秘密の恋人
>216氏
士官学校予科に入学して、初めての休日。
僕を再婚相手と会わせたいという母の誘いを断って、僕は制服姿でお父さんのお墓へ向かった。
今日は、お父さんの月命日にあたる。
そんな日に、僕を新しい男に引き合わせようとする、母の気持ちがわからない。
僕にとって、お父さんはマース・ヒューズしかいない。
どんなに優しくていい人でも、僕がお父さんと呼べるのは、一人だけだ。
花を買って、墓地の中を歩いていくと、人影が見て取れた。
父の墓石の前で、黒いコートを手に軍服に身を包み、佇む女性がいる。
ロイ子さんだ。
子供の頃、父の命日に母に連れられて墓参りに来ると、必ず、真新しい白い百合の花がそなえてあった。
母はその花を捨て、かわりに自分が買ってきた花をそなえていた。
あの日記を読むまで、僕は、何故、花が好きな母がそんな事をするのかわからなかった。
母は母なりに、ロイ子さんに嫉妬していたのだと、今ならわかる。
「悪いのは、私なんだ」
僕に抱かれた後で、ロイ子さんは悲しそうに呟いていた。
違う。
一番悪いのは、二股をかけてたお父さんだ。
だから、母がお父さんを忘れたいと思うのは、無理もない。
でも、そしたら、僕は何処にいけばいい?
お父さんが、お母さんを愛してた事は、日記を読めばわかる。
それと同じくらい、ロイ子さんを好きだった事も…。
「心と身体はグレイシアとエリシ雄に、魂は、ロイ子、おまえのものだ」
お父さん、僕があなたの日記の中で、この言葉を見つけたとき、どれほどショックだったかわかりますか?
精神と肉体と魂がなければ、人とは言えない。
僕が大好きだったお父さんだは、魂の抜け殻だった。
お父さんは、ロイ子さんに魂をささげ、僕たちの前から消えた。
そして、ロイ子さんは、未だにお父さんのお墓の前にいます。
お父さんは、満足ですか?
僕は、貴男を一生、赦せそうにありません。
「よう、久しぶりだな、ロイ子!」
お父さんの口調を真似て、声をかけてみた。
「ヒューズ?!」
振り向いたロイ子さんが声をあげ、ハッとして口元を抑える。
「こんにちは、ロイ子さん」
「…エリシ雄君?」
「ふふふ、似てたでしょう?」
「あ、ああ」
「古参の教官達にも受けがいいんですよ、これ」
動揺して胸を押さえているロイ子さんの頬、薄ほんのり染まってる。
本当に、お父さんの事が好きなんだね。
死んだ人なのに。もう、どこにもいないのに。
「エリシ雄君。どうしてここに?」
「ヒューズでいいですよ。僕もヒューズなんだから」
「ああ、そうだったな」
ロイ子さんはそう言いながら、艶やかな黒髪をなでつけ、小さな溜息をつく。
「この花、いつもロイ子さんがそなえてくれてたんですね」
僕は墓標の前の白百合の花束に目を向けた。
「任務で中央を離れている時以外はな。あんまり放っておくと、寂しがって化けて出そうな気がしてね」
ロイ子さんは、そう言って優しい目をしてお父さんの墓石を見つめる。
「ヒューズは、昔から賑やかなのが好きだったから。退屈してるだろうと思って」
僕はふと、三歳の時のバースデーパーティーを思い出して泣きそうになった。
あの時は、僕が知らない人までうちに来ていたっけ。
でも、あの時でさえ、お父さんは心のどこかでロイ子さんの事を考えていたんだ。
お母さんは、それを知っていたからあんな男と結婚しようとしてる。
ロイ子さんは、この辛気くさい墓の前に、お父さんとの過去に縛り付けられたままだ。
「こんな馬鹿親父、退屈させとけばいいんだ!!」
「エリシ雄君?」
「何が、心と身体はお母さんと僕にだ。魂は、ロイ子さんに…だ。死んだらおしまいだろ!」
「エリシ雄!」
持っていた花束を墓標に叩きつけた僕を、ロイ子さんが咎める。
「違うの? 墓石がロイ子さんを抱きしめてくれる? 僕がしたみたいに、ロイ子さん抱きしめてくれるのかよ!?」
「エリシ雄!」
「もう、あんな親父の事なんて忘れろよ! ヒューズは俺だけで充分だろ!」
そう言って、僕は力一杯ロイ子さんを抱きしめ、無理矢理、唇を奪った。
「やめろ! ヒューズの…お父さんの前でッ…んウッ!!」
嫌がって、頑なに閉じる歯列を舌でなぞりあげる。
おまえは、もう、お父さんの女じゃない。俺の女なんだ。
「やめろ! よせ!」
力づくで芝生の上に押して、スカートの中へ手をつっこんだ。
ガータベルトじゃない?
