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――月よ――




眠れない夜がある。
何があるわけでもない。
けれど、現実とそうではない世界の―もしくは普段垣間見ることのない世界の―微妙な重なりに足を踏み入れてしまったような、そんな感覚。

祐希は体を起こすと、部屋の様子をうかがった。
乱雑に散らかった、見慣れた部屋。
それでさえ異質なものに見えてくるのは何故だろう?
胸がざわめく。
何かに呼ばれるような気がして、祐希はそっとベッドから降りた。

 月は嫌い。
リビングへ向かうと、そこは月の光に満ちていた。
開け放たれたカーテンは、入り込む風にそよと揺れて。
庭へと続くガラス戸が開いているそこへ、祐希はひきつけられるように歩み寄った。
 月の下にいないで。
しばらくそこに立って庭にいる人影を眺めていると、不意にその人が自分に気付いて微笑む。
「どうしたんだ、祐希?」
それには答えず、祐希は裸足のまま庭に降り立ち、兄の隣に腰を下ろす。
芝生は夜露を含んでしっとりと濡れていたが、不思議と冷たくはなかった。
「眠れないのか?」
穏やかに笑う兄。
薄いパジャマも。肩掛けも。月の下、青白く見えるその顔も。
まるで病人のようだと祐希は感じた。
兄の問いに沈黙で答えると、昴治が小さく声を立てて笑った。
「俺もなんだ。」
それ以上言わず、兄は楽しそうに顔を上げて瞳を閉じる。
風にそよぐ髪がきれいだと、祐希はただそれを見つめていた。
 月の下で笑わないで。
 壊れてしまう。
やがて瞳を開いた兄は、月を…見上げた。
「ずっと、ずーっと昔。月には魔力があるって言われてたんだって。人を狂わせる力があるって、信じられてたんだって。」
 月ヲ、見ナイデ。
「狂うかどうか知らないけど…。でも、不思議な力があるってのは、なんか納得かも。神秘的っていうのかな。なんか別の世界みたいだ。」
「ガキ。」
思わず憎まれ口を叩くと、兄は小さく唇を突き出して笑った。
「お前に夢がなさすぎなんだよ。」
月があなたを連れて行きそうで
そっと抱きしめると、ゆうき、と囁く声。
あなたを壊してしまいそうで
「祐希?」
怖い。
「ここにいるよ。」


はっと顔を上げると、兄が腕の中で微笑んだ。
「ここにいるよ。」
優しく祐希を抱き返す。
「どこにも、行かないよ。」
いたたまれなくなって、祐希は昴治を強く抱きしめた。
ああ、どうしてこの人はこんなに――…。
「だから、泣かないで…。」
静かに髪を梳かれながら、祐希は兄を抱きしめて子供のように泣きじゃくった。
「泣かないで、祐希…。」

どれくらいそうしていたのだろう。
ひときわ強く吹く風に、祐希は空を見上げた。
「風が強くなってきたな。」
心なしか冷たい風は、2人の体温を奪ってゆく。
昴治は自分の肩掛けを祐希にかけて微笑んだ。
「そろそろ戻ろう?」

そっと手を引かれて、祐希はその手のぬくもりを懐かしく思った。
ここに…いる。

月は、嫌いじゃない。
END
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BGMCoccoでした(爆)。  しかし…祐希情けなさすぎ。一言しかしゃべってないし(汗)

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