焔
>231氏
「大佐?」
大佐は渾身の力を込めて、ようやく片目を薄く開いた。うすらぼうっとする視界に光が強烈に差し、数度しばたたかせる。午後の陽光が手痛い刺激になって、自分の名を呼ぶ男の姿がただの黒い影にしか見えない。
「大佐」
「・・少尉?」
ようやく誰なのか見当をつけて、亡者のように腕を伸ばし、年若の部下の肩に絡みつく。
彼は慌てた。大佐は脱いだ上着をベッドの縁に引っ掛けている。のは良いのだが、ズボンも靴下も一緒くたに脱いでいるのはどうなのか。仮にもここは軍の宿舎で、しかもドアには鍵が掛かっていなかった。空いた部屋に潜り込んで、サボっていたらしかった。よくある事だ。
だからこれは不可抗力だと自分に言い訳して、ほこりっぽい毛布をひっちゃぶる。ネイビーの下着一枚の白い腿がするりと現れて、つま先が泳魚のように悩ましくくねった。
「大佐、内線が。技術総務からだそうですが」
「技術・・? どこだそれは・・中尉はどうした」
「今日は外回りですよ」
大佐は奈落行きを宣告されたとでも言いたげに、するどく息を呑んだ。忘れていたらしい。これも
いつもの事だ。この人は15分先の自分のスケジュールも把握していない。生真面目な中尉に甘えて
頼り切っている。
「・・そうだった。出よう」
悲劇っぽく頭を振り、ハボックを支えにずるずると立ち上がる。どさくさにまぎれてだいぶふくよかな
胸を背で味わってしまったが、この人の事だから咎めてもたしなめても一向に気にしないんだろう。
「眠そう」
「眠い」
その声には生気がない。不機嫌を通り越していた。
夢遊病の手付きで大佐が受話器を取る。交換手にも同じ事をからかわれながら、気の遠くなるような時間を辛抱して待つ。30秒が1刻にも思えてきたころ、ようやく陰気そうな男が出た。これの説明をてのひらに爪立てながら聞く。長かった。まわりくどかった。
やる気なくああ、とか、はあ、とか相槌を打っている間、なにげなく部下の方を振り返ってみれば、勝手に人の読み差しの本を取り上げてページを繰っているではないか。付箋を外したら承知しないぞと思っていたら、聞き逃した分の説明をもう一度繰り返させるはめになった。
ぺら、とページが捲れる。いい手をしているなあといつも思う。ぼうっと見つめていたら、少尉がこちらの視線に気づいて束の間目と目がかち合った。先にそらしたのは、自分だった。
ようやく要点を掴んで、二言三言指示を下すと、通話はあっけなく切れた。
もはや取っ手が地獄のように重い。ごとりと落とし、そのまま崩れて寝こけかける。
「たーいーさー・・」
仕様のない人だと半ば諦め気味につぶやく声がする。ああ、いい。安心する声だ。
「中尉が戻ったら怒りますよ」
「バレなきゃいいんだ」
「あーあ、知りませんよ、もう」
何か言い返したかったが、それすらも億劫だった。かわりにしゃがみ込んだ男へしなだれかかる。
その肌を、ペンキに手形を残す要領で、無遠慮に触れ回った。忠実な部下は無言の『運べ』という指令を理解し、
「ほら。手ーこっちに」
なるべく無難な場所を掴んで、大佐の身体を担ぎ上げる。膝の裏に手を回し、背脇を抱えた。
呆れも手伝ってか、横たえる作業はいささか礼を失した。
大佐はすうっと大きな吐息ひとつ上げ、わずか数秒で眠りに落ちていった。
「うらやましい事で」
これさえもすでに聞こえていないのだと思うと、あまり良くない性質の衝動がわいた。横目でちらと確認した先に、彼女にしては丁寧に折りたたんである軍服があり、そのポケットから意匠の入った手袋の指先がぴんとはみ出ている。
