父と娘
| ゚Д゚)ノ 氏

娘がやってきた。
これからは一緒に暮らせる。離れて何年になるだろう、チビだったのに、すっかり娘らしくなって。
いや、今もチビといえばチビの部類か。胸は、妻に似なかったようだ。
異世界に来て、さぞ心細いだろうと聞けば、そんなことはないと言う。
悲願だった、弟に生身の体を取り戻してやることができたから、自分はもう何も要らないと言う。
何も望まない、だから辛さも寂しさもない、ただ淡々と生きていくのだ、と言う。
まだ10代も半ばの、本来なら花のような乙女だろうに、右腕と左脚には義手義足が食い込んでいる。
機械鎧のようには動かない。小さな体の娘には、厳めしく重すぎる義手義足。
せめて温めてやろうとするが、構うなと拒否された。

この世界のこの国は今、戦争の真っただ中にある。もし、また街が襲撃されたら。
娘は走れない、それどころか、杖なしでは歩くことさえままならないのに。
娘を安全な場所へ、せめて空襲の危機に直接さらされることのない所へ、移動させなければ。
今は私が抱いて走れる、だが、それもいつまで可能か。この腕はじきに腐り落ちる。
これまでに得た知識を時の権力者に提供することで、どうにか娘の安全を確保した。
それは即ち、戦争に加担し多くの人命を奪う手助けをしたことになる。
娘のためなら何にでもなろう、何でもしよう。どうせ既に人外の存在、今さら構うものか。
郊外の小さな民家に、娘を抱えて移動する。娘を最後に抱き上げたのは、いつだったか。
最愛の女性が産んでくれた、最愛の娘。生まれた時は、どれほど嬉しかったことか。
娘は可愛かった、それはそれは可愛らしかった。親馬鹿でも、娘は本当に可愛かった。
だから、ずっと側において、ずっと構った。娘は疲れて弱り、熱を出して寝込んでしまった。
あの時ばかりは優しい妻も笑顔で激怒し、それ以来、何となく娘に遠慮するようになった。
間もなく息子が生まれた。息子もそれは可愛かった、だが、やはり構うのは遠慮した。
寂しさを打ち消そうと、研究に没頭した。妻は、そんな私を理解してくれていたように思う。
やがて子供たちが成長し、さあ遠慮なく構おうとした矢先、私の体が腐り始めた。
こんな体で、最愛の妻や子供たちに触れるはずがない。身を引くしかなかった。
どこにいても、私の家族のことを考えない日はなかった。会いたかった。
これが罰だと思った。今まで己がしてきたことに対する罰。会えないのも仕方がなかった。

娘は当初、動けなくなったら困るといって、体力造りに余念がなく、食事もきちんと取っていた。
だが、次第に食欲がなくなり、ベッドに横になっていることが多くなった。
体調が悪いのか、生理なのかと直に聞いてしまい、拳で殴られる。娘よ、父は腐りかけなのに。
どうも違うようだが、娘が何も言わないので対処のしようがない。
幸い、物資は裏からいろいろ手に入る。欲しいものはないかと聞くが、何も答えてくれない。
医者に見せようかとも思ったが、機械鎧について詮索されるのは避けたい。
傍にいてやりたいが、たびたび政府機関から呼出しをくらうため、それもままならなかった。

今日もまた、呼び出されて赴いた。軍師ではないから、戦略を乞われても困るのに。
疲れきって家路につく。郊外の家の灯りが見えてきた頃、微かに悲鳴のような声が聞こえた。
気のせいかと思ったが、さっきより大きく聞こえる。しかも、さっきよりも鮮明に。
まさか娘の身に何かが。走りながら懐から護身用の銃を取り出し、いつでも撃てるように用意する。
入り口の扉は開いていた、そのまま駆け込む。男が数人、ベッドを囲むように立っていた。
ベッドの上には、娘が半裸で、男たちの手によって押さえ付けられている。
胸はむき出しにされ、脚は大きく開かれ、下着は右の足首にかろうじて引っ掛かっていた。
迷うことなく引金を引く。有り弾全部を打ち込んで、2人ほどが床に転がり、あとは逃げた。
ひとりは絶命していたが、もうひとりは立てないものの、意識はあるようで命乞いをしてきた。
弾はもうないので、刃物を取りに行く。生かして帰す気は、もちろんない。
合意の上だった、嘘じゃない、などと嘘をしきりに吐く。命乞いなら、もう少しまともな嘘を吐け。
一番大きなナイフを用意し、男の髪をつかんで一気に家の外まで引きずり出す。
服装から見るに、脱走兵の類いのようだ。兵役に耐えかねたのには同情するが、よくも娘を。
喉にナイフをあてると、泣き叫びながら、本当に合意だったと繰り返す。
あまりにうるさいので、さっさと突き立てて横に引いた。多少返り血は浴びたが、静かになった。
以前なら石にできたものを。もったいないが、こちらの世界では仕方ない。
家に戻り、残りの死体も引きずって外へ放る。あとで埋めるなりしよう。幸い、他に人家はない。
娘が蒼白い顔で私を見る。こんな父親の姿は、やはり衝撃が強かったか。
返り血を洗い流し、血の付いた上着を脱いで娘の傍にいく。裂かれた服のままでうつむいていた。

