錬金術師
>473氏

歩くだけでいちいち砂塵が舞う、壊れたビルだった。
天井と壁はほとんどが崩れ落ちている。
残っていた壁も、さきほどの乱闘でことごとくぶち抜かれた。
大柄な影が、薄闇の中に立っていた。それが無造作に前へ出る。
月明かりに照らされて、異国風の頑健な顎や、窪んだ眼窩がはっきりと現れる。
額には大きな傷痕が走り、右腕には同心円状のタトゥが青墨で入れられていた。

床を一面に覆う瓦礫の海に、不自然な立方体がいくつも屹立している。
おそらくそのひとつに身を隠しているであろう、赤いコートの人物を求めて男は目を細めた。
風は流れておらず、静かである。
錬金術師に負わせた傷も浅くない。
額から顎を盛大に血で汚し、足首まで折られては、まともに動けぬはずだった。
もっとも、折れたのはオートメイルの鉄くれだったが。
と、風が流れた。
真上だった。見上げた先から、床の地盤と共に錬金術師が降ってきた。
鋭い鉄槍に変えた左足での"蹴り"。かわしきれず、とっさにかばった左腕を浅く抉る。
錬金術師は片足で器用に着地した。
ぴたりと針先を傷の男の胸に突き付ける。そして勝どきがわりに短く言った。
「動くな」
傷の男は峻厳な目つきで錬金術師を見た。
「あんたの負けだ」
「負け?」
「そうだ」
「おかしな事を」
ざりっと砂音を響かせて、男が半身を下げる。たったそれだけで、凶器の射程は外れた。
片足で立っているだけの錬金術師は、一歩たりとも動けないのだ。
「動けぬのは貴様の方だろう」
傷の男が緩慢な動作で床に手をやるのを、どんな思いで見つめていたかは知る由もない。
足元の構成物質が幾何学状に霧散、地面が隕石の落下跡のように陥没する。
間抜けな軽い音を立てて、あっさりと錬金術師は倒れた。
「甘いな」
傷の男が小さな身体に手をかける。
手始めに、変形した左足を飴細工のように折り溶かした。
「ためらわず突けば勝っていたものを」
「そっちこそ」
なにかを目まぐるしく策謀している瞳で、錬金術師が睨みをきかす。
「何度もオレを殺せたくせに――その度に」
「ためらったと?」
「そうだろ?」
「くだらぬ」
傷の男はその横っ面を張った。膝蹴りを腹部に落とし、生身の掌を鉄の靴裏で踏みつける。
錬金術師は搦め手を好む性格である。
なにか起死回生の抵抗を見せてくるのではと警戒していたが、三度ともされるがままであった。
仕上げに、機械じかけの右腕を肩口で分解しつつ、なかば力任せにもぎ取った。
外套と上着と肌着と、重ねた服が厚く、邪魔だった。だからついでに切り裂いた。
袈裟懸けの裂け目に浮かび上がったのが、なだらかな起伏を描く半裸の上半身である。
「貴様、女か」
脂汗を浮かべて顎を突き出し、後頭部を地面に擦りつけている錬金術師の、
髪をつかんで顔を上げさせる。
「祈りたい神が居ないと、そう言ったな」
遠い日の姿とあまりにも酷似した状況に、つい皮肉が口をつく。
不具の手足と、おそらく言うことをきかないだろう身体でいながら、それでも錬金術師の瞳は闘志を捨てない。
「ならば悲鳴のひとつも上げてみるか?」
顔だけはまだ暴力を免れて、きれいなままである。
その土埃で薄汚れた頬に、息がかかるほど顔を近づけてやる。
「泣いて許しを乞うてみるか」
そして殺されてみるか。
信じたものに裏切られ、女のように泣きながら。
神に祈ったところで通じぬ。己れにすがったところで無駄。
何者も自分を助けてくれぬと、噛みしめながら死にいくがいい。
「あるいは己れの気を変えられるのかも、知れぬのだぞ」
