなくなった造りの細い胴体が、惜しげもなく晒された。かすかにあばらの浮いたみぞおちから鎖骨にかけて、女性らしい胸の丸みはどこにもない。作り物なのだ。
「全く、なんなんださっきのは。『きゃー』? 恥ずかしくないのかお前は」
「ぜぇーんぜん?」
「それでも男か!」
「言わないで!」
 きゃらきゃらと無邪気そのものの笑顔を浮かべていたウィンリィが、さっと顔色を変える。
「・・言わないって約束でしょう」
 うつむいた顔の可憐さに、エド子はつい言葉を失くす。ウィンリィはどう見たって女性そのもので、言葉遣いも所作も完璧だ。証拠に誰一人"彼"を看破できた者はいない。どんな理論や理屈よりも外見が物を言う。
そのかわいい首についている身体だって、標準的な男性よりもずいぶん線が細いのだが、いざ目の前にしてみるとギャップに脳がついていかない。普段はウィンリィが一生懸命になって隠しているから意識せずにすんでいる。
「うしろ、向いててくれる?」
 すきとおった声に訳もなく薄気味の悪いものを覚えながら、エド子は言われたとおりにする。
 パジャマの裾に手と首を通し、長い髪をばさりと背に流してから、ウィンリィはもういいわよ、と声をかけた。
「悪かったよ」
「いいの、もとはといえば、あたしがあんな声出したのがいけなかったのよね」
 どこまでも明るく微笑む姿に、さっき見た身体がオーバーラップする。昼間と違い、偽の胸を作っていない平らな服の流れに、また軽い混乱が起きる。

 どうして"彼女"が"そう"なのか、はっきりしたことは幼なじみのエド子も知らない。あまり深く考える気がなかったからだ。ただ、いつだったか、『あたしってばほんっとどうかしてるわよねえ』なんておどけるウィンリィがあまりにも哀れで、『似合ってるんだから別にいいんじゃねえの』と言ってやったことはある。泣き笑いのような、心の底から救われたような顔をしていた。それがまぶたに焼きついて離れない。
 そんな顔をされてしまえば、第三者の自分にはもう何も言えやしない。

 だから今日も、エド子はウィンリィに付き合っている。

「ねえ、エド」
 ウィンリィが後ろから抱きしめてくる。小さな子供がおおきなぬいぐるみを抱えるような形で胴に手をまわし、肩に頭を預けて言う。
「今日も・・してくれる?」
「ああ」
 エド子が上から手を被せて握り返すと、ウィンリィはまたはしゃいだ。
「嬉しい。大好きよ、エド」
 いやな気はしなかった。明るくて清潔で優しい彼女に頭を抱き寄せられて、沸いた感情はたしかに好意と呼べるものだった。だったらもう、それでいいやとエド子は思う。要らないことで悩むのは性に合わない。後悔はあとでする。
 ウィンリィの手がエド子の足の間に伸びる。下半身にふつふつと熱が募ってくる。ひとまず
その手を押しやって、エド子は部屋の明かりを落とした。
 暗くなったら、一気にベッドの上へ引き倒された。ばふっと埃が舞い、続けてウィンリィが飛び乗って、ぎしっとスプリングが鳴る。
「エド、口、ごめんね」
 きれいな声がする。頬に触れてくる手があたたかい。すぅっと呼吸がすぐそばでして、キスをされた。乾いた唇の感触、続けてぬるりと自分の唇をこじ開けようとする感触。ひかえめに舌でかきまわされる。からんだ場所がぷちゅっと音を立て、次第に息が苦しくなる。
「んっ・・ちょっと甘い」
「別に、何も食ってないけど」
「そうじゃないの。なんか、エドがおいしい・・」
 意味が良く飲み込めずにいるエド子の首筋に唇をやって、つつっと下っていく。うねうねと柔らかく動く舌に触られたところが不思議に熱い。はだけかかった首元を彼女の垂れた髪にくすぐられながら、そっとウィンリィの背に手を回す。