殺したのかと問うから、殺したと答える。お前をあんな目に合わせた、当然だ、とも言った。
未遂だったのにと、まるで庇うようなことを言う。殺すことはなかったのに、と。
遂行されたかどうかは問題ではない、やろうとした時点で既に死に値する。
しかも合意の上だなどと、つまらない嘘で命乞いをした。殺される以外、致し方ない。
娘は黙って聞いていたが、本当のことだ、合意だった、とぽつりと言った。
最初は食べる物を分けてくれと言ってきた、分けてやったら、ついでに犯らせろと言ってきた。
そこで死に物狂いで抵抗すれば、あるいは男たちは引き下がったかもしれない。
だが、承諾した。どうにでもなれという気持ちだった、そう娘は告げた。
何を馬鹿なことをと声を荒げると、どうせもう誰にも会えないのだからと怒鳴り返してきた。
もう会えないのに、貞操を貫いたところで何になる。体は疼くし下着は濡れる、馬鹿で結構。
そう泣きそうな顔で叫ぶ娘を抱きしめ、それなら、なぜ服を裂かれ押さえ込まれていたのかと問う。
抵抗したからに他ならない、本当は嫌だったんだろう? 優しく問うと、私の胸にすがってきた。
最初は確かに受け入れる気だった、でも、やはり嫌だと、やめてくれと頼んだ。
そこで男たちが止まるはずもなかったが、本気で抵抗すれば諦めてくれないかと思った。
甘かった。義手義足という枷もあったにせよ、いとも簡単に押し倒されて服を裂かれた。
下着に手がかけられた時、今まで体験してきた手とのあまりの違いにがく然とした。
あんなに愛されていたのに、今やこんなところでこんな姿で、こんな男共に嬲られるのか。
挿入されたら、同時に舌を噛み切ろうと思っていた。娘は淡々とそう言った。
きつく抱きしめ頭を撫でてやると、堰を切ったように泣き出し、会いたい、会いたいと繰り返す。
そうか、もう好きな男がいたのか。処女じゃなかったのは、父としては複雑な思いだが。
可哀相に。これは何としてでも、娘をあちらに帰そう。私には、それができるはずだ。
必ず帰してやると娘に言うと、無理を言うなと泣きじゃくった。
会いたい、でも諦めているから、覚悟しているから。泣き疲れて眠るまで、娘は何度もそう言った。