彼女の絡んだ腕がずるっと重力に従い流れていく、かと思うと、そこでつっと戸惑ったような力がこもる。
「ん――んん?」
ゆるく曲がった膝を割り、下着の二枚布の部分に指をすべらせようとしたら、足を反射的に閉じられた。太ももに挟まれて抜けも行けもしない手首を持て余し、思ったことは、これはこれで役得だ、という下世話なものだった。
「起きてたんスか」
「何を」
「いえね。俺も共犯に」
反論は、一応形になった。
「お前まだ仕事が、」
「今でなくとも」
「眠いと言った!」
「誰も最後までするなんて言ってませんよ」
胡乱に視線を走らすと、嫌がる様を楽しむような男の顔につきあたった。こういうところは、少し癇に触る。うろたえさせられるのは嫌いなのだ。挟んだ男の手が巧妙に動き回っていて大人しく足を開きたい衝動に駆られる。なし崩しに声を引きずり出されそうになって、苛立ちが頂点に達した。
大佐は平常心を念じながら、ハボックの襟ぐりを引っつかみ、自分の喉元へ寄せた。
「生殺しにしてやる」
それを聞いてハボックは小さく吹き出した。しくじったと、自分でも思う。色気を乗せるつもりが、笑んだ幽霊のような、要らぬ凄味が出てしまった。吹き荒れる嵐のように後悔しながら、ムカムカする胃を抑えてぷいっと横を向く。
「あいかわらずの自信で」
「どっちがだ。今日は気が乗らない」
「構いませんよ、触るの好きなんで」
「私は嫌いだ」
「・・へえ」
人の話を聞いているのかいないのか、いつの間にかすり抜けた硬い手が、布を割ってじかに触れた。すりっと外周を丹念に這い回る。自分が何かをこらえるように眉をそびやかしている事には、山のようなプライドが気づかせない。寝つこうときつく閉じたまぶたがどうあっても反応する。
「嫌ですか、そうですか」
ハボックは楽しげにつぶやいた。少なくとも、そう見せかけたつもりだった。青白い女の手足は、雪女のように体温を感じさせない。勝手知ったる手付きで顔色を意地悪く見つめ続けながら、薄くとろみを帯びたひだを摩擦し、突起に加圧する。技巧を壺から外そうと弓なりになる腰に、いちいち手先がぶれた。
ず、ず、と少しずつシーツごと上に逃げていた頭が、長身が災いしていくらもいかないうちにこつ、とベッドの縁に突き当たった。行き場を無くした『逃げたい』という意志表示が、ぎゅっと握った拳に取って代わる。どう見ても、リラックスして眠りにつくところ、という様子ではなかった。
やがてハボックは、指輪を通すように神妙に中指の先端を埋め込んでいった。
「――っ」
大佐は驚きとともに、抵抗もせず嬉しげに指を飲み込んでいく自分の身体を知る。それどころか、わざともたつかせたんだろう、乱雑にひねった指に、くちっと耳を覆いたくなるような音さえした。
這入る感覚に、少し遅れて呼気の乱れがついてくる。
目を開けて一番に見えた何か言いたそうな男に、苦りきったような顔をしてみせながら、結局大佐はふっと力を抜いた。抜いたらさあっと快い波に飲まれて、何もかもがどうでも良くなってくる。そして完全に流された。
過敏になってひくつくひだで、どろりと盛大な体液が溢れたのを感じ取る。きっと今指が抜かれたら、雫が一筋したたるに違いない。下着が足首まで一気に引き下ろされていく。
ついでに顎を少し上向かせ、せいぜい大げさな声でもあげて煽ってやろうかと頭の芯に息を通す。
優位に立たれっぱなしなのは気に食わない。特に今日は、余裕も体裁も吹っ飛んで早く突っ込みたがるくらいにしてやらないと腹が立って、もう、眠るどころの話じゃなかった。
「――ぅん・・っ」
