子悪魔な彼女
>740氏

ソファに腰掛けた男の目線の先に、瑞々しい黄金色の瞳がある。
「大佐ぁ…」
切なげにその名を呼ぶ少女。
しなやかな細い指が、グラスをつかみ琥珀色のワインをその唇に含む。
長い睫を伏せ、そっと近づけられた小さな唇は少し開き、その液体と甘い吐息とを男に与えるように流し込む。
ワインを飲み込ませ、尚も口づけは終わらないくすぐるように小さな舌が、その舌を絡めとる。
やがて、男の身体はソファへと沈んでいく。
身体の自由を失って・・・。

それはいつもの光景。
貪るように奪われていく少女の日常。
嘆くような、とぎれとぎれの熱い声が男の名を呼び、そのすべてを投げかけるようにして彼を見上げる。
「大佐…大佐ぁ…」
輝くような真珠色の肌は彼の熱と、自分の熱とで桜色に染まり、降りかかる金色の髪は乱れ続けたまま、彼女をいっそう美しく際だたせる。
「もぅ…やっ…また…」
エド子の声はやがて哀願の涙声に変わる。
もう、何度ともなく追いつめられ、その極みへと押し上げられているのに未だ彼自身を与えて貰えてはいないのだ。
男の節ばった指で、絶え間なく与え続けられる快楽にエド子が我を忘れ身悶える。
その姿を見て男の唇の端が僅かにゆがむ。
「いや? そうじゃないだろう。素直じゃないな…鋼のは。」
そう言いながら、男の唇はエド子の胸の先端を弄び、その指先は彼女の最も敏感な箇所をわざと捉えることなく、その周りを彷徨い続ける。
じれったい刺激にエド子の理性が暗闇へおちていく。
「あっ…、意地悪しないで…お願い…」
その濡れた瞳を向けて、男を求める。
「大佐のが欲しいよぉ…」
涙ながらに自分を求める少女の声に、ふっと男の秀麗な口元が綻ぶ。
「やれやれ、もう降参か?まったく、堪え性の無い姫君だ」
苦笑混じりにそう言うと、彼女の泉に自分のモノをあてがい、静かにその中に埋めてゆく。
背中まで伝う程の蜜に濡れそぼったソコは熱く、 望んでいたものを与えられたエド子の表情は恍惚とし、白くか細い喉をのけぞらせ、男のすべてを受け入れていく…。
やがて男が熱情をその胎内に注ぎ込むと、彼女はまた意識を手放す。

場所を問わず時間を問わず、男はその身体を求める。
エド子に拒否する事はできない。
たとえ言葉で拒否しても、彼の唇が触れれば体が熱くなってしまうのだ。
体中の血がロイを求めてしまう。

アイサレタクテ。
アイサレタイ。
オレヲアイシテ・・・
エド子の手放した意識の片隅で、黒い影がそっと動き出す…。
意識をたどる。
重い瞼をあける。
黄金の瞳がすぐ目の前にあった。
「…鋼の?」
自分に一体なにをしたんだと聞こうとして、体の自由が利かないことに気づく。

「…っ?!」
「そんな顔しないでよ、大佐」
エド子の唇が髪にふれる。
「いい匂い…大佐の匂いだ……」
耳元でささやくように言いながら、エド子の指が己の首筋をたどる。
「鋼の…?」
もう一度、彼女を呼ぶ。
その声に答えるように、細く白い指先が胸の突起を優しく引っ掻いた。
「くっ…!」
「…なぁに? 大佐?」
甘い瞳を向ける少女が目の前にいる。
「アンタって、わりと感じ易いんだ」
くすくすっ。
「…それに、ホンット悪人だよな」
そう言った彼女の左手に握られている、小さな薬瓶。
それを見た、漆黒の瞳がわずかに揺れる。

「この間、アンタの執務室に行ったとき、拝借させて貰っちゃった」
小首を傾げてにっこり笑う。
「オレに、使おうとしてたんだろ?」
「いつもオレばかり、愛されてる気がするから今日はコッチから愛してあげようと思って」
ふわっと花が開くように微笑んだ後、エド子の瞳はみるみるうちに甘さをなくしぞくっとするほど冷たい色に変わっていく。
「愛されているのか、おもちゃにされてるのかわからないくらいに、ね?」
「おも…ちゃ…だって……?」
フッ、とロイは苦しげに口元を歪めた。
否定しようとしたが、やめた。
薬のせいか、身体と同じように頭もよく回らない。
おもちゃ。
言われてみれば確かにそうかもしれない、と思う。
この目の前の少女の事を愛しく思っているのか、と誰かに訊ねられれば即座にそうだと答える事が出来るだろう。
しかし、自分の与える愉悦に乱れ狂う彼女の痴態を目の当たりにすると―――
もっと目茶苦茶にしてやりたい、いっそ壊してしまいたい。
そんな野蛮な欲望に支配されている自分に気づく。