 ウィンリィの上着は脱がさない約束だった。胸にも股間にも手を触れない約束だった。いつも、してほしい、抱いてほしい、とねだってくるのに、何一つ直接的な愛撫ができないのがもどかしかった。けれども、それ以上にどこかで安心していた。この奇妙な交わりに、最後の逃げ道が残されている。――ウィンリィがしたいって言うから、だから仕方なく。
 袖口から腕を抜き取らせてから、中身が流れてほとんど平らになった胸をウィンリィがなめとっていく。硬くなった乳首をぺちゃぺちゃ押し潰す。唾液ごといとおしそうにすする。ざらざらの舌で絡めるように刺激する。
 頃合を見て、ウィンリィが一気にエド子の服を下着ごと下げた。
 とろりとかきまぜられて、エド子はちいさく鳴いた。
「あは・・もうこんなに・・」
「ん・・リィ」
 呼んで口づけようと上体を起こす。逆らわず引き寄せられてきたウィンリィの肩を抱く。かすかにうわずった声で、ウィンリィはささやいた。
「うれしい、あたしで感じてくれたのね、うれしい・・すごく」
 耳に甘い余韻が残って胸いっぱいに満ちる。柔らかいくちびるに噛みつきながら、かわいいウィンリィに惹かれてしまう自分を意識する。女の自分が、女の子としてのウィンリィを好いている――
 泥くさい思考が澱のように腹に落ちていく。それを溶かすほどにやさしく献身的な指が肉芽をこすりたててくる。十分の一ミリ単位で機械鎧を組み上げる繊細なウィンリィの指が、確実に気持ちの良いところをとらえていく。どうしようもないほど高ぶる熱を放出する先を求めて、エド子はますますウィンリィの口内をむさぼる。
「ん・・ふぅ・・、エドってキス、好きだよね」
「嫌なのか?」
「ちがうちがう! あたしも好き、大好き、ずっとこれだけしててもいいくらい」
「キスだけ・・はオレが困るな」
「もちろん、こっちの方がずっといいんだけど!」
 ウィンリィの指がそっと下にすべる。とっぷりとぬかるみをたたえて、真っ赤に開いたくちびるがあった。中まで入れずに浅くつついて旋回させる。
「ね、エド、あたしもう待てない、痛いよ・・」
「どこが?」
 エド子が聞くと、それまで優しい微笑みを形作っていた頬のラインが一気に崩れた。無理もない。今までエド子は一度だってこんなことを聞いてきたりはしなかった。
「どこが痛い?」
「・・わ、分かってるくせに」
「分かんないよ、言ってくれなくちゃ。なあ?」
 硬直してしまったウィンリィの耳をなめてやる。こうされると弱いのを知っているから、容赦なんてしない。
「どうしたい? リィ。どうされたい?」
「・・エドに、して、ほしい・・」
「何を?」
 ちょっと残酷だったかなと思う。答えたくても、ウィンリィにはどう表現するべきかが分からないのだ。気持ちでは犯されたいと思っている。実際には犯しているのだとも分かっている。
ウィンリィには一番触れてほしくない、だからこそ一番恥らう心の柔らかい部分だった。
 そんな様子がかわいいと、密かにエド子は思っていた。でも教えてはやらない。
「は、はじけちゃいそうなの、もう待てないの! したいよ、エド!」
 そして、へにゃりと絶望したような声を出す。
「なんでぇ・・なんで笑うの」
 可愛いからだ、と思ったが、これも口に出さないでおく。
 かわりに覆いかぶさって、二人の身体の位置を上下入れ替えた。するするとゴム絞りのズボンを引き下げる。へその下からなぞっていったら、先端がレース地のショーツからはみ出ていた。
 はじめて味わう感触に、強い拒絶を示したのは、エド子ではなくウィンリィの方だった。
「エド!」
 叱責するウィンリィをものともせず、竿の中央を布地ごしに握った。皮ごとスライドさせると、にちっと陰にこもった音が出る。正真正銘の男の物に、またさっきの映像が頭をちらつく。
太陽のような明るい美少女と、手に残る確かな異物感との取り合わせ。
 こみあがってきたのは、嫌悪感でも拒否感でもなく、倒錯した興奮の方だった。妖しい危うい魅力が、そこにはあった。