錬金術師の答えは明快だった。
「・・っざ、ける、な」
笑いさえ含んだ語気が、はっきり言えば傷の男の癇に触れた。
服の襟首を掴み、中途に残った切れ端を破ると、小さな胸を完全に露出させる。
脚の付け根に、さきほど折った機械の刃をあてがい、皮ごと浅く服を断つ。
それを起点にぎりりと引き裂いて、さらけ出させたは未成熟な桃色の秘部だった。
顔面を蒼白にしながら、それでも錬金術師は苦鳴ひとつあげない。
「――ちょうど貴様くらいの小娘だった」
あれはもう、8年以上も前の事だったか。
イシュヴァールと国の東部とが事実上の戦争状態に突入する寸前で、挑発の応酬のような、見せしめの殺害が何件も何件も横行していた。
娘の褐色の肌は艶光りして美しく、白金の髪は砂漠の熱射に映えて、きらりと眩かった。
もう少し経てば、美女としてもてはやされただろう。
脳裏に砂漠と荒廃の街を思い起こしながら、夜伽話でも聞かせるように、傷の男は言葉を紡ぐ。
「死んでいた」
にじみ出た血を指ですくう。
「服は裂かれ」
その血をとろりと指の腹に溜める。
「全身にくさい精液をかけられ」
暗がりの中、しっかりと赤黒く濡れそぼったのを見て、傷の男はその指を秘部にあてがう。
ほんのわずかに錬金術師の眉が動く。
「ここから、血を流し」
そして慈悲もなく、指を、挿れた。
錬金術師は気丈にも、顔色を変えず、声さえ出さず、耐え切った。
「手には旗を握り締めたまま」
べったりとなすりつけて引き抜き、再び、切り傷をえぐりほじくるようにして血を集める。
「"降伏"の意志を示す白い旗を、握り締めたままの」
くちゅ、くちゅと慣らすうちに、体液のかさが増し、硬く締まった肉を潤滑にしていく。
粘膜が切れて出血したのか、保護のために溢れてきた体液なのか、あるいはその両方か。
ひょっとしたら、感じている証だったのかもしれない。
「武器も持たない娘が、辱められ、殺されていた」
――信じていたのだろう。助けてくれるかもしれぬと。
自ら敵軍に、丸腰で、姿を晒すのがどれほど勇気のいる事だったろう。
殺さないでくれと泣き叫んだだろうか。
いまわの際には、もう殺してくれとすすり泣いたのだろうか。
「・・あっそ。んで?」
害意たっぷりに、錬金術師はようやく口を利いた。
「だから錬金術師も、いたぶってやらなきゃ気がすまねえってか?」
関節が膨れた太い指を、真っ赤な胎内に受け入れているとは、微塵も感じさせない声である。
虚勢を張るのが得意なこの錬金術師らしかった。
「その子が頼んだ、の、かよ、――復讐っ、してくれって・・」
傷の男はとりあわず、指を早める。
「頼んでないんだろ?」
錬金術師はこらえるように息を吸い込んで、
「なら!」
腹の底から、叫んだ。
「アンタが嫌い憎んだ鬼畜兵と、やってる事は同じだろうが!」
どちらかといえば陰気な部類だと自己分析する傷の男は、とめどなく笑いがこみ上げてくる自分に気づいて、驚いた。
「応」
悪びれもせず、むしろ自分にしては珍しく冗談でも言うような心持ちで、答える。
「いい女だった。貴様と違ってな」
汚れた指で乳房をつまむ。青白い肌に、刷毛で撫でたような、紫暗の線がさっと走った。
「・・なん、だと」
混乱したように、錬金術師はつぶやいた。
多少なりとも傷の男に揺さぶりをかけられたと思っていた。
理解できない者、まるで別人のような傷の男を目の前に、ほとんど狂気じみた信念で強靭に自我を保たんとする錬金術師が、初めて、いくばくかの恐怖のような色を見せた。