もっともっと、この身体を知りたい。
どこをどうすれば、彼女はどう反応するのか。
その姿は、新しく与えられた玩具を手に試行錯誤する子供の行為に似ていなくもない。
それを果たして愛と呼べるのかどうか……ロイには理解らなかった。
―――いいさ。
ロイは無駄な抵抗をやめ、鉛のように重い身体をソファの上に投げ出した。
たまには、可愛い子悪魔に悪戯されてみるのも悪くない。
彼女に弄ばれる。
玩具のように。

そう考えただけで、己自身はまた脈打ち、いきり勃つ。
先刻、果てたばかりだというのに。
知らなかった。
俺にはマゾの気もあったのか。
クッ、とロイは喉の奥で笑った。
「……なに?」
エド子が、眉を寄せてロイの漆黒の瞳を覗き込んだ。
「……好きに、しなさい。」
薬でうまく回らなくなった舌では、それだけ言うのが精一杯だった。
エド子は、不満そうに唇を尖らす。
「また、笑ってる。」
「…………。」
「アンタはいつもそうだ。いつもいつもオレを狂わせて、目茶苦茶にしておいて……自分だけ平然として笑ってる。」

言葉と共に、ぎゅっと反り返った肉棒を掴まれる。
その圧迫感に、ロイはため息ともつかぬ微かな声を漏らした。
「オレね……不思議なんだ。いつも、アンタは平気でオレにここを咥えさせるだろう?自分の最も大切な部分を。
だけど、もし…もしもさ。オレがいきなりここを食いちぎっちゃったりしたらどうする?やろうと思えば……いつだって出来るんだぜ。」
言いながら、指先で根元をゆっくりと撫でさする。
びくり、とロイの身体が震えた。
「……怖い女だな……君は」

愛する男の肉棒を切り取る。
そういう愛し方をする女は、確かに存在するという。
今の彼女は……どうなのだろう。
怪しく光る金の瞳や淫らに濡れた薔薇色の唇、無意識に媚態を帯びた滑らかな背中や腰の動き。
初心だった彼女をそんな風に変えたのは、紛れも無く自分だ。
ならば……彼女の唇で命を断たれるのも仕方ないことかもしれない。
己には、そういう愛し方しかできないから。
奪うつもりで、与えられている。
責めたてているはずが、赦されている。
どちらが自分で、どちらが彼女なのか。
意識が舞う。
理解りたくもない、そんなことは。

「…また笑った」
覚えのない言いがかりをつけ、エド子はロイの胸の先を捻った。
「ここにピアス、つけちゃおっかな……。アンタがオレに付けてくれたのとお揃いのやつ」
ふふっ、と笑って濡れた舌を這わせる。
彼女がゆっくりと、何度も舌を往復させるに従い、ロイの身体の芯が熱く昂ぶってゆく。
「気持ちいい……?」
普段と違い、自分のされるがままになっている男の身体を見るのが楽しいのか、エド子はくすくすと絶え間ない笑い声を漏らしながら尚も攻めたてる。
脇腹に、首筋に、胸に、肩に。
柔らかな唇で音がするほどきつく吸い上げ、赤い花を幾つも咲かせていく。

あの薬には、ひょっとして催淫効果もあるのかもしれない。
身体の自由が利かないのに、かえっていつもより敏感に反応してしまうのが男には不思議な感じだった。
「大佐の身体って、とってもキレイだ……。」

彼の上に顎を乗せ、その逞しい胸を撫でながら、うっとりとエド子は呟いた。
意図しているわけではないのだろうが、ふりかかる金の髪がロイの肌をさわさわとくすぐる。
途端、肌を粟立てたその身体の変化に気づき、エド子はまた口元をほころばせた。
「大佐が、いつもオレを苛める理由……なんとなくわかっちゃった。」
するり、とロイの股間に手のひらを滑らせる。
「こうやって、オレの反応を見て楽しんでるんだな。……ズルイ、自分だけ面白がって。」
ゆっくりと上下する少女の指。ロイはたまらずうめき声をあげた。
もっと、もっと。ロイのそんな声を聞きたい。ままならない欲望に歪む顔が見たい。
幼さを残す黄金の瞳が、きらきらと輝いてそう言っていた。

エド子は男の片膝をそっと立たせると、踵をソファの背に置いた。
大きく脚を広げる形になったロイの間で、彼女は己の指を赤い舌で入念に舐めた。
そして、唾液が糸をひくほどに濡らしたその指を、ロイの菊座にぐっと突き立てる。
「…………っ!」
声もたてずに、ロイの身体が跳ねた。
「痛い……?」
指先を蠢かせ、徐々に深く埋め込みながらエド子が訊ねる。
「オレだって……スッゴク痛かったんだからな。初めての時。」

