恋愛遊戯
>102氏

 いくらなんでもまずいだろう。
 ハボックは凝りかけのムスコをなんとかして鎮めようと躍起になっていた。
 今、自分の膝には、はねっかえりの鋼の娘がちょこんと鎮座している。小さい時に金髪だった子でも、この時期になるとそろそろ落ち着いてきて茶の色に変わってくるものだが、この子も自分に似て色素沈着しないようだ。
 飢えている事は認める。彼女も欲しいが忙しい。鬼畜な上司は美人で、つれない。
 だからといって、他意のなさそうな相手にこれはどうか。
「えー、お嬢ちゃん、そろそろ退いてほしいんスけどね?」
「ヤダ」
 あひるみたいにとがらせた唇がつやっぽく見えて、ますます困る。
「この部屋クッションとかねーじゃん」
「俺は座布団ですか」
 せめてモノが当たらないよう、そしらぬふりで身をよじった。
 今、この凶悪にぴちっと張ってる、蒸れそうな素材のズボンの太ももとか、太ももとか、太ももとかに押し付けてしまっては、さすがに色々と無理だ。
「痛いんだってば」
 アレがさ。とは言えず。
「君のね、おシリの骨がつきささってくるんですよ。お兄さんの足に」
 そう。骨のごつごつまで分かるくらい密着してる。薄い肉付きの稜線、重み、まるごとすべてのしかかってくる。
「だあれが鳥ガラだっ!」
「と・・」
 吹き出してしまったから、始末に終えない。
「決めた、もうぜってぇ退かねー」
 ここは自室。今朝食べた食器がそのままテーブルに残っていたり、うっかり取り落とした煙草の焦げが床に散見していたりもするが、可燃物とほこりと吸殻には一応まめに気を配っているから、彼女なしの独身男のわりには、まあ綺麗にしている方だ。
 しかもここはベッドの上で。これがあの、キツネ目の女上司だったら、迷いなくためらいなく即座にチューして『やっ』とか言わせて脱ぐもの脱がさずまさぐり倒して――あの人だったら、膝に座らせても抱き心地がいいだろう。その代わり、こんなに軽くはないだろうけど。
「でもまあ、そこがまた良かったりもしてな。お人形さんっぽくて」
「・・人形ねえ。人形。ふうん」
 エド子が照れたように繰り返すものだから。
 可愛いと、思ってしまった。いかん。まずい。
「なぁ、ウマいの? それ」
 人の気も知らず、そう言って灰皿から取り上げたのは、吸い差しの煙草。点けた直後にのしかかられたもんだから、ろくに吸えもしないまま、じりじりと中ほどまでが灰化して連なった。
「ウマいっつーか、好きなやつは好きかな」
 何を思ったのか、エド子はぱくっと吸い口に食いついて――
 むせた。
「うえぇ、まっずー・・」
「なにやってんスか・・」
「・・落ち着かねえんだよ」
 ぼそぼそと、エド子が呟く。その声はどきっとするほどしゃがれてて。
「なあアンタ、なんも感じないわけ」
「感じるって、何言って・・」
 最大級の危機感を覚えた。茶化そうとしても、黙殺された。
「こんだけされてて」首に腕を絡めて、「押し倒そうとか思わねーのかよ」
 計算づくなんだろう、衝動的に塞ぎたいと思った口は、すぐ目の前にあった。
 薄い唇を甘噛みしながら、最初に考えたのはゴムの場所だった。確かデスクの中と、財布と、枕の下にも、封を切ったまま使ってないのが一つあるが、開けてからだいぶ経つ。
 エド子の顎を引いて口をあけさせ、軽く舌を差し挟んでみる。彼女の舌は驚いたように奥に引っ込んでいて、届かない。歯を舐めて、内側の粘膜を舐めて、べろの先だけちろ、ちろとつつく。ゆっくり時間をかけて舐め取ったら、やがておずおずと舌が出てきた。
 待ってましたとばかりに吸い、頭を引き寄せ、硬い三つ編みをもどかしく解く。ぱらりとほどける瞬間、かすかに甘い匂いがした。
 熱っぽい口元から鉄の意志でようやく離れて、あらためてエド子を眺める。
「こうして見ると、ちゃあんと女の子に見えるから不思議だな」
「・・どーいう意味だよ」
「かわいい」
 目を丸くするそのまぶたにちゅっとやって、上着を剥ぎ取った。まるっきり平らというわけでもなく、あえかに胸が膨らんでいる。ブラがないのが、脱がす身としてはちょっと寂しかった。腕も手首も、指を回して余りあるくらい細い。胸囲だって豊かじゃないが、ウエストはそれ以上にくびれていて、下手したら折れそう。