ハボックは、そういえば、とこの部屋と宿舎の見取り図を頭の中に思い起こして、両隣に人が居たかどうか分からない事に気づく。壁は薄い。ここは基本が男所帯だから、女の声はよく通るだろう。
バレて中尉に報告でも行こうものなら、どんな目に遭うやら分からない。
しぃっと、彼女の唇に人差し指を当ててやったら、信じられない事にかぷっと呑まれた。頬の内側にしっとりと張り付かせられて、不覚にも心臓を掴まされた。このまま指の間も舐め取ってくれないものかと思いながら、もう一本含ませる。もごもごと動かす舌から、くぐもった声が零れ出るのがなんとも言えず淫蕩で、誰かに聞かれるかもしれないスリルも悪くない気がしてくるからおかしい。
「ふあぁん、ん・・」
大佐が頬に刺さる短い髪をさらっと耳の後ろにかきあげたのにふらりと誘われて、ぺったりと寝た耳朶に噛みつく。白い紗を一枚重ねて赤い貝をくるんだように、血色が淡く透ける。舌に乗せたらほんのりと人肌の温かさが染みた。
大佐がハボックの手首に手を添えてくる。ぐいっと捻り込むようにしてハボックの指を深く深く突き刺したかと思うと、切なげに長い吐息を漏らした。濡れた真っ赤な口元を惚けたように緩く開いて、うつむいて睫毛を伏せ、決してこちらと目を合わせない。
すりすりと控えめに腹部側の内壁を揉んだだけで、見るからに不随意に身体が跳ねた。
「あうぅ・・あ・・ああん・・」
手首を引っ張られるのに逆らわず、一思いに引き抜く。
「あああっ!」
乱暴すぎて、ずるっとやわな肉片がめくれてついてきたかと思った。が、続けて容赦なく突いてほしいと他でもない彼女の腕にせっつかれ、ぐぷりと強いストロークで埋めたら、嬉しくて嬉しくてしょうがない、といったように大佐の目が細まり喉が鳴った。ねだるように自分の腕を押さえつけ、押し、引く。
「あっあぁ・・! ひぁ・・っ」
いささかも緩めずに抜いて入れてを繰り返されて、満足げに彼女は手のひらを投げ出した。本物には及ばないが、充分これで情欲を満たせそうだった。――このまま高みから落ちて、さっさと寝付いてやろうと思っていた。力強い腕の、確かな安定に基づいた抽送が指数関数的に快楽を増幅していく。
「ぁはあぁ・・あぁああ・・あああっ!」
獣のように意味のない声で喘ぎ散らしていたら、ふっと突飛な方向へ繋がった思考回路が、そのまま口から垂れ流れた。
「――お前は手がいいな・・」
ハボックの、薄皮一枚被せたように鈍くなった頭の働きが少し覚醒する。
「え?」
「この腕が・・いい――っ」
ハボックは悪からぬ気分で、皮肉げに笑った。
「嫌いなんじゃなかったんスか? 触られるのが」
それはどう聞いても大人気ない挙げ足取りだった。だから大佐は悔し紛れに、何も考えず即答した。
「あくぁ・・大嫌い、だ」
「は」
唐突に笑みに余裕がなくなり、ひくっとハボックの口元が引き攣れる。が、瞬きひとつする間にすぐ笑顔を取り戻し、前以上に愉悦そのものの口調で答えた。
「意味分かんないんスけど」
余った指で鋭く赤く膨れた小突起を潰してやると、笛のような悲鳴があがった。一瞬で冷めたように顔色を変えたところを見ると、苦痛に違いなかった。もう一押しして苛めてやりたい気分と、しかし彼女の苦痛に共鳴してわが身のどこやらが小針を埋め込まれたように痛むのとのはざまで、しばらく複雑に心が揺れた。
「・・ぃた・・なにを」
「そろそろいいスか」
威嚇するように上体をすぐ近くまで寄せて、口調だけはやんわりと言う。
「嫌だ」
「もういいですよね」
「嫌」
「こんななってますよ?」
「――!」
勢いつけて抜いた指を、よくよく見えるように眼前でひらめかせる。てらてらに光る、ふやけてかすかに皺がよった指先から、つっと光る筋が流れた。