――娘の顔には、まだ乾いていない涙が、男の精と共に残っていた。
そのあどけない顔を見て、交じり合った臭いを嗅いで、まだ少年にすぎなかった傷の男は――
強烈な情欲を、引きずり出されたのだ。
おそれよりも、自制よりも、若さが勝った。
死ぬほど恥じた。
おのれを責め苛んだ。
しかし。
目の前の光景は、禁欲を旨とするイシュヴァールの少年には、あまりに目の毒だった。
細い手足にそぐわない、重たく実った果実のような、豊満な胸の線。
そこだけ色が薄い可愛らしい乳首。
大きく拡げられた、弧月のようにしなやかな脚線美の終焉に、壊れ爛れた女性器が晒されていた。
見てはいけなかった。
見たくもなかった。
なのに。
死者への冒涜を心で詫びながら、頭の中では、この美しい娘を犯していた。
小鳥のように怯える彼女を押さえつけ、服を裂き、刺し貫くおのれの姿を白昼夢に見、この整った唇を塞ぎ、ついには抵抗の手がぱたりと大人しくなる様を、ありありと思い浮かべた。

「よく分かる、と言ってるのだ。その兵どもの気持ちがな」
傷の男は指を引き抜いた。
束の間、ほっとしたような、幼い表情を見せた錬金術師に、わずかな猶予も与えずのしかかる。
肩に熱い痛みが走った。錬金術師が噛みついたようだった。
手負いの小動物のような、ささやかな抵抗だった。
「それでは己れを殺せぬ」
仏頂面のまま、傷の男は錬金術師の下げ髪を掴んで、おのが首筋に歯をつきたてさせた。
「噛むなら、ここだ」
錬金術師は鼻を鳴らした。馬鹿にされていると思ったらしかった。
「遠慮は無用」
甘いなと、傷の男は思う。
自分がではない、この錬金術師がだ。
「殺さねば、貴様が死ぬ」
かつん、と、空しく歯を鳴らす音がした。
殺せないのだ。オートメイルをどちらも壊され、指を折られて、犯されかかっていてさえも。
「・・てめぇは」
錬金術師は喉を絞る。
「何がしてえんだ、何が言いてえんだ、何が、・・何が、何が神の代行者だ!」
最小限に脱いだ服から、体躯に見合ったペニスを取り出す。
覆いかぶさった自分の影に隠れてしまい、もはや錬金術師の表情はうかがえない。
手探りで脚と性器の位置をつかみとる。
「ふざけんな、離せ! 離せェ――ッ!」
やすやすと組み伏せ、傷の男は挿入を果たした。
悲鳴は――怒号ではない、純粋な悲鳴は――上がらなかった。すべて噛み殺したらしかった。
どこまでもいけ好かぬ餓鬼である。
肉というよりは筋のような、しなやかにすぼまった秘所だった。
苦労して押し込んだ割に、いくらも入れないうちに天井へと付き当たる。
内部は持ち主の性格を反映して、怒りを湛えたように熱くたぎっていた。
塗り込められた血液が、微妙に粘性を伴って、添えた手にこぽりと流れ伝う。
それを無意識に傷の男は舐め取った。鉄粉めいた苦味と、すえた匂いの、若木のような風味が舌で溶ける。
「・・ろして、やる」
錬金術師は届かない傷の男の首を求めて、再び褐色の肌を噛んだ。
犬歯がぶつりと突き刺さる感触がし、次第に咬合した歯の間で皮がよじれていくのが分かる。
傷の男は黙々と動く。
浅く小さな作りで、すぐにぬるりと抜けそうになるのを支えているのが、痛いほど締め付ける内奥のひだだった。
抜いてほしくなどないとすがるように何重にもつっかかる。
緻密に入念にペニスをこそげ、啜り上げる。
「殺して、やる、ころして・・っ!」
声に篭った殺気と覚悟に呼応して、噛まれた痛みは無視できないほどに増していくというのに、
まるでくすぐられ甘えられているかのような錯覚さえ覚える。
つきたった歯よりも、唇の、食む柔らかさが何倍も魅力だった。
「だから猶予をやったに」
傷の男は冷厳に言う。
「ひとつ、教えてやろう」
こんな時でも、教義をひもとく時となんら変わらぬ、まじめくさった語調になる。
優しくあやす術など心得ていないのだ。だが、構うものか。
このまま壊れるまで犯し抜いて、あとは殺す。それだけだ。
使い捨てるつもりがなければ出来ない粗雑さで、強引に頂上を目指していく。
「女を犯すと、ここが」ず! と、天井を突き破るつもりで貫く。「じきに乾いて擦れてくる」
愉しませまいと頑張っているのだろうが、うるさく泣かれないのが、かえって好都合だった。
気を散らされることなく、好きなように好きなだけ蹂躙できる。
「ところが貴様は――」
こぽっ、とあぶくが立って、男の物が突き刺さったすき間から、熱した体液がしたたった。
「どんどん、溢れてきているな」
くっと喉を鳴らすのが聞こえる。