「・・あんま見てんなよ」
「すまん、いやなんか、お前こんなに色っぽかったっけ、とか」
「ばっ・・るせえ」
「おーおー、真っ赤になっちゃって」
 ああ、この反応。どこぞの時期大総統では望むべくもない。せいぜい不敵に笑うか、もしかするとしれっと当たり前だと言い切るかもしれない。
 そっと揉むと、柔らかい中にこりっとした芯のようなものがあって、未成熟、ということを改めて思い知らされる。触られるのはそれなりに心地良いようで、少しずつエド子の体から硬さが抜けていく。
「なあ、エド、お前って、初めてだったりするか?」
「・・少尉は?」
「俺はまあ、この年だし」
「大佐と寝てたりすんの? ・・つっ」
 動揺した拍子にへんな風に掴んだ。
「ふうん。やっぱそうか。へえー」
「どっからそんな事を」
「見てりゃ分かるし。・・ずっと見てたし」
 性急にシーツの上に引き倒して、ひかえめな突起をまるごと口に含む。同時に手は腰回りへ。
「ん・・少尉?」
 舌で激しく転がしながら、なに、と返したら、間抜けな声が出た。
「その・・んんっ」
 やたら頑丈なベルトは、外すのを諦めた。自分で脱いでもらおう。
「・・好きなんだ、少尉が」
 なんとも答えられなかったが、嬉しかった。股間のモノなど現金なもんで、もう窮屈で堪らない。
 それでも、手を離さずにはいられなかった。
 きちんと座りなおして向き合う自分を、エド子は不審そうに見上げる。
「エド・・あのさ、こんな状況で、すげぇ都合いい事言うけど」
「じゃあ言うな」
「いや、言う。俺は、大佐が」
 途中で口を塞がれた。軽く触れ合わせただけだったが、さっきのキスなどよりはるかに来た。
「聞きたくない。ね、いいでしょ、少尉」
「・・でも」
「〜ああもう!」
 エド子は髪をかきあげて、いまにも殴りかかりそうな勢いで指をつきつけた。
「ごちゃごちゃうるせえ! ヤるのかヤらねえのか、どっちなんだよ!」
 そしてとどめの一言を放つ。
「オレ、初めてはあんたがいい」
 もう一度容赦なく口づけながら、ふと、お互い呼吸のタイミングがひどく似ている――息が弾みきってるなと、妙な事を思った。
 なんでだろう、どこか安心する。

「・・触っていいか?」
 下着一枚押し上げて膨らむソレを、興味深々といったようにエド子が覗きこむ。
「構いませんがね、あんまいじくって楽しいものでも」
 無造作に最後の一枚を脱がせて、そろそろと指先で撫でてきた。
「なんかちょっと、動いてる・・うわあ、すっげぇ」
「本当に初めてなんだな」
「めんどくせえとか思う?」
「まさか」
 技巧も何もまるで知らないからだろう、たどたどしい指の動きに矢も盾もたまらず、エド子の掌ごと包み込んで、握る。
「こう」
 加圧と上下の動きを教えたら、あとは独りでに学んでいった。健気な動作でこする、さする。
 片手でシェイクしながら、もう片方で先端のくぼみを弄り、膨れた根元をくすぐり、皮の境目をなぞらえる。
 その間自分は、開いた足の間に納まった、彼女の胸と言わず背と言わず腰と言わず、あちこちをねちっこくさすり倒していた。
 この曲線。触れば触るほど細い、鋭い。こんなちっさいのに――というと彼女は火を噴いて怒るが――
これからここに、突っ込むわけだ。想像するだけで恐ろしい。だからって、泣いても縋られても今更ここで止める気もない自分が、割と好きだ。
 知らず、エド子が擦る緩急に引きずられて、同じリズムでなでていた。下手もいいとこの愛撫だったが、それがかえって魅惑だった。慣れた手付きでは味気ない。こんなに一生懸命にされて、満足しないわけがない。
「エド、もうその辺で」
「ん、もうちょっと」
「いいから大人しくしてろ。俺がヤバい」
 両脇を抱えて軽い体を持ち上げ、もう何度目かのキスをする。卑怯だ、そんなに従順に首をかしげられたら、めちゃくちゃにしてやりたくなるに決まってる。