「やあ!」
「あれえ? 感じちゃった?」
「や・・んっ、約束がちが・・ああん!」
 極めて硬いスポンジのような重たい弾力に、手の付け根の肉がぐいぐいと圧迫される。
脈打つ血液ごと先端に寄せ集めるつもりでリズミカルに擦りたてる。
「ふ・・やだ、それ以上しないで、・・っ、ぁ、い、いくらエドでも怒るよ!」
「怒ったってやめねえよ」
「・・ひどい・・!」
 本気で傷ついたような抗議の声も、しごきあげるにつれて弱くなっていった。困惑が溶けた反抗的な息遣いがウィンリィの内情を表している。怒りのやり場がない、あるいはどう噴出させたら良いのか分からない。本気で抵抗すればおそらくエド子を力でねじふせることもできる。でもそうはしたくない。"女性"はそんなことをしないからだ。
「うう・・なんで、こんなこと・・」
「さあ。なんでかな」
 ずるるっと丸い先端の付け根まで手を滑らせて、合わせ目を慎重に引き下げると、エド子は顔を寄せてそこに唇を近づけていった。
「え・・ちょっと! ひ、やああっ!」
 ウィンリィは足をばたつかせる、が、蹴れずに宙をかくだけでは、歯止めにもならない。
舌でくすぐるようにまず舐めた。それから横ざまに舌全体を巻きつける。ねろねろとうごめかしながら、片手を貪欲に上下させ続ける。
「あっ、ああ、やだ、出ちゃうよ、エド、やだっ! やめてえ!」
 ふっと息をふきかけて、エド子は低く笑った。
「見てみたいなあ・・出ちゃったウィンリィが」
「やあ! なかで、なかでしたいよ、入れたいよっ!」
 泣き声で懇願されて、さしものエド子も心が揺れる。入れたいのは自分もおなじこと。
かわいく乱れるウィンリィに長い事煽られっぱなしで、意識しなくとも太ももを擦り合わせてしまう。
「も、ほんとに、触んないって約束でしょ、ねえ、エド!」
 頭をあげて、エド子は聞いた。
「なんでだよ」
「なんで・・って、駄目なものは駄目なの」
「・・だからなんで」
 気の短いエド子はそれだけでいらいらしてしまう。
「前から聞きたかったんだけど。どうして触ったら駄目なんだ」
 恐縮しながら、ウィンリィも負けじと言う。
「・・あ、あたし、知ってるんだよ。エド、本当はこんなことしたくないんでしょう」
 見抜かれていた。わずかに動揺したのを闇を透かして見通したのか、ウィンリィはなおも言い募る。
「いいのよ。しょうがないわよね、身体が受け付けないっていうの? そういうの、やっぱりあると思うし、努力でどうにかなることじゃないし・・」
「あのな」
 エド子は心底嫌そうに頭をかいた。なんでこいつはこうなんだろう。『そうだよ』とでも言ってやれば満足なんだろうか。さすがにそれは良心がとがめ、かわりにエド子はウィンリィの手を取った。
「嫌でこんなになるかっつーの」
「あ・・」
 握らせた胸の先端は痛いほどに凝っていた。続けて足の付け根にも持っていく。
「す・・ご、びしょびしょ」
「・・言うな」
「やだ。照れてるの?」
 むっつり黙るエド子に、すっかり機嫌を直した、どころか良くしたウィンリィが抱きつく。
「かわいい」
「かわいい言うな!」
 狂った調子を元に戻そうと、エド子は膝立ちでウィンリィの肩を押し、一緒に倒れ込む。
あまり大きくない乳房が重力を受けてきれいな半円を描く。
「やっぱお前なんて男じゃねえよ。すぐ泣くし怒るしいじけるし」
「わ、悪かったわね! エドなんてまるで男の子みたいじゃないの」
「そう。どーやらお前はその方が嬉しいみたいだからな」
「え」
 告白同然の物言いの、どうしようもないむずがゆさに顔をしかめながら、エド子はウィンリィの腹部に腰を下ろして、足方向に身体をグラインドしながら互いの性器の先端を導き、触れさせた。
「え、エド、それってっ――あ、う、ああっ!」