ばたつく脚を膝で押さえ込み、パンストを破いて、ショーツの上からロイ子さんの女を嬲る。
「やめろッ!!」
頬で派手な音がはぜた。
「君は、親の墓の前で、何を考えているんだ!」
痛む頬を抑え、僕は笑って見せる。
「ロイ子さん、見られながらするの、好きなんでしょ?」
「なッ!?」
「東方司令部の執務室、窓辺でした時、いつも以上によく締まったって。窓ガラスにおっぱい押しつけて、バックからしたんだろ? おまんこに僕のお父さんのを銜えて、お尻の穴を指でほじられて、よがりまくってたんだって?」
「し…知らない! 一体、なにを…」
「日記に書いてあったよ。外から見られてるって言ったら、潮を吹きながら失神したって」
「ち…ちがう…」
「久しぶりに、お父さんに見せてあげてよ。ロイ子さんのHな顔」
「息子の僕からも、お願いするよ」
「や…やめ……いっ、いやぁ!!」
力任せに制服の前を開き、ワイシャツ越しに胸を掴む。
「嫌って言いってるわりに、ちゃんと乳首は立ってるんだね」
「エリシ雄、やめなさい! やめないと…」
「なに、墓地の外で待ってる部下のお姉さんを呼ぶの? こんな恥ずかしい恰好してるのに?」
ワイシャツのボタンが弾け飛び、白い下着が露わになる。
「へえ、今日は白なんだ。お父さん、白が好きだったものね」
レース越しに乳首に歯をたてると、ロイ子さんは小さく声をあげた。
「服の上からじゃ見えないのに…。それとも、ここで脱いで見せる気だった?」
「馬鹿な事を! いいから、やめッ…あぁッッそ…そこはぁ!!」
ショーツの裾から中へ、僕は指を滑り込ませ、硬くふくれあがったクリトリスを摘んだ。
「だッだめッ! あぁッ弄らないでッェひぃッ!!」
敏感な場所をこね上げられ、背中を反らし腰を浮かす。
「やっぱり、ここを弄られると弱いんだね、ロイ子さん」
ここを責めた方がよさそうだ。
僕は胸を諦めて、ショーツを横にずらしてロイ子さんの割れ目をひろげた。
黒い陰毛に縁取られ、赤く熟れたその場所は、膣穴から溢れ出す汁でずぶ濡れだ。
僕は躊躇せず、舌を這わせて汁を舐め取り、腫れあがったクリトリスに吸い付いた。
「ヒッヒィッ! 吸っちゃいやぁ〜〜〜ッ!!!」
吸うのが嫌なら、唇で挟んで左右に振ってみた。
「アアッあッやぁッ!」
今度は舌で弾いて、舐め回してやる。
「だ…めぇっだめぇ…あっ…ヒューズッ…み…みないでッいックッ……!!」
身を震わせたかと思うと、どっと愛液が溢れ出してきた。
あーあ、ロイ子さんったら、とうとうお父さんのお墓の前でイッちゃったよ。
見てた、お父さん?