「・・手が、いいって?」
そう言ったハボックの声は、いつものように緊張感もやる気もない気楽なものを装っていた。
「そうだ」
「触られるの嫌だって?」
「ああ」
訳もなく気まずいものを覚えながら、大佐は歯切れ悪く答えた。
「・・腕なら、いいって?」
――腕だけあればいいって? なんとも言えない感情とともに、かろうじて最後の言葉は飲み込んだ。
自分でも分かっていた。単なる言いがかりだと。
「っはは、さっすが」
「・・痛っ!」
自重で容赦なく大佐の身体を抑え込んでから、ほとんど引き裂くように手早く自分の服をといて、ほんの少し萎えかかったそれを、とうとう脱がす機会を逸したYシャツの上から強引に大佐のこんもりと盛り上がった胸へなすりつけ、立ち上げる。服が擦れて痛いだけだったがどうにか質量を取り戻し、液が滲みて白い服にぽつと目立つ汚れを残したのに、なぜだか少し気分が慰められた。
「最低ですね、あんた」
険しく光る女の目の端に浮いた雫をふき取ってやる。
「・・っ無理やりのしかかった男に言えたセリフか」
「ははは、そうっスね」
「嫌いだ」
「一回言えば分かるんですけど?」
「その笑い方がきら――ッあ、い・・!」
言葉尻は侵入の衝撃でかき消してやった。何度体験しても慣れない、分身をざりざりとこすり切られるような、圧倒的な感触に言葉も出なくなる瞬間だった。新たに潜らせた異物でどろどろの体液を吸い、押し込みで体積分溢れさせ、ねっとり絡みつく肉からほんの少し水分を奪い取り硬くこわばらせる。改めてぬるりと滑るようになるまで、足に力を込めて待ち、耐えた。
「っ! ひぁああっ!」
「声大きいですよ」
にやにやとひときわ上機嫌そうに言うハボックに、大佐もえづくように喘ぎ狂いながら、売り言葉に買い言葉式で強がりを返す。
「あぁっくぅぁあぁ・・ん、大きくして、やってる、ん、だ――あ、ああぁ・・ッ」
「それはそれは」
「あぅ、んふぁあぁ・・あっあああ!」
「・・演技賞ものですね」
ハボックはぎちぎちと結合部を詰めて追いたてた。もとより優しく温くする気など毛頭なかった
のだが、自分で動かしてるくせにすぐにでも制御しきれず出したくなるようなスピードで擦りあげる。
「あぁっ! ぅああ! あああ――ああッ! っぃひいぃ!」
いくらもしないうちに大佐が足りない酸素を求めて吸い続け、大きな胸を大きく満たした肺で膨らませ、ゆたゆたと揺らすのとは違う周期で激しく上下させはじめた。釦を取ってやろうかとも思ったが、あいにくと揺り動かして甘苦い快楽を貪りながらでは、その振動に合わせて動く身体に指先を集中させるのは骨が折れる。
「いいぃ! ひい、い、くうぅっ!」
がくんと弓なりに仰け反ったその身体が――きゅううぅっ、と手酷くハボックを引きちぎる勢いで胎内の収縮を開始させた。白液を根こそぎ搾り取って持っていくようで、えぐいくらいの胎動だった。ダイレクトに脳髄へと麻薬を流し込まれたような強烈な波に足をすくわれる。
「――あああああっ!」
悲鳴を上げて、この時ばかりはハボックの背に手を回し、飢えたようにさかんに人肌に顔をうずめたがった。期待に応えて頭を抱え込んでやると、びくんびくんと不規則に全身が激しく震えているのが振動になって伝わってくる。
無駄に分厚い乳房の肉が行き場を失くしてぐにっと潰れるのすら気持ち良くて、大佐は筋骨逞しい部下の身体に狂ったように頭をぐりぐりと擦りつけた。息も出来ないほどの甘くて痺れて全思考が停止する官能の激流にほとんど溺れて窒息しかかったころ、ようやく長い火花が散って、落ちた。
