光と傷と忘れもの
>589氏
ダブリス行きの列車に乗ったのは、あの旅立ちの日と同じ、茜色の残る綺麗な宵の時刻だった。何も変わらないように見えるのに、世界は僕をとり残したまま4年の歳月が流れている。
そして僕の隣には、僕の側に必ずいなきゃいけない姉さんの姿がない。僕の全て。僕の最愛の人。僕の命そのもの。
もちろん僕は、ウィンリイやロゼに馬鹿みたいに姉さんの話を聞きまくったし、旅の間に知り合ったらしいトリンガム兄弟とやらと連絡取ったりして、失われた4年を必死に取り戻そうとした。
世界に散らばる僕達が歩いた証を集め、懸命に繕っても、想像の域を出ない僕達の4年を。
(姉さん、あなたも馬鹿な人だね…)
僕は多分4年前のあの日に、とうに死んでいたなだ。それなのに亡霊となっても、醜い鎧姿を晒して姉さんの側から離れなかったんだんだろう。
そして僕が肉体を復活させる為に必要だった対価は、僕の希薄な命より、僕の中の大切な姉さんの記憶。そして何より大切な、姉さんあなた自身。
(ほんとうに…馬鹿なんだからっ…)
一人でいると、二度も命を賭けて僕に「ここにあれ」と願ってくれた姉さんを想い、僕は知らず涙でぐちゃぐちゃになる。
負けず嫌いでワガママなのに、壊れそうな心を持つ美しいひと。
その繊細な心で精一杯虚勢を張る、はりつめた細い首筋を見る度に、僕は早く大人になりたいと思った。
大人になって、強い男になって、好きな女を守りたかった。僕はそれだけしか望んでなかった。
母さんを錬成させた時ですら「姉さんがそれを望んでたから」だった。
ただそれだけだったのに…
(会いたいよ、姉さん。今どこにいる?)
そして僕はまたここにいる。愛する人を取り戻す為に、錬金術に全てを賭ける。
ともすれば失ないそうな姉さんのイメージを刻みつけたくて、僕は先生に間借りしている部屋の壁じゅうに姉さんの名前と姿を描いた。
姉さんの目の色、髪の色。笑う時の癖、寝相の悪さ。そして僕しか知らない筈の姉さんの女性の部分。
そう、僕らは普通の姉弟ではなかった。
あの時、既に最初の禁忌を犯していた。
元々、小さかい時からスキンシップの類が多かった危ない姉弟だったんだけど、一線を越えてしまったのはやはり母さんの突然の死の後だった。
姉さんは夜中に僕が冷たくなってやしないかと、何度も僕の体に手さぐりで触れてくる。
僕も嬉しくて、自然にお互い抱き合って眠る癖がついた。
当時僕はまだ精通もなく、セックスが具体的にどんなものか知らなかった。それでも姉さんの暖かく柔らかい胸を触っているだけで、胸が熱くなり、お腹中の底が轟くようにうずいた。
触れあっている時、姉さんは僕の目を見ようとしない。長い睫毛が伏し目がちに金の瞳を覆っているのを見ると、奮い立つような気分になる。
その度、自分が男なんだな、と強く思い知った。
姉さんだらけの落書きの部屋で、姉さんの残した着替えを床に敷き、姉さんの匂いに包まれながら自慰をする僕は、端から見れば気狂いなサイコ野郎なんだろう。
それでも僕はそうしていないと、姉さんの手の感触を、姉さんの未熟な膣内の心地よさを忘れ去ってしまいそうだった。
(これは本物の記憶だよね…作りものの記憶なんかじゃないよね…?そうだよね、姉さん…)
忘れない。忘れない。忘れない。