あなたが愛した女は、自分の愛人の息子の舌でイクような淫乱女なんだよ。
僕は心の中でそう言いながら、快感の余韻に浸ってグッタリしてるロイ子さんの口に、自分のをねじ込んだ。
「うッウブッ!!」
強引に突っ込んだにも関わらず、歯は立てない。
そのかわり、ロイ子さんは夢中で僕のをしゃぶり始めた。
「どう? 愛する男の墓の前で、そいつの息子のちんちんをしゃぶる気分は」
聞いてもロイ子さんは、僕のものを両手で支えて舌を這わせ、舐め回すばかりで答えようとしない。
「僕のちんちん、そんなに美味しい?」
ロイ子さんは銜えたまま、僕を見あげて頷いた。
「おまえ、お父さんの事が好きじゃなかったのか! ちんちん銜えられたら、誰でもいいのかよ!」
頭に来て僕はロイ子さんの顔を押さえつけ、無理矢理、腰を動かした。
「ほら、おまえが好きなちんちんだ! たっぷり味わえ!!」
「おぐっウェホッ! ゲホッ! ムゥウウッ!!」
どんなに咽せても許さない! この淫乱女め!
苦しいのか顔を左右に振って僕のを吐きだそうとする。
ロイ子さんは、美しい顔を唾液と僕の体液で顔中ドロドロにしながら喘ぐ。
その姿が、僕を残酷にさせる。
僕はロイ子さんの口から自分のを引き抜き、腕を掴んで起こすと、お父さんの墓石に手をつくように言った。
「エ…エリシ雄君、何を…?」
「お尻をつきだして、いやらしくおねだりしなよ」
「…えっ?」
「お父さんの前で言うんだ。『私は貴男の息子のちんちんが欲しくてたまりません。おちんちんを入れてくださ
い』って」
「そ、そんな…」
「嫌なの? じゃあ、言いたくなるようにしてあげるよ」
僕はロイ子さんの膣穴に、指を2本突っ込んだ。
ロイ子さんの柔穴は、簡単に僕の指を飲み込んで、放さないように肉襞が絡みついてくる。
相変わらず、ロイ子さんの中は熱い。
まるで溶鉱炉だ。
この熱くて柔らかい肉の中に入れば、僕は一瞬で溶けてしまう。
『焔』の銘は伊達じゃない。
早くロイ子さんと一つになりたい。
でも、今は、まだ駄目だ。
ロイ子さんに思い知らせてやらなくちゃ。
今のロイ子さんの男は、僕なんだって。
指で汁をかき出しながら、僕はロイ子さんが入れて欲しいと頼んでくるのを待っていた。
だけど、ロイ子さんは腰を振るばかりで、業を煮やした僕は指を引き抜いた。
「ああッ!」
「さあ、言えよ。『マースの息子のおちんちんが欲しい』って」
ロイ子さんは、悲痛な目をして僕を見あげた。
それから俯いて、唇に笑みを浮かべ、溜息をついた。
ようやくロイ子さんの中に入れると、胸が高鳴る。
だけど、ロイ子さんは僕を求めたりはしなかった。
お父さんの墓石にしがみつき、自分で自分を慰め始めたのだ。
「見て……マース…私のいやらしい姿を…見て……」
お父さんの名を呼び、そなえた百合の花を踏みつけにして、墓石に額をつけ喘ぐ姿に僕は見とれた。
普段のロイ子さんからは想像できない程、淫らな姿だった。
「ほら、もうこんなにグチョグチョで…ここに…おまえのが欲しくてたまらない……私をこんな身体にして……どう
して…どうして、一人で逝ってしまったんだ!!」
太腿にパンストの残骸をまとわりつかせ、白い尻を剥き出しにし、自ら大きな乳房を揉みし抱く。
