図書館で
| ゚Д゚)ノ 氏

大きく長い内乱が終わり、国家錬金術師は国から保護される対象となった。
軍そのものが縮小され、一応政権は軍にあれど、錬金術は大衆のためのものに戻った。
おかげで資格を返上せずに済み、以前程の特権はないにせよ、保護下で錬金術の研究を続けている。
職場は軍の研究施設、同僚にはシェスカがいて、組んで仕事をしている。

マルコー・ノートが完全な料理研究書だったのを受けて、そのような物件が他にもあるのでは。
例えば、単なる雑記や名もなき町の史記と思われていた本が、本当は錬金術書なのかもしれない。
そんな仮説が軍の審査を通過してしまい、予算と時間が充てられて、日々本に囲まれている。
シェスカには、どんどん本を読んで中身を覚えてもらう。
その中から、法則性のありそうなものを抜き出して、研究対象に選ぶのはこちらの仕事。
ちょっと気になった部分は、わざわざ本を引っ張り出さなくても彼女に聞けばいい。
お互いに、趣味がそのまま仕事になって、楽しんで働いている。
楽しすぎて、時々日が沈み夜が更けて、また日が昇っても気が付かないことがある。
ふたりして貧血を起こして動けなくなってしまい、探しに来た弟に医務室に運ばれたことも何度か。
そのたびに無茶くちゃ怒られるのだが、意識してやってる訳ではないので、止められない。
弟の叱咤だけで済めばいいが、時折、上司の上司の上司くらいの男から個人的に叱られる。
これがかなり鬱陶しいので、なるべく自粛するようになった。

基本的には楽しい職場だが、ひとつ困ったことがある。
とにかく、おびただしい数の本がここにはあり、探して取り出すのも一苦労だ。
広い書庫がいくつもあって、その高い天井に届こうかという大きな本棚が、数多く鎮座している。
上の方に収まっている本を取るには、背の高い梯子を運んでこなければならない。
こいつが重い。しかし、よじ登るには足場が悪すぎるため、仕方なく使用している。
軽い金属で作り直そうかと思ったが、本の重量に対する強度などを考えると、今のこれが良い。
いや、梯子が重いのはいい。それは仕方ない。問題は、むしろ制服にある。
ミニではないがスカートなので、梯子の高い所に登ると、下から中が丸見えなのだ。
登る途中、段に足をかける時にも、いい具合に見えると弟が言っていた。
特に、立て掛けられた梯子と本棚の間に入り込むと、素晴らしい眺めだそうだ。
そのため、近くに男性がいる時には、彼らに登ってもらうことにしている。
また、他に人がいない場合は、出入り口に施錠することも許可された。
時々男性がいるのに気付かず登ったりするが、大抵は見ないようにそそくさと移動してくれる。
それが普通だろう。ところが、そうでない男もいる。

例によって、ある書庫に本を取りに行き、中に人がいないのを確認して施錠した。
この書庫は建物の中でも端にあり、誰かが使っているところをあまり見たことがない。
人なんかいないだろうと、確認が少々疎かだったことは認めよう。
かなり高い位置にある本を、何冊か取らなければならない。まず1冊目を手に取る。
辞書級の厚みと重さに、思わず取り落としそうになり、ついでにバランスも崩れて慌てた。
どうにか持ちこたえたのは、普段の鍛練のおかげだな、と何の気なしに下を見る。
男がひとり、真下から思いきり見上げていた。
相手は上司の上司の上司くらいだが、無意識に手に持った本を投げ付けていた。
そして梯子を駆け降り、本を受け取ろうと無防備になった男の体に蹴りを入れる。
……つもりだったが、男は難なく本を受けとめ、身を翻されてしまった。
肉弾戦ではこっちが秀でている、おそらく偶然上手くかわせただけだろう。
それなのに、余裕綽々の表情で、ニヤニヤしながら本を渡してきた。腹が立つ。
さっさと出ていけと言えば、ここで本棚を眺めるのが趣味だのと、訳のわからないことを言う。
だったら本棚だけ見てろよ、と叫んで、再び梯子を登る。構っていられない。
こんな所でさぼっていたのか。彼の鬼副官に忠告しておこう。