現在までの女性遍歴の中、手練に長けた女がソコに指を忍ばせたことは何度かあった。
けれど、 今彼の中に入っているのは、エド子のそれである。
真っ赤なマニキュアが塗られた爪よりも、自然のままが一番似合う、まだ幼さの残るしなやかな指。
己が彼女を抱くたびに、助けを求めるように宙を掻き、シーツを握りしめる白く細い指。
「感じてるの……? 大佐……」
エド子は少し驚きの混じった声でそう言った。
指を出し入れするその都度、ロイ自身がはっきりとした反応を示すのが彼女には嬉しいらしい。
「そろそろ……イイかな。」
指を抜き取り、ロイの上に脚を開いて馬乗りになると、そろそろと腰を落とした。
「あ……んんっ……!」
「く……っ!」
いつもロイのリズムとは全く違う、どこかぎこちなささえ感じる動きでエド子はロイ自身を銜えこんだ。
そのじれったい動きと、目の前で波打つように揺れる彼女の身体が、ロイの脳髄を容赦なく射抜く。
「だめ……!まだ、イっちゃだめぇ……っ!」
額に玉の汗を浮き上がらせながら、エド子はうわ言のように言った。
言葉とは裏腹に、淫らな柔肉はロイ自身をぎゅうぎゅうと締めつける。
「あっ……!」
自分で動いている、という慣れない感覚に彼女自身も翻弄されてしまったらしい。
小さく啼いてエド子はロイの上でびくびくと全身を震わせた。
そして、ロイもまた。
愛する少女のそんな姿に、己の意識を手放した。

「…大佐……?」
ぶるっ、と肩を震わせて、ぐったりしていたエド子が顔を上げる。
自分を玩具のように愛する男であっても、その腕は恋しい。
抱きしめてくれる温もりが欲しくて、少女は男の唇にそっとくちづけた。
―――が。
いつもなら、熱い舌を絡めてくるはずのそこは、彼女自らの深いキスにも何の反応も示さない。
エド子は急に不安になって、じっと目を閉じているロイの頬を 両手で挟み込んだ。
「大佐? ねぇ、返事してよ……」
きゅっ、と軽くその頬をつねる。
ロイは薄目を開け、ああ、と長いため息を漏らした。
「あ……の……くすり……」
「えっ? なに?なんなの…?」
慌ててロイの口元に耳を寄せる。
彼の声が、途切れ途切れにエド子の耳元の髪を揺らした。
「かなり……ヤバい薬だったらしい……鋼の、私はもう……動けないかもしれない……。」
「そんな……!」
エド子の顔が、さっと青ざめた。
「そんな、動けないだなんて……嘘だろ?まだ、薬が効いてるだけなんだろっ?」
「い……や……。そろそろ効き目が切れてもいい頃だ……。だが……指一本 動かせない……。
多分、私はこのまま……」
「いやだ!」
エド子は瞳を潤ませ、ロイの身体にむしゃぶりついた。
「オレが、オレがあんなことしたから……。ごめんなさいっ、ごめんなさい!!
…大佐……オレ、オレどうしたらっ!」
「いいんだ……。鋼のが悪いわけじゃない……。自業自得というやつさ。 あんな薬を、大切な鋼のに飲ませなくて……よかった……。」
「大佐ぁっ!」
さっきまでの子悪魔ぶりが嘘のように、エド子は顔をくしゃくしゃにし、ぼろぼろと涙をこぼした。
「オレっ、オレ…大佐の為に何でもするっ!ずっと、大佐の傍で大佐の世話をする!だから……だから……」
「……本当に……? こんな私の為に……何でもしてくれるというのか……?」
「うん!!」
力強く頷いたエド子の秘唇に、するりと何かが触れた。
「え……?」
むくり、と半身を起こすロイ。
「じゃあ…まずは先刻、私の身体に好き勝手してくれた詫びをして貰おうか。」
「な…っ…」
そのまま二の句が告げずにいるエド子の唇を、ロイが容赦なく塞ぐ。

「まったく、一体どこであんな事を覚えたのだか……。その身体にじっくり訊く必要があるな。」
「や……っ! 大佐、ずりぃぞっ!」
じたばたともがくエド子の上へと圧し掛かり、ロイはせせら笑った。
「当然、後でお仕置きされることも考えてあんなことをしたのだろう? いけない子だな。
だが、女性の要望にはきっちりと答えるのが私の主義だ。」
野生の猛禽類を思わせる酷薄な瞳が、きらりと光った。
「……覚悟しなさい、鋼の」
「ひ……」
エド子の頬が引き攣る。

そして。
哀れ、子悪魔の衣を引き剥がされた子兎は。
再びいつ終わるとも知れぬ深い享楽の淵へと身を沈められながら、浅はかな行動を起こした己を深く悔やむのであった。









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