 腰を落とすにつれて、ウィンリィはオクターヴ跳ね上がった声を出していった。最後まで飲み込んで、うっとりとウィンリィの胸に頭を乗せ、頬をこすりつける。
「あぁん・・すごい・・いっぱい絡み付いてくる・・」
 両手をつっぱらかせて上体を立たせ、エド子は腰の律動を開始した。ゆっくりと丘全体を擦り合わせるように前後に動いていく。
「ひゃあっ! いいっ、とろけちゃうっ!」
 夜目がききはじめた。うっすらとウィンリィが見える。可愛いと改めて思う。子供のように丸いやわらかそうな頬、くりっとした縦長の大きな目。
 甘ったるい声と身体の感覚に酔いながら、ひたむきに腹と腰をくねらせる。たっぷたっぷと小刻みに上下させ、あるいは腰を円状に回し、したたる体液で相手の袋まで汚してしまいながら、容赦なく攻めたてた。
「ああ、あっ! あああっ、ぐちゃぐちゃになっちゃうぅ!」
 神経が密集した小さな突起が同時になすられる体勢だったから、エド子は倍速で高揚しいった。快感も等倍で、ともすると身体がぶれて洪水状態の自分から細身のウィンリィが抜け落ちそうになる。それを支え続け、動き続けるのは、気持ちの良い拷問のような耐えがたさだった。
「あっ、こっ、われちゃ、壊れちゃう! ああっ! いいよぉ!」
「ウィンリィも"いい"よ」
 激しく動きながら、舌をかまないようにそれだけ言って、エド子は発熱のあまりじっとりと汗ばんだ額を拭う。おのれの指先がいやに冷たく感じられて、今更ながら自分の体温を自覚する。
「ああん! ああっ、すごい、きもちい、くるし、ああっ! あぁ!」
 エド子のペースを読んだウィンリィが少しずつ自分でも腰を揺らし始める。それにつれてひときわ強く心臓が鳴り、また少し体温が上がったかのようだった。つるりと抜けるぎりぎりまで腰を浮かせ、子宮口を圧迫するほど深く貫き、左右にツイストをかけながらしぼりあげ、肉壁をすり潰すほど強くこすりつけて、でも次第にそういった技巧など忘れるくらいテンションがあがってしまい、ひたすら単純な捻りの一動作を繰り返した。
「ああっ、へん、へんになっちゃ、ぅああぁっ!」
 のけぞった白い喉の不自然な膨らみを意味もなく見つめつつ、もう何十度めか分からない動作で腰を落とす。そのたびに強烈に突き上げられて、エド子は眠気と興奮がいっぺんにやってきたような甘い感覚を身体の奥深くに覚える。
「も、だめかも、あっ、エドは、いける?」
「・・っもうちょっとかかる」
「ん、わかった・・あぁっ、がんばる・・」
「・・無理、すんなよ」
 二回目でイかせてくれりゃいいし、とは言えなかった。内包する甘ったるい空気が気恥ずかしくてたまらなかったからだ。
 溶けきった胎内を硬く膨れた棒がうがつ。狂ったように抜き差しを繰り返しながら、これだけめちゃくちゃにやると明日腫れるんだろうな、とぼんやり思う。それでも止まらない。
 満杯になったコップのように、いつ表面張力が決壊して水がこぼれてもおかしくないウィンリィは不自然に肩やふとももを強張らせて、シーツをつかんでいる。声まで一緒に押し殺してるから、よほど辛いのだと見える。
「いいよ、ウィンリィ。駄目なら、いいよ」
「や、一緒がいい、一緒じゃないとやなのっ!」
「・・意地っぱり」
 苦笑するエド子にも、もうそれほど余力が残っていなかった。
「・・はっ、そろそろ、いけそ」
「あんんっ! いっちゃ、からね、いくねっ! い――ふ、ああぁっ!」
 ウィンリィの熱がそのままエド子にも引火した。腰からとろけていきながら、なんとか引き抜いて隣に転げる。いきなり外気にさらされたウィンリィの分身から白い体液が等間隔に吹きこぼれて、とっさにあてがったシーツにべたりと水溜りを作る。
 焼けた肺ではあはあと息をしながら、どちらからともなく手を、握った。


終わり






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