娘の体をそっとベッドに横たえ、起きないのを確認してから外に出る。
死体をとりあえず引きずって、さらに家から遠ざけ、近くの林まで運ぶ。2体もあると大変だ。
かつてなら、石にする他にも人体の用途はいろいろあった。もったいないが、埋めるか。
そこで、ふと考える。この世界は、かつていた世界と、非常によく似通っている。
ここは錬金術の代わりに機械文明が発達した、しかし、かつての世界にも列車や車はあった。
ということは逆に、発達はしなかったものの、錬金術はこの世界にもあるのでは。
そうだ、きっとそうに違いない。ならば、娘をあちらに帰す手段も、必ずあるはずだ。
心にかかったもやが晴れてきた。早くこの仮説を娘に知らせて、喜ばせてやりたい。
気持ちが軽くなると力も湧いてくる。思ったよりずいぶん早く、死体を埋め終わった。
早く夜が明けないだろうか。早く娘の笑顔が見たい。どんな声で笑ってくれるだろう。
翌朝、なかなか起きてこないので痺れを切らし部屋に行ってみる。扉をノックしても返事がない。
鍵はかかっていなかったので、声をかけながら開けて覗いてみると、まだベッドの中にいる。
すぐこちらに気が付いて、勝手に入るな等の文句を言ってくるが、どうも様子がおかしい。
近付いてみると、顔は赤いし妙に弱々しい。声にも力がなく掠れている。
差し伸べた手は何度も払い除けられたが、負けじと額に手のひらをあててみた。
やはり発熱しているようだ。最近調子が悪そうだったのは、風邪のせいだったのかもしれない。
もしくは心労で疲弊したところに、昨日の件で力尽きたか。いずれにしても安静にしていなければ。
冷やしてやろうにも氷などない、せいぜい水で濡らしたタオルを額に置いてやるのが精一杯だ。
錬金術さえ使えれば、氷を作ることなど雑作もないのに。今の私は無力だ、娘に何もしてやれない。
ただ傍にいてやることくらいしか。しかし、こんな時に限って呼び出しをくらう。
無視できればどれ程いいか。だが私は無力なのだ、愛する娘でさえ、自力では守ってやれない。
仕方なく応じるが、娘を置いて出かけるのは不安だ。昨日の連中が再びやって来たら、どうすれば。
一緒に連れて行くしかないと事情を説明してはみるが、案の定、行かないと突っぱねられる。
泣くだけ泣いたら気も晴れた、もし昨日の連中が来ても戦えると言う。確かに生気は戻っているが。
仕方ないので、体に掛かる毛布で包むように抱え上げた。生気が戻っているだけに派手に暴れる。
どうしたものか。このまま迎えの車が待つ場所まで行ったら、間違いなく誘拐犯に見えるだろう。
機嫌を取ってみようと思うものの、娘は何が好きなのかわからない。
行けばチョコレートがあるケーキがあると、菓子で釣ってみるが無視される。
絵もあるしピアノもあるし音楽も聞けると言うが、反応なし。
大きな書庫がある、好きなだけ読み放題だと言うと、やっと大人しくなった。
自分で歩いて行くから降ろせという。そうか、本が好きなのか。良いことを知った。
着替えるから出ていけと言うが、片手では不自由だろうと思い、手伝うつもりで部屋に残る。
娘は器用に義足を支えにして立ち上がり、杖を振り回して私を追い払った。
娘と共に車に乗り込み、政府関係者の待つ建物へと向かう。
行く先々で、会う人会う人が皆「息子か」と聞いてくる、訂正するのも面倒なので肯定しておいた。
女と知れると邪なことを考える輩がいるとも知れない。貧乳もたまには役に立つ。
娘を書庫へ案内してから、会議室に入る。私の得意分野は医学と理解されたようだ。
人体に関しては、確かに詳しい。しかし医学はまた別の次元の話になるのだが。
幸い、こちらの世界では脳の仕組みや神経に関する研究が遅れていたため、重宝された。
おかげで質疑応答の連続となり、なかなか解放してもらえなかったのには閉口したが。
やっとのことで、娘の待つ書庫へと向かう。娘は、一心不乱に本を読んでいた。
肩に手を置くとさすがに気が付いて、黙ってある本の頁を私に開いて見せた。
そこには、練成陣に良く似たものが描かれていて、注釈に「魔法陣」と書いてある。
魔法、あちらの世界では単なる絵空事という意味でしか使われない言葉だったが、魔法陣とは。
しかもその図は、ある程度の理論と法則を持っていた。少し直せば発動するだろう。
こんなものが存在していたのか。これは、いよいよ仮説が真実味を帯びてきた。
何冊か借りて帰ろうと、関係していそうな本を探していると、娘が手伝うと言ってきた。
熱があるから休んでおけと言っても、大人しく聞くような娘ではない。
コトリ、という杖の音に続いて、義足を引きずる音。娘が棚から棚へ移動するたび繰り返される。
そのせいで気が散っても良さそうなものだが、不思議と安心してしまう。
独りではないのだとわかるからか。我ながら笑える、今さら人恋しいとは。
朽ちていく手が冷たい。外気温のせいもあるだろう、もう肌寒い季節になった。
今も目蓋に残る。暖炉の前に佇む妻と、その腕に抱かれて眠る息子と、傍らで遊ぶ娘の姿。
もう、どこにもない。元の世界に戻れたところで、その風景は永遠に失われた。
それを知った時から、私は深く絶望している。だが娘のことを考えていると、絶望は影を潜める。
この子が幸せになれるなら、私は何を代価として捧げようと構わない。
家に帰りついたと同時に本を取り上げ、薬を飲んで寝るように、一応言ってはみた。
今さら父親面するなと言われ、ひるんだ隙に娘は本を抱え、さっさと居間を出ていった。
確かに。今まで何もしてやれなかったからこそ、今からしてやりたいと思うのは私の我がままだ。
娘には、鬱陶しいお節介でしかないだろう。一番親の手が欲しかった時、私は傍にいなかった。
何を今さら、か。確かに、今さらだ。失った時間を取り戻せるわけでもないだろうに。
400年を生きてきたのに、このやり切れなさをやり過ごす方法を、酒以外に知らない。
この世界にも酒があって良かった。飲めば気も少しは持ち直すだろう。
裏から入手した酒をグラスに注ぐ。この酒は、妻の髪が日に透けた時の色によく似ていた。
今、妻が傍にいてくれたら、いろいろ話したいことが山のようにある。
きっと、どんな話も笑って聞いてくれただろう。トリシャ、なぜ死んだ。
晴れるかと思った気は、酒のせいでどんどん渦を巻きながら奈落の底へと落ちていく。
その時、軋む音と共にほんの少し居間の扉が開かれた。娘の目だけが、その隙間から見える。
ごめん、と小さな声がして、パタンと閉じられた。
それだけですっかり有頂天になってしまい、仮説を一気に論文として仕上げてみた。
これに、さっき娘が持っていってしまった本の魔法陣が加われば、完璧に理論が成り立つ。
そういえば、娘はちゃんと寝ただろうか。熱の具合も気になる、様子を見てこよう。