 糸を引き、口の端から零れる体液を指で拭いてやり、濡れたその指を、下へと持っていく。
 半脱ぎのズボンからどうにか片足だけでも抜き取り、膝を開く。小さい膝頭だった。
 濡れ方はオーケーだと思えた。充分ぬめる。
 だけど指は一本たりとも入り込めなかった。どうにか関節ひとつ分埋めたが、そこだけ、体温の高さが違った。尋常じゃなく熱い。
「痛いスか」
「・・別に」
 深く追及せず、ここは甘えておく事にする。
「あ、――っ」
 ほとんどねじりこむようにして、どうにか奥まで入れきった。ひゅうっと指を吸われて、蜜でふやかされて、このままいつまでも入れていたいが、もっと気持ちいい事もしたい。
 指をくねらせていると、やがて、喉を絞めたような声が、ふっと緩んだ。代わりにほころんだような、甘いような、声にならない吐息が漏れる。痛いばっかりでもない、のかな。
「く、うぅ・・」
「我慢しなくても」
「え、我慢って・・っ」
「声。聞きたいし」
 不透明な視線をこちらに送って、とんでもない事を言い出す。
「ん、ぅ、大佐はもっと、すごかった?」
「な、馬鹿、何を」
「はは、だってオレ、声とか、そんなん、知らねえし・・我慢て何よ」
 胸がちくりと痛んだが、聞こえなかったふりで流した。
 少し引き抜いて、中指と薬指を揃え、再度沈めたら、見る間にエド子の余裕がなくなっていく。
「あ、や! いた、あ、ああ・・っ」
 肉のどこやらがみちっと限界まで突っ張る感触がする。それでもなんとか入りきった。これなら、と思う。
「わ。きっつー。これは痛そうだわ」
「なら、やめ・・ッ」
「おう。やめる。その代わり」
 含みを持たせて笑い、ちょっと待ってな、と髪を撫でた。
 部屋を出ると、すごい勢いでデスクの引き出しをひっくり返しはじめた。こぼれたインクが染みを
作ったが、気にしてる余裕など、なかった。

 戸惑った。怯えて睫毛を震わせるこの子に、言うべき言葉が見つからない。
 罪悪感は思ったほどでなく、むしろ痛痒い快感がした。広げて抱えた太もも、肩に担いだかかと。
薄くえぐれた腹部、肋骨の透けるみぞおち、平らになった胸とぷくんととがった乳首。これからしばらく、
全部自分のものになる。
 もうしばらく焦らしたい気も、しないでもない。
「エド」
「っだよ、さっさとしろよ!」
 挿入部に押し当てたままいまかいまかと焦らされて、短気な彼女はぶち切れた。
「あのね・・『早く来て』とか言ってみる気はないんスか」
「ざけんな馬鹿」
 言い切ってから、冷たいからかいを含んだ、とびっきりの媚びを見せる。
「そっちこそ、一言くらい『好き』とか言ってみる気はないんすか」
 過剰にしおらしいのは、演技だから。
「愛してる」
 だから自分も、できるかぎり軽薄に答えた。
 エド子はふいに、真面目な顔を作った。
「来て」
「・・入れる」
 身構えていたよりははるかにスムーズに、ぐぷ、ぬぷ、と埋まっていった。
「あ、あん、んん――!」
 エド子の眉が寄る。こちらを押し返す手ごとくくって頭上にまとめ、深い一突きを。
 最後まで入ったと思ったら、そのまま動かすのが大儀になった。硬いというかきついというか、奥へ奥へと誘引されてるようで、引いた抵抗だけで、たぶん出せる。出る。
「っは、あ・・」
「辛いか?」
「ん・・」
 エド子が髪を揺すって否定する。
「平気、でもくらくらする」
 目が眩む。気持ちいいと直接言われるより、はるかに強烈な誘いだった。
 潤んだ目なんて、今までどこに隠していたやら。できれば今後は、始終こんな顔をさせたい。
それで毎日膝の上に載せて。ああいかん、楽しくなってきた。
「動くぞ」
 マットレスが軋む音の方がはるかに強くて、あえぎもろくに聞こえない。体液の卑猥な音と、うるさい自分の鼓動と、奇妙にシンクロする互いの呼吸とがないまぜになって、かえって静けさが際立つ。
「んはぁ・・少、尉、もっと、ゆっくり」
「無理」
「だっ、て、早・・っ」
 顔の横で足がひらひら踊る。
「っ・・ぴりぴり、す・・」
「それは不快なほう? 不愉快なほう?」
「ん・・と」
 しばらく考えて、エド子は吹き出した。受け答えの鈍さに、ゆるやかな恍惚があった。
