父と娘の誕生日
>535氏
「エド。誕生日プレゼントだよ」
そう言って、オヤジがきれいに包装された箱を差し出してきた。
一目見て、どこか良い店の高価な物だと分かる洗練された包み紙とリボンがかけられている。
世間はインフレで失業者も多く、その日食う物に困る人だって多くいるというのに、そんなことはこのオヤジには関係ないらしい。
それよりも、自分の誕生日をこの男が覚えているとは思わなかった。
向こうの世界にいたときは、自分が誕生日を忘れていても、弟だとか大佐だとかウインリィだとかが覚えていて、こっちが困るくらいに盛大に祝ってくれた。懐かしい思い出だ。
こっちの世界で、そういえばもうすぐ誕生日だと気付いていたけれど、誰も祝ってくれないだろうと思っていたのだ。
ここに親しい知り合いなどいないし、唯一の肉親であるオヤジは、娘の誕生日なんて知りもしないだろう。
もし知っていたとしても、関心などないだろうと決め付けていた。
だから、本当にびっくりしてしまったのだ。
「な、なんだよ急に」
「急ではないよ。君の誕生日だろう? ケーキも買ってあるんだよ」
お互い、甘いものなどそんなに食べないというのに、でかいホールケーキまで用意されていた。
涙が出そうになる。そんなことをしないで欲しい。
今まで10年以上行方知れずで、父親らしいことなんて何ひとつしなかったくせに。
違う世界になんて飛ばされて、知り合いなんかいなくて、強がっているけど本当は寂しくて心細いこんなときにだけ、父親面をするなんて。
「ばっかじゃねーの、なんだよ今更」
照れ隠しも兼ねて、差し出された箱の包装紙をバリバリと破っていく。
すこし大き目の平たい箱に入っているそれは、多分洋服だろうと予想はついていた。
オヤジには悟られないように、でも期待しながら箱を開けて……
「……………………」
微妙に固まった。口の端が引きつる。
箱の中にあったのは、真っ白でごてごてとフリルとリボンが大量についたブラウスだった。
確かに品物はいいのだろう。素材もデザインも一級品ではあるのだろう。
だが、一体誰がこれを着るというのだ。
まさかとは思うが、自分にこんなものを着ろというのか。
プレゼントってもんは、贈られる側の好みや需要も考えて贈れよ、と心の中で毒づく。
ちらりと顔を上げれば、期待に目を輝かせてオヤジがこっちを見ている。
「エドに絶対似合うと思って買ってきたんだよ。
店員にエドの写真を見せたら、かわいいお嬢さんだから絶対にお似合いになりますと太鼓判を押してくれたよ」
自分の行動に何の疑問も持っていない純粋極まりない瞳でこっちを見ている。
(ああ……)
軽い既視感を感じる。あれは去年の誕生日だったか。
これと同じ系統のごてごてフリルのワンピースをプレゼントされた。どこぞの無能大佐に。
アルやウインリィは俺の好みも必要なものも熟知していて、俺好みのシンプルで動きやすいデザインの洋服と、旅先で重宝しそうな携帯小物セットをくれた。
それらはとっても気に入ったし、とっても重宝したものだ。
だがあの男は、なんにも考えずに自分の好みだけでプレゼントを選びやがった。
そして俺が喜ぶだろうと自身満々に、高らかに言い放ったのだ。
「君のためにオーダーメイドで作らせたのだ。
デザイナーにも仕立て屋にも君の写真を見せて、君に似合う最高の服を作ってくれと頼んだのだよ」
さすが無能、と開いた口がふさがらなかったものだ。
数多くの女と付き合ってきたんなら、相手の喜ぶプレゼントとはどういうものかくらい学習しておけと心の中で叫んだものだ。
(なんだってこう、こいつらは……)
女ったらしな癖に、肝心なところで抜けているというか間違っているというか。
もしこの場にウインリィがいたら、娘は父親と同じタイプの人を好きになるって本当なのねとからかわれること間違いないだろう。
このときばかりは、こっちの世界でよかったと感謝してしまう。
「さあさあ、エド。着てみせてくれないか?」
うきうきというよりもでれでれした顔のオヤジに、服の入っていた空箱を投げつけた。
頭に当たってパコーンといい音がする。
「誰が着られるかこんなもん! もうちょっと需要を考えろ!」
「エ、エド〜〜。パパは絶対これが似合うと思って」
「こんなブラウスどこに着ていけって言うんだ! こんなものにいくらかけた!?」
「別に着ていかなくてもいいよ、パパの前で着てくれれば」
「アホか! この無能! どこぞの無能と同じこと言うな! 無駄遣いすんな!!」
「エド〜〜〜」
泣きついて縋り付いてくるオヤジを足蹴にしながら、ケーキはおいしく頂いた。
こっちの世界での誕生日は寂しくなると思っていたのに、思いもかけずに寂しいとは感じなかった。
翌朝。昨日プレゼントをけなされたことがまだショックなのか、オヤジがしょんぼりとうなだれたまま仕事に行こうとするのを呼び止めた。
「おい、オヤジ」
「ん?」
「行ってらっしゃい」
オヤジは目を丸くしてこっちを見ている。
俺が着ているのは、昨日のごてごてフリルブラウス。
似合っているとは思えないが、まあ仕方ない。
「…………」
「…………」
向かい合ったまま、微妙な沈黙が続く。気恥ずかしくていたたまれない。
そういえば去年もこんな感じだったと思い出す。
去年はそのあとどうなったっけ?
「エ、エド〜〜〜!!」
目を輝かせつつ涙目になったオヤジが突進してくる。
苦しいくらいに抱きつかれながら、
ああ、やっぱり娘は父親と似たタイプを好きになってしまうのかもしれない、とこっそり溜息をついた。
おわり