深夜なので控えめに娘の部屋の扉をノックする。返事はないが、隙間から灯りが漏れていた。
朝同様、声を掛けながら中に入る。娘はベッドの中で、ぐったりと横たわっていた。
熱が上がったようだ。薬は机の上に置かれたまま、枕元には本が散乱している。
一度何かに集中すると、他には一切気が回らなくなると、妻にはよく叱られた。
娘はどうやら私に似てしまったらしい。そこが可愛くもあり、情けなくもあり。
かなり汗をかいている、このままでは風邪が悪化してしまいそうだ。体を拭いてやらねば。
昔、小さな娘を風呂に入れてやったりしていたではないか、あれと同じだ。
そう自らを奮い立てながら、上着をそっとはだけてみれば、小さな乳房が微かに揺れた。
外気に晒された乳首が次第に立ってくる様子から、目が離せなかった。
これは人体のごく自然な生理現象であって、娘が何かを意識して反応しているわけではない。
そんなわかりきったことを頭で反すうしなければならないほど、私は焦っていた。
落ち着け、汗だ、汗を拭くのだ、タオルで拭くのだ。しかしタオル越しに娘の体の曲線を感じる。
いや、見ろ、腹にあるほくろは昔と同じだ。目の前の女体は、最愛の娘の成長した姿だ。
そうだとも、最愛の娘が熱を出して寝込んでいる、その看病を父である私がしてやらねば。
………………下はどうする。いや、下も拭いてやるべきだろう、全身に汗をかいているはずだ。
女性は特に下半身を冷やすのは良くない。娘のためにも拭いてやるべきだろう。
おそるおそる服をずり下げていると、下着が見えて、ほのかな女の匂いが鼻をくすぐった。
娘は男を知っている。この体を、男の指や舌が不躾にも這い回り、性器には男根が侵入したのだ。
許されることなのか? 人は元来そうやって繁殖してきた。十二分に許容範囲の行為だ。
とはいえ、私の娘にそんなことが許されるのか? 娘が愛した男なら、仕方ないだろう。
しかし、それはどんな男だ? ろくでもない男じゃないのか? 私が言えた義理ではないが。
私より優れた男か? 私より娘を愛しているのか? そんな男がこの世にいるものか。
膝の裏、太股の間といった汗をかきやすいところを、タオルで拭ってやる。
体が疼く、下着は濡れると娘は言った。今も濡れているだろうかと、そっと指を伸ばす。
濡れているに決まっている! 何故なら熱で全身汗だくだからだ!
危ないところだった。娘のことは愛している、それは性欲をも超越した愛情のはずだ。
私はいつか愛する妻の元へ旅立つのだ。娘と何かあったら、妻は今度は激怒では済ますまい。
悶々としていたところへ、強い衝撃を受けて昏倒する。娘が気付いたようだ。
娘よ、父は腐りかけだから、あまり強い刺激は控えて欲しい。顔を蹴るのはやめてくれ。
顔が崩れたら外出できなくなる。せっかく仮説が成り立ったところなのに。
娘が怒り狂いながら何しに来たと叫ぶので、お前の看病に来たんだと言うと、急にしおらしくなる。
ころころと表情を変えるのが面白い。こんなに表情豊かだったとは知らなかった。
着替えの場所を聞くと、クローゼットではなくトランクの中に入れていると言う。
量がないから、その方が収納に便利なのかもしれない。何となく、そうしている理由を聞いてみた。
今はまだ、あくまで旅の途中だから。いつか向こうへ帰るまで、旅は続くのだと言った。
娘の目の輝きを直視できない。帰りたいという気持ちはよく理解できる、しかし。
ここはお前の家ではないのか。私がいるのに、ここはお前にとって家ではないのか。
私が傍にいることは、お前にとって何の意味もないのか。事実、そうなのだろう。
今さら父親面をするなと言った、娘の声が蘇る。私は今さら、家族にさえなれないのか。
それも仕方ない。悲しいが、失った時間は取り戻せないのだ。
トランクの中から適当に選んで、着替えを渡してやった。娘は素直に受け取って着始める。
その隙に本を集めて持ち出そうとすると、やはり見つかって抗議された。
本なんか読まずに薬をちゃんと飲んで寝るように言う。娘は盛大にむくれたが、抗議は止んだ。
本を持ち出したついでに水を汲んできてやると、大人しく飲んで横になった。
眠りに入るまで傍にいようと、傍らの椅子に座る。気になるのか、ちらちら薄めでこっちを見る。
手で目隠しをしてやり、そのまま額から頭にかけて撫でてやると、そのうち寝息が聞こえた。
幼い頃は、寝付かせるのに一苦労したものだ。あやせばあやすほど、元気にはしゃぎ回った。
一番よく効く方法は、この腕に抱いて、外を散歩することだった。夜毎、眠るまで歩いた。
雨の日も風の日も、この腕の中で揺られていさえすれば、いつの間にか眠っていたものだ。
お前はこの手がなければ、眠ることさえしなかった。今だって、いつもより安心して眠れたはず。
私が傍にいるんだ、ここはお前の家なんだよ。
お前は決して認めないだろうけれども。

