遠い世界
>854氏

【ロイエド子前提】

どうしてこんなことになったのだろう

男の声が呼ばうのは自分の名ではない。
貪るように揺すりあげられ、その性急さに感じるのは快楽よりも痛みのほうが強いのに。どうして口から出るのは甘ったるい声のみなのか。
未だ成長過程にある乳房を強い力で掴み上げられ痛みがはしる。あの男ならこんな事はしない。
乱暴にされたこともあったけれど、今思えばそんな時もこちらの体をいたわるような抱き方しかされなかった。
いくら目を閉じてみても、覚え込まされたものと違う愛撫に、手に、指に、舌に。まざまざと感じさせられるのみだった『違うのだ』と。
薄く目を開いてみれば、すぐ近くにある金の瞳もまた、自分ではなく何処か遠いところを見ていた。
可笑しい、笑い出してしまいそうだ。一体何をやっているのだろう?―――親子揃って。

のぼりつめて麻痺していく思考の中。目蓋の裏が白く染まる瞬間に、たった一度だけその名を呼んだ。
今は届かない遠い地にいる、愛しい男の名を。

「  」

目が覚めたときもう日は高く上がっていた。
明るい日差しの下、見まわせば寝台にも体にも昨夜の痕跡は微塵もなく…なんとなくほっとした。
『夢だった』なんて便利な言葉で片付けてしまうつもりもないが。
行為の残滓を突きつけられたら、酷い情けなさと罪悪感に苛まれはしただろうから。
最初は―――そう、確か母さんの話をしていたのだった。
幼いころはただただ不可解だった母さんの、この父親に対する言動も。
母さんと同じように、女として愛する人ができた…今ならわかった。
そして、このロクデナシの父親もまた、母さんの事を深く愛していたのだと。知ることが出来たから。
「トリシャ……」
呼ばう声は切なさに満ちていた。
話していくうちにグラスを煽るペースが上がっていったので。そろそろ止めるべきだろうと伸ばした手を、掴まれて。
縋るような目だった。
それが…あの時の、あの男の目を。思い起こさせたのがいけなかった。
リゼンブールで、最後に肌を合わせたとき。あの男は、今にも泣き出しそうな目をしていた。
それが亡くしてしまった大切な人を悼むものだったと気付いたのは、後になってヒューズ中佐の死を知ってからのことだったのだけれど。
思わず、あの男にしたのと同じように胸元に頭を抱きこむと、縋りつくままに押し倒された。
そのときはまだ抵抗出来たし、冗談でも済ませられたろうに。
「背中が痛い」と言うと寝台に運ばれて……後はなし崩しだった。結局は流されたと言う事か。
汗でべたつく体に不快感をおぼえたものの、風呂よりも食事への欲求の方が勝ったのでキッチンへ向かう。
父親は驚いたように口を開きかけて、結局何も言わずにまた噤んだ。無理もない。ばつが悪いのはお互い様だ。
黙って椅子に座り、ピッチャーからグラスに注いだ水を一気に煽る。と、そっと目の前にパンとスープが差し出された。
作ったのか、珍しい…が、コイツの料理はそれはそれは壊滅的に不味いのだ。
あの男の微妙な味付けなんかまだまだ可愛いものだった。しかし贅沢は言っていられないので有り難く頂く事にする。
一応食べられない事もないスープを啜っていると、父親が向かいに腰をおろした。
ちらりと視線を向ければ。テーブルの上で組んだ手を何やらもじもじと動かしている。
……はっきり言って視界に優しくない光景だ。年頃の少女がするならまだしも、いい歳したおっさんだと不気味以外の何物でもない。
覗うようにこちらを見る目と…目が合ってしまった。
「エドワード」
「……なに…」
「昨日は、済まなかった!」
勢い良く下げられた頭はテーブルにぶつかりゴン、と結構な音を立てた…瘤出来たんじゃないか?アレ。
言葉もなくただ息をつけば。何を勘違いしたのか更に言い募ってきた。
「本当なら、私の顔も見たくはないだろうが……その前にとりあえず気の済むまで殴ってくれて構わない。
 ああ、でも身体は場所によっては殴られるとボロッといっちゃうかもしれないからね。出来れば顔のほうで――――」

コイツは…
父親としてはかなり最低ランクなのは知っていたけれど。男としても相当に底辺だ。むしろ最下層かもしれない。
ここであっさりその話を蒸し返しますか?空気読めよ!!
さらっと流そうとして、務めて普通に振舞っている娘の努力は水の泡かよ。
大体、いつ誰が怒ったって?オレはアンタの事責めてもいないし。
そもそも抵抗なんかしなかったんだから和姦だろ……って、ああもう!!!
「顔、上げろ」
尊大に言い放てば。しおしおと、小動物めいた視線が見上げてきた。
だからいい歳したおっさんが(以下略)
「怒ってる訳じゃねーし。アンタを責めるつもりもねぇよ。お互い様だろ?その…、身代わりにしたのは、さ」
「―――ロイ、というのは?」
ああ、やっぱり聞こえてたか。と内心舌を打つ。
あの男の事を父親に話すのは…どうも気が進まない。嫌なのではなくて、要するに気恥ずかしいのだ。
「アンタも一度会ってるだろ?リゼンブールで。……黒髪の―――」
「ああ、あの時の!でもエドワード……………あの人は女性ではなかったかい?」
ゴン、と。
強かに額をテーブルに打ちつけてしまった。乙女の柔肌に傷が付いちまったじゃねーかちくしょう……どうしてくれよう。
「それはてめーが誑しこんでたロス少尉だろ!!!そうじゃねーよ、夜に話しこんでただろ?黒髪黒目の軍人!童顔で無能の!!」
勢い余って余計な形容が入ったような気もするが、まあいい。
「そう言えば…思い出したよ」
「アンタってほんっとに自分が興味無い事とか人って覚えないのな……」
コイツの生活能力の無さは料理同様、壊滅的だ。
母さんはよく「お父さんは不器用なひとなのよ」って笑ってたけど…不器用って言うか、なぁ…。
母さん、あなたは一体この男の何処に惚れて―――ってそれを言うなら、人の事言えないか。
「で、彼は幾つなんだい?」
「29…」
「おや、随分離れているんだね。出身は?」
「それをアンタが言うのか……ってか、なんでそんなこと聞くんだ?」
「そりゃあ、娘の恋人の事は詳しく知りたいじゃないか」
将来、義息になるのかもしれないのだから。なんて、嬉しそうに言いやがって。
「んなこと……戻れなきゃ、どうしようもないだろ…」
約束なんて、何もしてない。
それどころか、伸べられた手を、振り払うようにして飛び出した結果がこれなのだ。
待っていてくれるのかも、わからないのに。
「私はお前の花嫁姿を見るまでは、死ねないと思っているよ」
だから戻ろう、一緒に、と。躊躇いがちに伸ばされた手が、くしゃりと髪を撫でる。

結局のところ
酷く、心細かったのだと思う。見知らぬ世界で、戻れるかもわからなくて。
背徳だと知っていてもなお、その体温を求めてしまうくらいには…お互いに。
もしかしたらまた、同じ事を繰り返すのかもしれない―――この世界に居る限りは。
「………あいたいんだ…もういちど」
髪を撫でていた手で、緩く抱き寄せられて
かならず、必ず、間に合わせるよ。と、言い聞かせるように、何度も耳元で囁かれる。
遠い世界で
名を呼ぶ事すら出来なくて
切なさを噛み殺し。今はただ縋る事の出来る、目の前の腕に身を寄せた。






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