骨を抜き取ったようにずるずるくたりと力を失う大佐の髪に鼻先を押しつけ、篭る甘い香りを楽しみつつ、ひたすらじっとハボックは耐えていた。まだ入れて数分もしていないのに、もっていかれてはたまらないと思っていたからだ。絶頂寸前まで追いたてられて、とうてい大人しく収まりきれず暴れたがる肉棒をなんとかなだめすかして冷まさせようと、ゆるりゆるりと子供だましに蠢かす。
頭痛さえする虚脱感を漂いながら、彼の方がまだ凶悪なほど身体を硬直させたままなのに気づくと、しびれて白く溶けた身体感覚の中でどうやって身を引き剥がそうか考えていた。達したばかりの身体では重たくて動く気になどならず、かといってこのままでいればとち狂ったハボックが、たとえ気絶した自分であろうと死体であろうと委細構わず突いてくるに違いなく、もしそうなれば身体の感覚が戻っていくにつれてまた徐々に火を点けられ――
したいと、思った。あれを。もう一度。もう、一度。
叫びすぎてすこし乾いた喉をこくんと鳴らし、この期に及んでまだ着ているハボックの青ざめた軍服の胸に頬を押し付けたまま、肘で上体をゆるやかに起こして、いやらしい意志をたっぷり込めて腰をうねらせた。ハボックがうろたえる様は、顔を見なくても分かるほどはっきりと、身体ごしに伝わってきた。
仄暗い妖しい方向に感情の針が触れるのを自分でも感じながら、それでも沸き起こる笑みは止めようもなかった。連結部分をぐちゅりと揺らし、つっかえながら奥までとっぷり飲み込む。
予期せぬ動きに男の息が、ふ、と乱れて吐き出されるのを確かに聞いた。
気持ち良くなってる手ごたえを掴むと、大佐は遠慮も容赦もなく腰をひねり、ぶつけた。数度、ありったけの熱情で繰り返しただけで、ハボックは力任せに大佐の動きを封じ、ベッドに押し付けてきた。
「動かないで・・くださっ」
「辛そうだな、少尉?」
「・・先にイったのはどちら様でしたっけ」
「あー、誰かがじっくりねっとりがっつり弄ってくれたからなあ。おかげで――」
さっきと完全に優劣が逆転してるのを確信して、ふ、ふふ、と含んだ笑いがほころんで咲く。
がっちり固定された手から隙をついてほんの少しだけ動かすと、とうとうぎりっと歯が鳴るのまで聞こえた。
今度こそ、一語一語、噛んで含めるように妖艶な調子で囁いた。
「おかげですっかり火がついた」
もたらされる快楽に陶酔しきった時しか出せない声だった。語尾が粘りついて後を引き、消えていく。
「我慢する事はないんだぞ?」
小馬鹿にしたように、淫らな動きの人さし指でくいくいと招く。仕返しができて気分が良いことこのうえない。屈辱そうな部下の顔が楽しい。だがそれ以上に、相手の気の昂りに引かれ引きずられてなし崩しに自分もまた高揚していくのが最高に気持ちいい。
「出させてやろうと言うんだ、ありがたく思いたまえよ」
高慢な台詞をうっとりと叩き付けると、針ねずみのような金髪を逆立てたのかと錯覚するほど苛立って焦げ付く目線で射抜かれた。悔しかろう、と大佐は思う。何様のつもりかと聞かれれば、こう答えるより他はない。
次期大総統様だと。
「いい面構えだ、ハボック少尉」
精悍に引き立つ目鼻を今回ばかりは燃え立たせている。情欲にまみれて思うように飛べない猛禽のような、力でねじ伏せ征服し犯したい衝動を加速度的に増していく男の顔が、煽っている自分自身の身体に震えるほどの歓喜を呼び覚ます。
「あっ!」
身体ごと大きく沈み込むと、唐突にハボックは腰を使った。けして身動きできないよう押さえつけた大佐の身体はそのままに、一度弧を描くよう回して止める。自分と同じくらい、いいやそれ以上に沸騰した目で見つめ返してくる女の口元は何かを隠すように手の甲で覆われている。
容赦なく抑え込んだ熱い柔らかい身体が加重で潰れそうだった。遮蔽したてのひらの下の彼女の乱れ切ってざらついた吐息をまともに肩に浴びてうっすらと周辺が湿り気を帯びる。
「ああぁ・・あ、ああ!」
突くというより叩き付ける動作でぬぐっ! ぬぐっ! と強烈な慣性を潜り抜け、そのたびに水飴のような快楽が美味しそうな糸を引く。甘い。甘すぎて喉がひりつくように痛む。煙草が欲しいと強く思った。でもまさか、灰と火の粉を他人の上に振り散らすわけにはいかない。
「あ、ああぁっ! ふあああ! あああっあっ――ああうぅ! ひきぃ・・っ!」
「・・ほんっとスキモノですね」
ペースを落とし、息を矯めて落ち着いた声を出そうと苦労しながら、ハボックはあざけった。
「さっきよりヨがってるじゃないスか」
「・・っ悪いか」
「いいえ?」
押さえつけてなお淫猥な、くぐもった声で大佐がやり返す。強酸のようになにもかもを巻き込み溶かし浸透する気持ち良さが絶えずまともな思考をおびやかす。今更体裁など気にしても仕方ない、と開き直って本能に諾々と従う道を選ぶ。
「あぁ・・好きだ、とも・・っふああ! あんっ、あああ・・」
寂しい唇に押し当てていた、楕円にてらりと光る甲を、二人の身体のすき間に割り込ませ、その手で自分の胸をひっつかむ。
「・・淫乱」
どこまで人を駆り立てれば気が済むのかと暗い衝撃を受けながらハボックは思う。いやらしい艶かしい、男には真似できないくねりと柔らかいタッチでシャツの下の肉を揉みしだき、指の間からはみ出させ、視覚でハボックを挑発する。
ハボックはぐじゅっと一際大きな音を立てて繋がる角度を変えた。密着していた身体を起こすと、大佐のその手ごと破裂しそうな乳房をたぷんと弾ませて、覆った。
白いシーツ、白い服、白い手足のわずかな色味の違いから視界全体に小さな狂いが生じ、すべてが薄青みがかったフィルターの内側のように見えてくる。開かせた足のはしたなく熟しきった色が、ひときわ鮮烈に目を引いた。
探る間に下着を喉へと押しやって、シャツに透過する血色をつまはじき、撫で、ぎりっと潰す。ひっきりなしに引き攣れ甘ったるく霞む声から、ああ、と、心から喜び畏れるような色を抽出して、背筋が震える。
「は・・っハボック・・あぁ・・ハボック」
「・・やめてくださいよ」
「ああっ! ん・・いいだろ・・う、あ、ああっ・・」
「駄目です」
「ふ・・楽し・・呼ぶのが、好み、なんっ・・」
「そうスか」
「あぁあふッ! 盛り上がらん、奴、め――っ!?」
ハボックは大佐のしどけなく開いた口を完全に覆い隠した。てのひらに歯が当たり、薄く切れた。
弾む息と柔らかく滑る舌を味わいながら、過剰に柔和ぶって笑う。
「却って冷めんですけど」
目の端まで伸びた指のすき間から、ほとんど取り憑かれたような光を湛えた切れ長の両の目がこちらをじっと見つめてくる。痛いくらいの色欲で忘我になった表情からも分かる、この人は、こうされるのを喜んでいるのだと。もう楽になれれば何でもいい。名前一つ呼んでやったくらいで気持ち良くしてもらえるならいくらでも呼ぶ、叫ぶ、すがる。浅ましい、だがこのうえなく――扇情的だ。
「大佐、まだイきたくない?」
犯し手の優越と傲慢をはっきりと響かせながら、部下が囁く。ああ、好みだ。それだけで身体が反応する。見た目よりずっと強靭な背、肩、腰。めちゃくちゃにされたい、壊されたい。
自由を奪われた顎と頭を懸命に縦に振ると、ハボックは笑った。
「そ。じゃあイかせてあげますね」
おしまい