論文を完成させるため、魔法陣の解析に入る。何種類もの魔法陣を、大まかに分類する。
この地の何らかに影響を与えて効果をえるものと、異世界から何らかの影響を召還するもの。
前者は、この世界ではほとんどが科学の名の元に、実例を上げることができる。
後者は、今我々が最も必要としている類いの魔法だろう。こちらを重点的に調べる。
呼び出すものは、天使や悪魔や精霊といった絵本の中の存在のようだが、問題はそこではない。
異世界の存在を呼び出す、ということは、異世界との接点を作り出すことに他ならない。
それこそが真理の扉なのではないか。
もっと古い文献で調べてみると、召還の際には必ず生け贄を用意したとある。
これは即ち、術者が等価交換の末に死亡、別の者が扉の向こうから何かを得る、ということでは。
こちらの世界からでも、扉は開ける。私はそう確信した。
その方法さえわかれば、娘を帰してやれる。扉を開けば私は死ぬだろうが、構うことはない。
放っておいてもいずれ朽ちる身、死ねば妻にも会えるだろうし、娘は私を惜しみはすまい。
娘がいなくなった世界で、またひとり生きていくのは、想像するのも辛い。
早く娘を帰してやろう。私がこの手を離せなくなる前に。
何度も書庫に通い、父娘であらかた調べ尽くした。これ以上進むには、独学では困難だろう。
なにしろ学術書ばかりで、論文は書けても実践には程遠い。指南書が欲しいところだ。
おまけに連日呼び出され、会議の連続。夜には精神的に疲れていることも多い。
娘は、付いてきたついでに書庫で本を借りては読みふけり、少し楽し気にしている。
それだけが救いの日々だったが、ある日、娘が魔女は今でもいるのかと聞いてきた。
魔女狩りについて読んだのだと言う。実際のそれは、異端の行き過ぎた取り締まりだったそうだ。
しかし過去に魔法について研究し、魔法陣を作り上げた存在がいたのは確かだ。
そして昔から、この国には魔女と呼ばれる人々が多くいると言われているらしい。
ほうきで空を飛びはしないだろうが、異世界への扉を開く術は知っているかもしれない。
もし本当に存在すれば、教示してもらうこともできるだろう。
とはいえ、こちらの世界でも普通は絵空事の存在でしかないのはわかっている。
だが他につてもなく、会議で顔を合わせる連中に、冗談まじりに聞いてみた。
当然のように冗談として受け止められ、笑って済ませられた。自力で探すしかない。
帰り際、連中の内のひとりの男が、魔女に会いたければ森へ行けと、地図を手渡してきた。
400年生きている魔女がいるそうだ、そんなものいるわけない、と笑いながら去った。
そんなものならここにいる。森に行けば会えるだろうか。
地図にある森はひどく広範囲だった。これのどこへ行けというのか。

暇を作っては、車を借り娘を乗せて森へと向かう。運転は、理屈がわかれば簡単だった。
鬱蒼とした森を想像していたが、それは昔のことで、今は道路が造られ街も点々とある。
どの街も小さいながらそれなりに人がいて、ごく普通の生活をしているようだ。
とても魔女を連想させるような街並には見えない。やはり魔女はいないのか。
新しく訪れた街で車を留め、休憩するつもりで街に入って息を飲む。
街人らしき少女が、あまりにあの女に良く似ていたからだ。あの女が入っていた器の顔に。
娘も怯えているので肩を抱いてやりながら、少女に思わず、君は魔女かと言ってしまった。
何のことだと笑われたが、我々の態度を見て何か察したのか、こっちへ来いと誘導される。
連れて行かれたのは一件の民家。少女の自宅のようで、中には祖母らしき人物がいた。
椅子をすすめられ、娘を座らせてから傍に座る。この老女が何か知っているのだろうか。
魔女について知りたいのかと聞かれ、少し悩んだが、向こうの世界へ帰りたいのだと言ってみる。
ここで笑われたり呆れられれば、老女の昔話でも聞いて帰ろうと思ったのだが。
老女と少女は顔を見合わせ、詳しく話せと言ってきた。
事情をかいつまんで話し、返事を待つ。口を開いたのは、少女の方だった。
こちらの世界でも、魔法陣を用意すれば扉はいつでも開くというものではないらしい。
それどころか、魔法陣だけでは魔法さえ発動しないという。
確かに、そういった力は向こうに比べてはるかに弱そうだ。向こうへ流出しているせいか。
それ故、様々な条件を満たす時期を待ち、それに合わせた準備が必要なのだと言った。
今日のところはここまで。もうすっかり日が落ちている、帰らなければ。
また訪れる許可をもらい、娘の手を取って車に乗せる。見送る少女が私に年令を聞いてきた。
400と少しと答えると、年下ねと笑われた。