「どっちも、おなじ、だ、ふふ」
 少なくとも、痛みに耐える人間は笑わない。
「分かんな――けど、やじゃ、ない」
 思わず唾を飲んだ。
 ご要望に逆らって、ペースを上げると、劇的に様子が変わっていった。
 自然に漏れ出た感じの呻きが、次第に噛み殺したくぐもり声になる。
 生まれて初めて味わうだろう快楽と、生来の勝気とが複雑な化学変化を起こして、もう頬がごまかせないほど赤い。
「――っ! ん、くうぅ、ぅむ」
「だあから、我慢すんなって」
「う、うるさ・・恥ず、かしいっ――ひぁっ!」
「かえってえろいスよ、お嬢さん」
「るせ・・も、黙って! あっ――ぅああ!」
 はちきれそうな息遣いで、まだ強情を言うエド子がおかしい。
 締め付けが強い。気を抜くともっていかれそうになる。
 嬉しい頭痛につい、キツい、と小言を漏らす。
 内圧をとがめるように、少しずつ強く。
「や、やだ、嫌、あぅ、ああっ! あ、あうぅ!」
 さかんに身を捩りだしたから、驚いたなんてもんじゃない。
「は、あ、ああっ! やっ、やめっ、おねが・・っ! ひはぁ!」
「なにを今更」
「ふ、あ、だめ、やめ、あっ、あぁ!」
 痛がってる――のとは、どうも違う。表情が綺麗だ。
「あっ、や、変に、なりそ、っあぁ、あ、ああ!」
 中も外も激しくうねり、ひくつくエド子を見ているうちに、なんとなく分かった。
 余裕の仮面がひっぺがえされつつあるんだ。
 ただで飄々と振舞えたわけじゃない。けろっと誘ってきたのだって、ぎりぎりの綱渡りだったんだろう。もともと彼女は人に頼り委ねるのを何より嫌う。そんな人間が媚びを売るか。好きじゃなくてもいいから、などと。売れないはずだ。代価のつもりで体を差し出してきたのではないだろうか。どこかで楽しんではいけないと思ってたのでは。溺れてしまえば代価にならない。
 自分の推測の思いあがりが、このうえもなく爽快だった。この、征服感。
 直接エド子に訊ねれば、うぬぼれんなと激怒するんだろう。腕や足くらいはもっていかれるかもしれない。もっていかれてもいい、泣くまで責めて苛めて組み敷いてみたい。
「ああぁ・・やだぁ・・あ、っくはぁ、あぁ」
 疲労の色すら滲んだ憂い声に、限界が近いのを悟る。
「好きだ、エド」
 やばい、と思ったときには、口をついて出ていた。
「な・・ん、だよ、いきなり!」
 怒ったような言い方だったが、誤魔化しきれない喜色があった。
「ごめん、いきなり言いたくなった。好きだ。こんなかわいいと思ってなかった」
「ばっ・・かじゃ、ねえ、の――ッ!」
「おいちょっと、・・泣い」
「泣いてねえっ! 見んなッ!」
 一筋だけだったが、確かに見た。でもそれも、拭われてすぐに消えた。
「な、もう、イっていい? まじもう無理」
「好きに、しろ、よ・・あっ」
「するする、好きに、あーもう、好きに!」
「あん、ああ! あっああ、あぁああ!」
そして、溶けた。

「えー、帰っちまうんスか」
「アルが心配するし」
どことなく危なげな手つきで、きっちり髪まで結い、そう言った顔はいつもの彼女だった。
「・・返って心配するんじゃ? 服ぐちゃぐちゃ」
「うるせ」
「いろいろしてあげんのに」
「うるせっつの」
威嚇に歯を見せて、笑った。
「あ、のさ、少尉、大佐の事なんだけど――オレ、こないだの寝台列車で」
「こないだ? ああ、おとり捜査の?」
ここ最近、大佐と中尉と三人で何かやってたのは知っている。
「うん、そう、そんで」
そこまで言って、エド子は黙った。
「・・そんで?」
「あ、いや、えっと、二人ともタッパあるわ胸でけぇわで、羨ましいなーってさー」
「・・よしよし」
子供っぽく頭を撫でられて、怒るかと思えば、意外やエド子は束の間切なそうな顔をした。
上目遣いにハボックの頭をちょいちょい、と引き寄せ、その頬にキスをして、赤い顔を見られぬうちに背を向け、出ていった。
「またね、少尉」











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