乳首は極限まで尖り、二本でも足りないのか、三本の指を突っ込んだ場所からは、指を出し入れする度に、愛液が地面を濡らす。
「おまえのが欲しいッ…ずぶずぶ掻き回されて、お尻の穴をほじってほしいのッ! 私をもっと…おまえ好みの…い
やらしい女にして欲しかったのにッ……ああッ!!」
熟し切った身体を持て余し、腰を高くあげて胸を地面の墓石に押しつけた。
「マース…気持いい……おっぱいが…冷たくてきもちいい……わかる?…私…いま…おまえの上に乗ってる…」
胸を墓石に押しつけ、大きな尻を剥き出しにして、はしたなく振り立てながら、ロイ子さんは甘い声でお父さんの名前を呼ぶ。
「マース…私…イッてもいい? おまえとおまえの息子に見られながら…イッても…いい?」
ロイ子さんは、幸せそうだった。
閉じた瞼の向こうには、お父さんがいるに違いない。
お父さんがいなくなって、もう十年以上になるのに、この人の中には、まだお父さんが生きているんだ。
「いッいくのッ! マースッ! 私…私ぃッ…おまえとッおまえの息子の前でッ……いっちゃうッッッッッ!!!」
か細い悲鳴が、青い空に散った。
自分の指でいってしまったロイ子さんは、お父さんの墓石に甘えるように身体を預けて目を閉じた。
踏みしだかれた白い百合の花と冷たい石の上で、満足げに微笑む彼女の姿は、あまりにも淫靡で、清楚で、僕の胸を締めつける。
お父さんが死んで十年以上、誰とも結婚せず、一人でいたロイ子さん。
お母さんは、お父さんを忘れて、他の男と別の幸せを掴もうとしているのに…。
その気になれば、ロイ子さんだって他の幸せを見つけられた筈なのに、どうして、そんなに幸せそうな顔をして、死んだお父さんのそばにいるの?
お父さんは、あなたの愛したマース・ヒューズは、どこにもいないのに。
恐る恐る、僕はロイ子さんの頬に触った。
涙に濡れた頬が冷たくて、僕はたまらなくなってロイ子さんを抱きしめる。
「エリシ雄…」
ロイ子さんが、僕を呼んだ。
「ロイ子さん…?」
「あれで…、あれで、よかったかな」
「えっ?」
「ヒューズに…マースにいやらしい顔を見せてやれって…言っただろう?」
「あ…」
「私は、ちゃんと、いやらしい顔…してたかな…?」
「ええ」
「ヒューズや君にあんな姿を見られるなんて、恥ずかしいな」
あれだけの事をしておきながら、ロイ子さんは少女のようにはにかんだ。
「恥ずかしかったら、しなきゃいいのに」
「君がやれといったんだろう?」
「僕のせい?」
「そうだよ。私はちゃんと君の言いつけを守った。ご褒美はもらえるんだろな?」
「ご褒美、ですか?」
「そう。これが欲しいんだ」
そう言いながら僕のものを弄り始めたロイ子さんに、僕は敗北を悟った。
「はしたないよ、ロイ子さん。お父さんが見てるのに」
「見てるから…欲しい。私みたいないい女を、独りぼっちにしたアイツに、思い知らせてやりたい」
「淫乱の間違いじゃないの?」
「そんな酷いこと、言わないでくれ…」
「いいの?」
ロイ子さんは、黙って頷いた。
僕は覚悟を決めた。
お父さん、やっぱり、あなたが愛した人は、僕が貰います。
魂だけじゃない。僕はロイ子さんに僕の全てを捧げるんだ!