帰りの車の中で、数百年を生きていることについての感想を、娘から求められる。
決められた寿命で死んでおくべきだった、でも死んでいたらお前に会えなかった、と答えた。
トリシャにも、アルフォンスにも。私の家族に会えないままだった、それは嫌だ。
してきたことには悔いが残る、だが今も生き続けていることに悔いはない。
私はいずれ朽ちる、それまでに必ずお前を帰してやると言うと、手にそっと触れるものがある。
娘の手が添えられ、朽ちるとか言うなと、こちらを見ずに叱る。
片手を娘の手に重ねながら、そう簡単には死なないから安心しなさいと言った。
すぐ退けられるかと思った娘の手は、それからしばらく、私の手に添えられていた。
あれから日はあいたが、また娘を乗せて森へと向かう。今日は娘の体調が悪そうだ。
家に残そうかと思ったが、本人がどうしてもついて行くというので応じた。
だが、やはり車酔いをしたようで体調を更に悪くし、少女の家へ着く頃にはぐったりしていた。
話は私が聞いておくからと、ベッドを借りて娘を寝かせてもらう。
どうにか起き出そうと足掻いては、ばたりと伏せる。よほど悪いのだろう。
老女が、見るからに怪し気な液体を飲ませている。これが決定打となり撃沈したようだ。
娘が気になりはするものの、時間は待ってくれない。さっそく講議に入る。
少女はどうやら本当に、我々が向こうへ帰る方法を探してくれていたようだ。
話によると、力の弱いこの世界にも、すぐに扉が出現しそうな場所は点在しているらしい。
だがそれらは大抵険しい場所にあり、娘の体では到達は難しいとのこと。
ならば、近場を扉が出現しそうな地に一時的にでも変える必要がある。
その最も簡単な方法が、血液を捲くこと。しかも、できれば人間のものが好ましい。
人体は優れた有機化合物で、体を動かすのも感覚を生じるのも、すべて微弱な電流に頼っている。
そこを流れる血液は金属を含み、有機物でありながら電流を通す。
血液が捲かれた土地は、他に比べて力の通りが良くなり、結果として扉が出現しやすくなる。
成分比から鑑みて、人間の血液が最も好ましい。古来の生け贄にはそういう意味もあった。
少女は実に淡々と、的確に知りたいことを教えてくれる。少女とはいえ年上らしいが。
人間を生きて異世界に渡すとなると、差し出す代価もかなりのものだろう。
それについても淡々と教えてくれた。100人ほどでいいだろうと。
なんだ、たった100人でいいのか。それならすぐに集まる、何せこの世界は人間が多すぎるのだ。
寝ていた娘を起こして、家路に着く。道中、帰れそうだと言ってやると、ひどく驚いていた。
方法をしつこく聞いてきたが、秘密だと教えてやらなかった。話すなと言われているからだ。
娘がその方法を知れば、必ず止めさせようとするだろうから、と少女は言った。
自分のせいで大勢の人間が犠牲になるを、娘は良しとしないだろう。
だが、あれほど帰りたがっているのだ、私は必ずやり遂げる。そのために何人死のうとも。
地場を作るのに100人、扉を開きふたつの世界を一定時間繋げるために私の命を代価にする。
死ぬのはいい、娘に会えなくなることだけが辛い。

家に帰ってきて、娘が自室に篭ってしまう前に、頼みごとをした。
なるべく一緒にいる時間を作って欲しいと。できるだけ思い出を作っておきたいと。
今週末には扉を開いて帰れるようにするから、それまでの数日間、傍にいてくれと頼んだ。
お前がいなくなっても、その姿を思い描けるように。爪の形ひとつまで鮮明に覚えておくために。
娘は不機嫌そうに眉を寄せたが、週末までならと渋々承諾した。
嫌々でもこの際構わない、とにかく傍にいて欲しい。私の最後の望みだ。
翌日から、呼び出しにもあまり応じないことにした。どうせ週末には私は死ぬのだ。
体裁を繕うこともないだろう、そんなことより娘との時間を大事にしたい。
しかし準備のための道具や材料の調達もしなければならない。私はひどく多忙な身になった。
幸い、材料はすぐに手に入った。神経ガスの一種で、100人程度ならば少量で昏睡させられる。
こんなものが簡単に調達できるとは。近々大きな戦争でもするつもりだろうか。
好きにすればいい、じきに関係なくなることだ。どことどこが、どんな大義名分で戦おうと。
次に場所の選定。100人前後が暮らす村など、街から離れた小さな集落がいい。
これも案外あっさり決まった。少女が住む森の中にある村で、両隣の街からは少し離れている。
邪魔が入りにくそうで、関係ない者を巻き込むことも避けられるだろう。
準備は整った。あとは週末まで、娘と静かに暮らそう。
しておきたいことはないかと問うと、娘は私の知りうる限りの知識を伝授しろと言ってきた。
錬金術とは何か、を語る前に、世界とは何かをまず語らねばならない。これに一晩を費やす。
にわかに残された時間は少なくなり、何をするのも常に傍らに娘が寄り添い、語り合う。
私の部屋に娘のベッドを運び込み、添い寝をするごとく二人で横になるも、寝る暇はなかった。

