ヴァレンタイン
>169氏

「んっ……。ふ、あ……」
口腔をかきまわす舌は甘ったるくいつもと違うキスの味にロイ子はとまどった。
ハボックとのキスは苦いもの。そう慣らされた体は違和感を感じている。
目を閉じてされるままにされていると、知らない人物に侵されているようで倒錯じみた快感が身体に広がっていく。

ハボックの行為は優しいだけで、時々物足りなく思うロイ子はホークアイ中尉との何気ない会話を思い出していた。

「たまには乱暴にされるのも刺激があって良いと思いません?」
更衣室で一緒になったリザと互いの恋人の話をしている時に、いつもの表情でさらっと言い放つ副官にロイ子はどきりとした。動揺を悟られないように何故?と
首を傾げてみせる。
「だって、付き合いが長いと同じ事の繰り返しなんですもの。ああ、次はこうだな。
これで終わりなのかって。そんなのつまらないと思いません?大佐は、お相手に困るなんて事ないでしょうけど」
意味深に微笑んだホークアイは手早く化粧を直すと、お先にとロイ子に小さく敬礼するとスカートを翻して更衣室から出ていった。
残されたロイ子は、舌唇をきゅっと噛み締めると「ハボックのバカ」と囁いた。

ヴァレンタインと言うこともあって街は幸せそうなカップルで溢れていた。

珍しく定時に帰路についたロイ子は買い物でもしようかと、デパートによってみる。
そこは有名パティシエの限定チョコを求める女性たちの戦場の場と化していた。
砲弾が飛び交う戦場で気後れる事などないロイ子だが、必死な女性たちの気迫に鬼気迫るものを感じたロイ子は、早々に売り場を後にする。

浮かれた恋人どうしの仲間入りをしてみようと、ちょっとだけ考えた自分に苦笑する。切花を扱う露天で深紅のバラを一輪だけ買って青いリボンを巻いてもらう。

何の連絡もしていないが、非番だったハボックはきっと家にいるだろう。
もしかしたら夕食も用意して待っていてくれるかもしれない。突然行くと驚くだろうけど喜んでくれるだろう。そう思うと足取りが軽くなった。
見上げたハボックの部屋は思ったとおり灯りが灯っていた。階段を上り呼び鈴を鳴らすとカチャリとドアが開かれる。暖かい空気がさっと通りぬけた。
エプロンをつけたままのハボックが、いつもの笑顔で迎えてくれる。
「たぶん来ると思ってました。おかえりなさい」
頭ひとつ高いハボックは屈みこむとロイ子の前髪にキスする。

あまりの自然な様子に、行動を読まれているようで少しだけロイ子はむっとした表情で手にもった一本のバラを差し出した。
「やる」
ぶっきらぼうに押し付けて、驚いたハボックの体をすり抜けるように部屋へあがった。
室内には甘い匂いが充満していた。

「チョコケーキ焼いてたんです。売ってるのは甘すぎて。大佐は、あんまり甘くない方が良いんでしょう?」
渡されたバラを細身のグラスに挿しとテーブルの中央に置く。食事の用意はすっかりできあがっていた。

自分の思っていた通りの展開に嬉しい反面おもしろくないロイ子は唇を尖らせた。
最近はいつもこうだ。ロイ子の我侭な行動をハボックは笑って許す。何をしても困ったように笑って言う通りにする。

ホークアイの言葉が思い出された。

そうだ。私だってたまには……

今だってにこにこ笑っているだけのハボックに突然怒りがわいてきた。
小言の一つでも言ってやろうと、振り返ろうとして後ろから抱きすくめられた。

「なっ……」
怒鳴りつけようと後ろを向いた顔をそのまま上向かせられ、唇をあわせられる。
突然のことに唖然としたままされるままのロイ子の舌をハボックの舌が絡め取る。
あわさった舌は部屋に広がるビターチョコの甘さそのままだった。


                              終わり










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