ハロウィンネコミミモード
>972氏
(何真っ昼間からやってるんスか・・・)
ハボックは思わず、上官の執務室の前で左右を目視確認する。
幸い、昼休みに入ったばかりだから周りには誰もいない。
誰もいないとほっとしたところで「それどころじゃない」と心の中で一人突っ込んで、ハボックはドアの隙間からそっと中を窺った。
僅かな隙間からは中の様子はほとんど見えない。
だが、かすかに声が漏れてくる。
「っ・・・中尉!ちょっと何をするんだ・・・破ける!」
「大声を出さないで下さい。全く、こんなふしだらな格好をして」
「だから、やめろと・・・ひゃん!」
もう十分だった。
音を立てないよう、気配を殺したままそっとハボックはドアを閉めた。
あの奔放な女上司が自分一人だけに満足するはずがないのは分かりきっていたことだった。そんな所も知った上での関係。
分かってはいた、頭で分かっていてもむしゃくしゃした気分はおさまらない。
(うへぇ・・・男のなんとやらなんて醜いだけじゃないかよ・・・)
しょぼしょぼとハボックは執務室を後にした。
午後は外勤が主だったこともあり、ハボックはそのまま司令部には戻らず直帰した。
いつもより早く帰ってきたことをいいことに、部屋の片づけをしたりしたが、やはり何だかすっきりとしない。
ついでにさびしい懐を温存すべく、帰りに安くで手に入ったかぼちゃで料理なぞ作ってみたが、それでも時間は余った。
普段が忙しいだけに、いざ時間があると何をしていいのかわからなくなる。
手持ち無沙汰になり、狭っ苦しい独身寮の片隅でがむしゃらにダンベルを持ち上げていたところだった。
そっとダンベルを置き、ハボックは気配を殺して窓辺に足を向ける。
壁に背中をつけ、一気にカーテンを引いて窓を開ける。窓辺に現れた不審者に銃口を向けた。
「凄いな、おまえな」
「・・・大佐、あんた何でここに」
窓辺に張り付いて何度もガラスを叩いていたのは、ハボックの上官のロイ子だった。
銃口を向けられても「流石だ」とハボックの対応を感心した顔でひとしきり褒めると、
「で、いつまで私は狙われ続けられるのかね?」
「あ、はい、すいません」
銃を下ろして、ハボックは壁に取り付けてある備え付けの棚にひとまず置く。
「それはいいから、中に入れてはもらえないかね?ハボック少尉」
ああ、そういえばここは3階だったな、と思ったところで、はぁと肩を落としてハボックはロイ子の顔を見返した。
「あんたまた、縄橋子を錬成したんですか」
「上手いものだろう」
ふふん、と鼻で笑うとロイ子は両腕をハボックに差し出してきた。
ハボックはその華奢な身体を抱きかかえ、室内に連れ込む。
軽やかにロイ子が着地したのを見届けて、ハボックは縄梯子を回収して窓を閉め、カーテンを引いた。
何故だか知らないが、ロイ子はハボックの部屋を訪ねてくるとき、時折こうして窓からやってくる。「秘密の関係っぽくていいだろう?」と本人は無邪気に笑って答えたが、確かにあまりあけっぴろには出来ないことだから仕方がないとはいえ、やはり釈然としない。しかもよりによって、今日やってくるとは。
昼間、執務室の影から零れていた甘い声を思い出しながらもハボックは振り向いた。
「なっ・・・」
「Trick or Treat!」
真っ黒なマントはお約束のように裏は赤。
それを得意げに片手で持ち上げた中は、淡いピンクのレースがたっぷりと使われたロングドレス。その裾からは・・・何故か黒くて長い尻尾が顔を覗かせていた。
「Trick or Treatだぞ、ハボック!」
こんどは腰に両腕を当てたポーズで、ロイ子はえへんと胸をそらした。
頭には、やはり何故か黒いネコミミが付いていた。
「・・・・・・」
「何だ、ハボック。まさかハロウィンを知らんわけじゃあるまいな?」
「知ってるっスよ、それぐらい」
「うむ、なら異存はあるまい。ほれ、Trick or Treat!」
「だからそうじゃなくて、大佐、その格好は何っスか?」
うん、とハボックの問いかけにロイ子はアゴに人差し指をつけて小首をかしげてみせた。
「事務員一同からのプレゼントだった」
「はいっ?!」
「今日のハロウィンの催しに何の仮装しようかなーと言っていたら、くれた」
「それをっスか」
こくん、とロイ子は頷く。
「今時の吸血鬼はこういう格好をしているそうだ」
マントを両手で広げると、くるんとその場で一周してロイ子はにっこりと微笑んだ。
耳もなんだかへにゃーと垂れているのは気のせいだろうか。
ハボックはそっとロイ子の頭の上にあるネコ耳に触れてみた。
(柔らかくて暖かい・・・・・・って?!)
ふんわりとした猫毛にこりこりとした感触がする・・・・・。
「な、何をするハボック!!」
両手でネコ耳をかばったまま、勢いよくロイ子は後ろに下がって身構えた。
それこそ、ネコが毛を逆立てて身構えているような格好に似ている。
「大佐、ひょっとしなくてもその耳と、あとしっぽは・・・」
「つけた」
絶句したハボックにロイ子はこう答えた。
いわく、プレゼントでもらったネコ耳カチューシャはつけたら頭が痛くなってきた。
しっぽは可愛くない。ならつけちゃえ!と思って錬成した、と。
「今晩だけだ。結構評判よかったんだぞ?
女の子たちも兵士たちも可愛いといってくれたしな」
「あんた、その格好で出歩いたんですか」
「そうだが。日頃の労をねぎらって何が悪い。まるで中尉みたいなことを言うのだな」
「そりゃそうっスよ」
可愛い。確かに可愛い。
童顔なのが幸いしてか、いい年なのに猫耳も少女趣味なピンクのドレスもよく似合う。
だが大佐の威厳も何もあったものではない。
「よく中尉が許してくれましたね」
「まさか。バレて散々しぼられたよ。ねこみみ引っ張られるし、服も脱げ脱げと引っ張られるし。耳と尻尾が取れないと分かったら、諦めたらしくて
「せいぜい慰安に勤しんで下さい」と部屋を追い出された」
「・・・そうだったんですか」
にやにやと笑うハボックを気味悪そうにロイ子は見ていてが、ごほんと軽く咳払いをしてハボックにもう一度高らかに告げる。
「まぁそういうわけだ、ハボック。Trick or Treatだ!私は今、大層空腹を覚えて仕方がないのだ」
「Yes,Sir! とはいっても、パンとかぼちゃのスープとかぼちゃプリン程度っスが」
かぼちゃプリンの言葉に、ロイ子のネコミミがぴくんと動く。
暇つぶしにレシピの開発をとちょっとこった飯を作っていてよかったと、ハボックは思った。
実はハロウィンなんてことは、全く頭になかったのだ。
「生クリームはついているよな?」
「ういっす」
ロイ子は満面の笑みを浮かべた。
「流石は私のしもべ!!!」