あと残り二日というところで、さすがに私の意識が飛ぶ。ふと気が付くと、娘も眠っていた。
健やかな寝息が聞こえる。顔にかかる髪を手で梳いてやった。
頬を撫でても起きる様子はない。お互い連日徹夜で語り合ってきたのだ、無理もない。
ゆっくり眠らせてやるため、ずれたシーツを引っ張り上げて、そっと肩にかけてやる。
乱れた胸元から、わずかに乳房が見えた。あそこにも、男の指がいやらしく絡んだのか。
その時の娘はどうだったろう。恥ずかし気に俯いたか、歓喜に仰け反ったか。
私が抱き上げてやった時のように、すべてを預けるように身を任せたのか。
そこは私の腕の中より良いのか、安らげるのか、眠れるのか。そんな腕は二つと要らない。
何を考えている、これは娘だ。あの愛らしかった娘だ。これが今の娘の姿だ。
いや、いや違う。私の小さな娘は、今も幼く愛らしい、断じて男など知らぬままの少女だ。
では、この女は誰だ。男を求めて体が疼くと言った、私によく似たこの女は。
これは、誰よりも愛しい、この世で最愛の女。だから、私がすべてを満たしてやろう。
ゆっくりと覆い被さるように体勢を変え、シーツをはいで胸元をそっとはだける。
露になった乳房は小さく、乳首は淡い赤だった。肌寒い外気に触れ、瞬く間に固く立っていく。
これは、本当に男を知っているのだろうか、この幼気な乳房は。
男の欲望など知らぬような、まして欲望と共に弄くられたことなどないような。
そうだ、きっとそうなのだ、娘は男など知らないのだ。娘は処女だ、きっと処女のままだ。
この前は、ちょっと自棄になって意地を張ってみただけだ。本当は処女なのだ。
初夜の相手が父親などと、そんなことはあってはならない、断じてならない。
いつかはこの乳房を弄ぶ男が現れるだろうが、それは仕方ない。いつかは嫁ぎもするだろう。
幸い、その頃には私はこの世にいない。良かった、相手を石にしてしまうところだった。
花嫁姿を見てみたかった気も、少しはする。この世で一番幸せな花嫁になっただろうに。
あと二日でお別れだ。どうか幸せに、この世で一番幸せな女になれ。
胸元をそっと閉じ合わせ、再びシーツをかけてやる。額と頬にキスをして、私も眠ることにした。

いよいよ明日は決行の日、というところで、しつこい呼び出しが来た。
もちろん応じる気はないが、どうやら来賓があるらしく私なしでは顔が立たないと言う。
押し問答を繰り広げていると、娘が行こうと袖を引く。世話になったのは確かだからと。
仕方なく、娘と共に車に乗り込む。娘に鞄を預けて私は会議室へ、娘は書庫へ。
日が暮れてから、やっと解放される。書庫へ迎えに行くと、娘は薄暗い中、じっと座っていた。
様子がおかしいので体調が悪いのかと聞くが、何も答えてくれない。
明日には永遠に別れてしまうというのに、何が気に入らないのだろう。
顔色を伺いながら家に戻る。中に入るとすぐに娘は扉に施錠し、おもむろに私の鞄を開ける。
ラベルに化学式の書かれた小瓶を取り出しながら、これは何だと詰め寄ってくる。
その中には、神経ガスの元となる揮発性の高い液体が密封されていた。
まさか鞄の中を見られるとは思っていなかった、迂闊だった。なぜ見たのかと逆に詰め寄る。
娘は、勝手に見た事は素直に詫びた。父親がどんな物を持ち歩いたのか知りたかったと理由を言う。
別れる前に、父親を少しでも知っておきたかったと、涙ながらに話してくれた。
私の事が嫌いではなかったのか、私が傍にいるのは意味がないことではなかったのか。
感動する隙を与えてくれず、娘は小瓶について詰め寄る。ごまかす方法ならいくらでもあった。
だが、おそらく娘は勘付いているのだろう。それが扉を出現させることに関係しているのを。
中身が何かは、化学式から割り出して知っているだろう。話さねば、娘は私を永遠に許さない。
少女から口止めされた、100人と私を代価にすることを、包み隠さず娘に話した。
娘が振り上げた拳を、止めも避けもせず受ける。私も痛かったが、娘は反動でひっくり返った。
慌てて抱き起こしてやる間も、泣きながら動く手足で私に殴る蹴るの暴行を働いた。
もしその村に、この世界のアルがいたら、ウィンリィがいたら、どうするつもりなのかと問う。
もちろん首でも切って血を流す。似ていても、それはアルではなくウィンリィではないからだ。
世界は違えど、彼らを犠牲にしてまで戻る気はないと怒鳴りつけてくる。
そう言うと思ったから秘密にしたのに。まあ、いい。今夜、睡眠薬でも飲ませよう。
量を調節して、目覚めたその時に、目の前に扉があるようにすればいい。
そうまでなっては無下にはすまい。仕方なくでも、おとなしく帰っていくだろう。
私を睨み付けていた娘の目が急に力を失って、ただ泣きじゃくる。この前の、あの時のように。
帰る方法がそれと知って絶望したか。大丈夫だ、必ず帰してやる。
なだめるつもりで背中を撫でると、娘は私の胸にすがり、やがて腕を背中に回してきた。
どうしてふたり揃って帰る方法を考えないのか、400年も生きているくせに、そう言った。
会えなくなるかもしれないとは思った、でも死ぬとは思ってなかったと泣きじゃくる。
あっちに帰ったら、迎えに来る方法を急いで見つけ出すつもりだったと。
アルに会いたくないのか、母さんによく似た優しいやつだと、会いたいだろうと泣く。
会わせたい、アルに父親を教えてやりたい、だから一緒に帰ろう、そう言って泣きながらすがる。
誰も殺すな、あんたも犠牲になるな、そこだけは明確に言って、あとはただ泣き続ける。
両手で抱きしめてやると、父さん、父さんと繰り返すから、私もつられて泣く。
まさか惜しまれるとは。私はいてもいいのか、存在を受け入れてくれるのか。
良かった、娘は妻に似て優しい。私の狂気は息子が継いだか。いや、息子も妻に似たはずだ。
初めて唇に口付けると、何をするんだと咎める。親子のキスだと言うと拒まなくなった。
娘よ、親は子のためにする苦労を、苦労とも犠牲とも思わないものだ。お前もそのうちに知る。
等価交換の原則が立ち入れない領域を、昔から愛と呼ぶ。お前はもう知っているだろうか。
お互いに泣き疲れて目をパンパンに腫らし、ぐったりとベッドに入った。
明日からも一緒に寝てくれることを祈りつつ、目を閉じる。無理かもしれない。