登る途中で、ちらりと下を見る。やっぱり思いきり見られている。
そんなに見たけりゃ好きなだけ見ろと、半ば自棄になって梯子を昇り降りする。
梯子から更に足を上げて本棚に架ける。きっと、かなり丸見えのはずだ。
でも、こんな脚の開き具合など問題じゃないくらい、広げたこともあるくせに。
君が体が柔らかいね、などと言いながら、思いきり広げたくせに。しかも下着を脱がせた後で。
今さら何なのだ。あんなことやこんなことまでしたくせに、今さら覗きたいのか。
そんなに見るな、濡れてくるから。指とか舌とか思い出すから。
今すぐここで、同じことをして欲しくなる、だから見るな。
最後の1冊を取りに登る時、ちょっと目が合った。自分はどんな顔をしているだろう。
男の目つきが変わったのがわかったが、そのまま梯子を登って、本を取る。
一段、また一段と降りていく。もうすぐで床、というところで、足首に触れるものがある。
わかっている、男の手だ。もう一段降りる、手はふくらはぎまで移動した。
膝裏に、太股に、一段ずつ降りるごとに、手はスカートの中まで入り、一点を目指して進む。
払い除けようにも、片手で本、片手で自分を支えていて、あいにく両手が塞がっているのだ。
どうしよう、濡れているってばれてしまう。見られて感じていると、知られてしまう。
そして耳元でいやらしい女だとか言われてしまう。嫌だ、その通りだから。
どうしよう、このままじゃ、濡れているってばれてしまう。どうしよう。

いよいよ指が、という時に、ふいに涙がぽろっと出てしまった。
そして、あれよあれよと言う間に涙はじゃんじゃん流れ出て、どうしてか泣き出してしまう。
自分でも、どうしてだかわからない。自分が理解できない。おかしい。
もっとおかしいのは、男が指で涙を拭ってくれながら、ひたすら謝っていることだ。
真摯に謝りながらも、君が好きだからつい、など言い訳を挟み、やっぱりひたすら謝る。
別に怒っているのでも悲しんでいるのでもない、それなのに涙が止まらない。
どうやって止めればいいのか、頭では悩んでいる内に、男も弱り果ててきている。
服を買おう、本を買おう、食事に行こう、そう言って機嫌を取っているつもりらしい。
あいにく物は足りている。どうしても機嫌が取りたいと言うなら、欲しいものを言ってやろう。
「……ふ…………ぅっ…………じゃ、じゃあ、今夜一緒にいてくれる?」
「いいと、あ、今夜? 今夜、今夜は…………」

知っている、確か会談があるとかいう話だった。要するにけっこう重要な仕事だ。
言ってみただけだ。断られても気にしない。だから、もう構わず仕事に戻ってしまえ。
そのつもりでいたのに、わかった今夜だな、後ほど連絡する、と言われてしまった。
会談はどうするんだと聞けば、予備日に執り行うと言う。目眩がしてきた。
では後でとにこやかに笑い、額にキスして去っていった。目眩が本格化する。
しまった、まさか本気で仕事より優先されるとは。
自分で言い出しておいて何だが、それは痛い、はっきりいって引く。
まあ常々、会談など面倒だやりたくないだと密かにごねてはいたが。
やらざるを得ないなら、予定通り今夜やってしまえばいいのに。
……まあ、いいか、あいつの予定だ、あいつがなんとかするだろう。
それよりも自分の心配をしよう。まさか今日はないだろうと、ゴムのびのびパンツを履いている。
こんなの見せられない。定時で上がって家に帰って履き替えなければ。

そんな心配よりも先に、いかにして泣き腫らした顔と異常にかかった時間の言い訳をしようか。
おそるおそる職場に戻ると、案の定どうしたのかと尋ねられる。
仕方ないので、たまたま読んだ童話が悲しくて泣いたと、あり得ない嘘を吐く。
あそこにそんな本ありましたっけ? と言うシェスカの口を猛烈に手で塞いで愛想笑い。
とにかくこれ以上時間を取られるわけにはいかない、残業不可! と言うと彼女も頷いた。
それから必死に働いて、どうにか定時で家に帰る。
どの下着にしようかとベッドの上に並べて悩んでいるのを、弟が見て煮えていた。


おわり





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