なにしろ暗くて相手の様子など分からぬから、自然に耳が鋭くなるのだ。手先も鋭敏になる。
胸も背も情も足りぬ出来損ないのような女でも、及第点をやりたくなる。
それが傷の男をいつになく饒舌にさせていた。
「嘘だ・・ちが、う・・これは、アンタが」
「違わぬ」
「違う! ――ぅ・・ぐ」
はめ込んでやったら、鼻に掛かったような声でうめいて、黙った。
「何が違うのだ」
こふっと息だけ吐き、錬金術師は何も言わなかった。言えなかったのだろう。
喉元から意に添わぬ声がはみ出かかっているのが痛いほど伝わってくる。
「こんなはずじゃない、か?」
さぞ恥辱の極みだろうと、傷の男は思う。
暴力めいた仕打ちを完全に受け入れて、ほぐれきった胎内が愉悦である。
「己れのせいで悦くなったとでも?」
本当に感じているかなど、実際はどうでも構わぬ。
錬金術師がどこまで意地を突っ張るのか、冷淡に実験でもするような心持だった。
「所詮、貴様も雌豚よ」
何を思ったか、どんな顔をしたのか、正確なところは窺い知れない。
ただ、がりっ、と、また痛覚がした。
「それとも猫か。よく舐める事だ、こそばゆい」
それで冗談ごとは切り上げて、傷の男は貪り出した。
中を突くたび、華奢な身体が跳ねて砂の音がする。
ざり、ざり、と、床に預けた背が、やすりのようにこすれ、削れているらしかった。
ただじっと息遣いだけを聞くともなく聞きながら、振り子のように繰り返し繰り返し打ち付ける。
「ぁっ・・は・・」
最初こそ、錬金術師は人形のように鳴かず動かず反応しなかった。
それが今ではほとんど喘ぐように荒く息をついでいる。
先んじて徹底的になぶり、体力を削り取ったのが効いているのもある。
それだけにしては、いやに切羽詰っていて、なまめかしいのも事実であった。
ぐぷっ! と一際大きく挿しては、小刻みに胎動させるのを辛抱強く積み重ねて、どんどん余白が潰れ、狭くきつく動かしがたくなる膣内を無理に貫き続け、強烈な睡魔にも似た、人には抗えぬ絶対的な誘引がついに最大となり、ぐくっと、暴発する前兆に強烈に引き攣れたのを自分でも感じ取って、断りもなしに、傷の男はひとまずの吐精にたどり着いた。
「――! ちょ、てめ、やっ、あ、あ・・」
爆発的に頭の芯が灼熱し、快楽一色でべったりと塗りつぶされた。
歯を食いしばっていたが、一瞬ぐらりと天地が揺れ、平衡を失して倒れかけた。
長い長い痙攣を経て、すべて吐き出してしまうと、傷の男はそのままの体勢で力を脱した。
下敷きにしたもの――つまり錬金術師の身体には柔らかさが足りなかったが、砂まじりの床よりは、はるかにましで快適だった。
静かだった。風さえなかった。
うるさいのは、錬金術師のぜいぜいと鳴る呼気ただひとつだった。
「何も、見えぬ」
傷の男はひとりごとのように呟いた。
「こう暗いと、貴様があの娘に見えてくる」
ぼんやりとかすむ裸体に、ふいに、プラチナ色の長い髪の娘を重ね視る。
あの美貌、あの肢体。
「似ても似つかぬのだがな」
狂ったような陵辱の限りを尽くされながら、死に顔がひどく安らかなのも良かった。
「はん・・とち狂ったのかよ」
錬金術師はあざけった。口をきけるほどには余力を取り戻したらしい。
道具に口答えをされたような、ある種不思議な感慨を覚えながら、傷の男は答えた。
「かも、知れぬな」

それから唐突に、傷の男が全く予期しなかったような問いを、投げた。
「知り合いだったのか、その子」
「いいや。名も知らぬ。声も知らぬ」
けほっ、と咳き込んで、錬金術師は言った。
「・・そうか」

長いような短いような空白の後、傷の男は再び戻ってきた活力をぶつけようと、動き出した。
吐いた白濁の液が潤滑油の役割を果たしてつるつると滑り、抜けやすくてかなわない。
「ん・・っ」
ひそやかな吐息だけが、ひらけた瓦礫だらけの室内にそっと滑り込む。
他事が何も考えられなくなっていく。
高める方法は、結局はただひとつの、単純な反復に帰結する。
ちゃぷちゃぷと波音を立てて、まぐわいを無心に繰り返す。

つもりだった。
身のうちに生じた嫌な感触に従って、錬金術師の腹部に掌底を落とし、傷の男は身を引き抜いた。
背を丸め咳き込む錬金術師を傲然と見下しながら、つぶやく。
「詰まらぬ」

錬金術師は地べたにすりつけた耳で、反響しながら消えていく大きな靴音を、聞いていた。












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