「アアッ凄いッ!! はっ挿ってくるゥッ!!」
一気に突き上げると、ロイ子さんは歓喜の声をあげ、僕の腰に脚を絡めてきた。
「どう、ロイ子さん、気持いい?」
「いい…いいのぉ…エリシ雄君の硬いのがッお腹の中でピクピクしてるのッ!!」
肉の襞という襞が僕を締め上げてて、さざ波のように波打つ。
奥へ奥へ、吸い込まれそうになる。
僕は精一杯抵抗して腰を引いた。
「あッくぅううンッ! おまんこ擦れちゃうッ!!」
「駄目だよ。お父さんが聞いてるよ…」
「あ…ああ、だって…私をこんなにしたのは…君の…お父さんだからッ…ヒッ…!」
「うそつかないでよ、ロイ子さん。はじめっから変態のくせに!」
「や……違うッ…わ…私はッこんな事……あっそこあ…ああやぁッ!!」
「こうして突き当たりに擦りつけられるの、好きなんだよね?」
「もう…ゆ…ゆるしてェッ!! 気持ちよくてッ奥がッ変にな……はッ……ひぃんッ!!」
「僕も気持いいよ…こうすると、先が吸われてるみたい……んッ!」
「好きに…動いて……もっと、私でッ気持ちよくなって…ッ!!」
そう言われて、僕は乱暴に腰を使い始めた。
肉と肉がぶつかり合う音が、静かな墓地に響き渡る。
人がくれば、僕たちがしている事は一目瞭然だ。
僕はともかく、ロイ子さんは身の破滅になりかねない。
なのに、大きなおっぱいを揺らして、涎を垂らして嬉しそうに喘いでる。
僕は揺れるおっぱいを掴むと、一気に追い上げに入る。
ロイ子さんの中は、ますます熱を帯び、僕を絞り上げた。
「ああッエリシ雄ッ…きてッきてッ…中に出してッ! エリシ雄でッ私をッいっぱいにしてェ!!」
言われなくても、僕は奥まで突き上げると、そのままロイ子さんの中に全てを注ぎ込んだ。
ロイ子さんの言葉通り、一滴残らず僕のを吸い出そうと蠢動を繰り返す。
こんなに気持ちよくて、いいのかな…。
お父さん、あなたのロイ子さんは、最高の女性です。
ことが終わって冷静になると、罪悪感と虚しさが押し寄せてきた。
ロイ子さんはバッグからティッシュを出して、僕が出したものを拭うと、予備のストキングに履き替えた。
そして、スカートの埃を叩いておとし、ボタンが飛んだワイシャツや制服の上着をかきあわせてコートのボタンをとめると、軽く髪とメイクを整えた。
身なりがきちんとしてくると、ロイ子さんは、いつものロイ子さんの顔に戻っていく。
そして、僕は親離れできないわがままな子供に戻っていった。
僕は墓石についた体液を拭いているロイ子さんの背中を見つめ、かける言葉もなく立ちつくしていた。
この人にも、お父さんにも、勝てない。
ロイ子さんが好きなのは、僕じゃない。
切なくて、泣きそうになった時、ロイ子さんがポツリと言った。
「私がヒューズに貰ったのは、魂なんかじゃない…」
「えっ?」
「ヒューズが死んだ時…」
ロイ子さんは立ち上がり、お父さんの墓石を見つめたまま、ポツリ、ポツリと話し始める。
「ヒューズが死んだ時、私はこの場所で、懸命に人体錬成の理論を組み立てていた」
「…」
「もし、あいつが私に魂を託したと言うのなら、私は迷わず、あいつの魂を錬成しただろう」
「でも、それは禁忌なんでしょう?」
「禁忌なんて関係ない。人の魂を錬成し他の物質に定着させた例はある。やろうと思えば、私にも出来たかも知れない。だが、魂だけの存在になるという事は、人としての五感を失うことを意味する。あいつにとって、君は全てだった。たとえ、魂の再構築が出来たとしても、ヒューズは君を抱きしめる事も、キスすることもかなわない。私はあいつをそんな状態にしたくなかった」
「ロイ子さん…」
「この身一つなら、迷わず人体錬成を行っていただろう。失敗してもヒューズの所へ行ける。でも、それをしなかったのは、大切な約束があったからだ」
「約束?」
「ああ、何があっても大総統になるという、約束だ」
そして、ロイ子さんは、約束を果たした。
それがどれほど過酷な道のりだったかは、想像に難くない。
でも、僕にはそんな約束すらする暇もなく、お父さんはいなくなった。
僕は、一人になってしまった。
「僕は、ロイ子さんが羨ましい。お父さんは、僕にはなにも遺してくれなかったから…」
「何を言う。君は奴のエロ日記を持ってるだろう」
「あんなの、むしろ遺して欲しくなかったよ! 親のHの様子とかわかっても、嬉しいわけないでしょう!」
「もの凄く活用してるように見えるんだが?」
「使えるものは使いますよ! 見せられ損なんてまっぴらだ! 大体、あの日記を読んだのだって、お父さんが何か、僕の事を書き残してるかと思ったからで…」
そうだ。書いてあるのはHの感想ばかりで、僕の名前なんて、受胎日や妊娠中のあんなことやそんなことの時くらいしか出てこなかった。ありえないだろう、親として。
「グレイシアさんは、君には何も渡さなかったのか?」
「お父さんのものは、書斎にあるだけだって。それも、もうすぐ引っ越すからって、片づけられちゃいましたけど」
「そうか」
ロイ子さんは顎に手をあてて、少し考え込み、僕に言った。
「今日は学校は休みだったな」
「はい」
「では、一緒に来なさい。君にヒューズの遺産をあげよう」
「お父さんの…遺産? なんですか?」
「来ればわかるよ。さあ」
意味深な笑みを浮かべ、ロイ子さんは僕を連れて中央司令部へ向かった。
仕事があるロイ子さんと別れた僕は、ロイ子さんの部下の人に案内してもらって、司令部内を一通り見学する事になった。
昼食を取り、午後になってようやく辿り着いた大総統府の応接室で、僕はロイ子さんと再会した。
「どうだ、エリシ雄。楽しかっただろう?」
「っていうか、どうしてみんな、僕が知らない僕の事を知ってるんですか!?」
「んっ、何かあったのか?」
「父の戦友や仕事仲間や知り合いはともかく、売店や掃除のおばちゃんとか食堂のおじさんまで、僕の事を知ってましたよ!
行く先々で人に囲まれるし、僕は人寄せパンダですかッ!?」
「恨むなら、君の父上を恨みたまえ。食堂と売店と通信室は奴の恰好の餌場だったからな。あそこいらの古参で、君の事を知らない者は潜りだよ」
「餌場って…」
「恰好の我が子自慢スポットという意味だ。あいつは当たるを幸いに、誰彼関係なく君の自慢をしまくってたから」
なんだか僕はとても疲れてしまいましたよ、お父さん。
「仕事しろよ、馬鹿親父!」
「仕事はしてたぞ? あいつの仕事は情報収集だ。顔見知りが増えれば、情報源も増える。まあ、あいつの場合、単に息子自慢がしたかっただけだろうけどな」
「どっちなんだよ」
「でも、ヒューズを悪く言う者は、一人もいなかっただろ?」
「はい。皆さん、とてもよくしてくれて…。僕が知らないお父さんの話を、いろんな話をしてくれました」
僕はお父さんの話をしている人たちの、嬉しそうな顔を見ながら、ふと三歳のバースデーパーティーを思い出していた。
お父さんがいて、お母さんがいて、あの頃、僕は幸せだった。
お母さんがあの家を引き払い、再婚相手の所に行ってしまったら、もう二度とあんな幸せは戻ってこないのだと、僕は思っていた。
「形あるものは、いつか壊れる。だが、人の思いだけは消えない」
「…」
「今日、君に話しかけた人たちの言葉や思いは、ヒューズが君に遺したものだ」
「…はい」
「君がいるべき場所は、ここだ。お父さんを越える、立派な軍人になりなさい」
「はい!」
小さな頃、真夜中、ドアが空く音で僕は目を覚ましていた。
寝たふりをしていると、家に帰ってきたお父さんが、いつも僕の頭を撫でてくれていた。
もう、あの頃には戻れない。
今度は、僕が誰かの頭を撫でて、キスしなくちゃいけないんだ。
「ロイ子さん。僕、家に帰ります」
「ん?」
「今日、母の婚約者が家に来るんです。会って、きちんと話してきます」
「そうか。では、誰かに送らせよう」
「いえ、一人で帰れますから。それから…」
「なんだ?」
僕は必ずあなたを幸せにするから…と言おうとしてやめた。
まだ、僕には、それだけの力はない。
「今日は有り難うございました! 大総統のお心遣いに報いる為にも、誠心誠意、頑張ります!」
「ああ、期待している」
覚えたての敬礼をすると、ロイ子さんも敬礼で返してくれた。
終