産声
>861氏
「鋼の」
呼ぶなって言うのに。
「鋼の」
背中にぴったりと張り付いて、どんなにもがいても取れない大佐の身体から。
自分と同じくらい早い、心臓の音が直接伝わってくる。
柄でもないくせに。
こんな風に、一人に執着して。
とろけるほどに甘く優しく柔らかい笑みをして。
鼓動を早めるだなんて。
あんたの柄じゃない。
「鋼の」
「呼ぶなって」
言っているのに。
所詮俺は。
あんたが好きな柔らかさを、身体の半分から捨てた。
鋼でしか、ないのだから。
女だと知られず旅をしてきた。
子供の上女だとばれてしまえば、世間の待遇は冷たさを増す。
特に治安の悪い町では、それが顕著に現れるだろう。
優しい弟には始終心配をかけてしまっている。
少しくらいその負担を軽くしてやるのも、姉の、否、兄の務め。
元々男の名前を授かっていたし。
女の子らしい仕草が苦手だったため、その部分では楽だった。
全てを燃やしたあの日から。
エドワード・エルリックと言う、女は。
いなくなったはずだったのに。
国家試験を受けた帰り道。
アルフォンスの待つ宿に帰ろうと。
この道に引きずり出したいけ好かない中佐、いや、今では大佐か。
それと美人の、大佐の片腕であるホークアイ中尉と別れるときに。
ああそうそう、君ね、と声をかけられた。
「それで隠しているつもりなのかね」
「はあ?」
脈絡も何もないその台詞に、顔を思い切り顰める。
そんな台詞を言った上司の顔を、ホークアイも不思議そうに見上げた。
周囲をきょろきょろと見回し、特に人がいないのを確認すると。
ロイはゆっくりと、細く長く、ため息を付く。
「女性という事を隠したいなら、まずもう少し筋肉を付けなさい」
子供とはいえ、見る者が見たらすぐにばれてしまうよ。
「…っ!」
驚いたのは自分だけではなかったらしく。
ホークアイまでもが、とても驚いて自分を見ている。
「…女の子?」
「ち、違う!でたらめだ!」
咄嗟に反論したけれど、これでは認めているのと同じだという事に、正直気づいていなかった。
どこでばれた。
今まで、何もおかしなことなどしていなかったはず。
現に中尉だって分からなかった。
ぐるぐると思考が回り始めた瞬間。
目の前の、男が。
今まで見せたこともないほど。
柔らかく微笑んで。
綺麗に綺麗に、微笑んで。
「君は、とてもかわいいからね」
言葉をかけた。
女なんて、とても不便で、体力は付かなくて、力はなくて、弱くて。
アルフォンスに喧嘩で負ける度、誰よりも背が負けていると分かる度。
いいことなど一つもないと、昔から思っていた。
母がなくなってからずっと、弟を守ろうと必死で。
強くなりたかった。
誰よりも誰よりも、強くありたかった。
だから女を自覚する瞬間というのは、自分にとって苦痛でしかなかったのに。
何だというのか、この感情は。
抱いてはいけない、俺はこの先、男として人生を歩んでいく。
どこかで警笛ばかりが鳴り響く。
だけれど、それとは違うどこかで。
女の自分が、小さく。
か細く。
好きだ、と。
声を上げてしまったのを。
聞いてしまった。