翌朝、娘と森へ行く。少女に無期延期を知らせるために。
出迎えてくれた少女に話すと、そんなことだろうと思っていたとあっさり言われた。
今晩は祭りがあるから、良かったら泊まって遊んでいけと言われ、甘えることにする。
夜になると、街のあちこちに飾り付けがされ、灯りに照らされ幻想的な雰囲気になった。
娘は老女から菓子をふるまわれ、楽し気に話し込んでいる。
その隙に、そっと少女と街のはずれへ向かう。今夜は年に一度、土地の力が強まる日。
一度はあちらへ流れた力の余分が戻ってくる日なのかもしれないと、少女が言った。
扉の出現までは無理だが、ある程度の魔法なら少量の代価で発動できるという。
魔女はこの日に、魔法陣を描き代価を用意して、衰えた体を癒し治すのだと。
私の体の傷みにも気が付いていたらしく、修復してやると密かに告げられていた。
代価は、ほ乳類なら何でも良いと言われていたが、うってつけを見つけたので、それを使う。
森の街を巡るうちに発見した、娘を襲った脱走兵の残党。普段は森に潜み、時折街に出るのだろう。
ここに来る間、休憩と称して街に立ち寄り、こっそり殺して車に積んでおいた。
少女が魔法陣を描き呪文を唱えると、魔法が発動して私の体が徐々に修復されていく。
代価の方は順調に分解され、跡形もなく消えた。同時に、体調がすこぶる良くなる。
生きる気力とでもいうか、とにかく活力が湧き出てくる。こんな感覚は久しぶりだ。
うきうきと娘のところに戻ってみると、娘が怪訝な顔をしている。浮かれ過ぎたか。
鏡を見てみろと言われ、覗き込んでみると、何かいつもと違う。
あんた若返ってないかと言われ、なるほどそうかと思い至った。肌の張り、艶が違う。
活力は若さのせいか。若いとは、それだけで素晴らしいものだと改めて実感する。
それにしても少女の魔法はすさまじい。これなら、娘の手足も作れるはずだ。
密かにその話を少女にすると、できないことはないと言われる。
死者を蘇らせたり新たに命を生み出すことは、こちらの世界でも禁忌とされている。
だが生きている人間の欠損部分を補う、つまり人体練成そのものは禁忌には至らないと言う。
しかし娘の場合は欠損部分が大きく、代価には生きた人間が必要ということだった。
それは娘は望まないだろう。答えが明白だったので、娘には始めから聞かないことにした。

翌朝、娘が起き出してこない間に、少女からあることを告げられた。
私の体は現在、いわゆる賢者の石的な力を宿していて、触れる者は何らかの力を得るだろうと。
娘の手足を気に病むなら、できるだけ体に触れて力を分け与えてやると良いと言う。
そのうち力はなくなり落ち着いてくるはずだから、その間だけでもという話だった。
上手くいけば、杖なしで歩けるようになるかもしれない。本当にそうなれば、どんなにいいか。
娘の手をとり車に乗せる。少女と老女に礼を言って帰路についた。
横に座る娘の手に、私の手を重ねて置いた。娘は拒まず、軽く指を絡めてきた。
こうして私の手を拒まなければ、私の傍にいれば、お前はいつか歩けるようになるかもしれない。
その時、私はこの手を離せるだろうか。いつか、お前が愛した男の元へ歩き始める時に。
いや、今はただ、まだ味わうことを許された温もりを素直に感じていよう。
機会があればいつだって、娘を帰してやるつもりでいるのだ、一応は。
いつかは手放さなければならない。娘はいつか、この世で最も幸せな女になるのだから。
その時は、私は必ず傍らで見守ろう。更に指を絡ませ合いながら、固く誓った。


おわり





楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル