RETURN TO NOVELS |
レイン 窓を叩く雨の音に、アルは読んでいた本を閉じて空を見上げた。 別に今降り始めたわけでもない。 朝方から重く垂れ込めていた雲は、 いくらも経たないうちに大粒の雨を大地に振り注ぎ始めた。 その雨に濡れながら宿へ帰ってきたのが夕方のこと。 ひどく落ち込んだ様子の兄を慰める術もなく、 アルはただオヤスミとだけ言って自分に割り当てられた部屋へと戻った。 雨はずっと降り続いていて、 日付を跨ぎあと数刻もすれば空が白み始めるというころになっても 一向にやむ気配を見せなかった。 兄はちゃんと眠っただろうか。 気になって、アルは隣の部屋へと視線を向ける。 こんな夜はきっと…。 そっと胸に手を当てる。 そこに心臓などないのだけれど。 ちくりと、痛んだような気がした。 こんな時、アルは少しだけ感謝する。 眠ることが出来ないということに。 そしてそれは、兄がわざわざ別に部屋を取る理由とよく似ていた。 兄はそんなことはひとことも言わなかったし、 アルも聞きはしなかったけれど、でもわかっていた。 毎夜のように悪夢にうなされている姿など、見られたくないに決まっている。 兄の性格ならなおさらだ。 アルには肉体がない。 あるのは、兄がその右腕と引き換えに錬成してくれた魂と、 冷たい鎧の体だけ。 痛みを感じることも、食べることも、そして眠ることも出来ない。 つらいと思うこともたくさんあるけれど、 眠ることが出来ないと言うことは、かえせば悪夢を見なくてすむということだ。 それはアルにとって一つの救いだった。 兄に悪いとは思うけれど。 兄が悪夢を見る理由もわかっていたから、 その気持ちはなおさらだった。 ―罪悪感。 母さんを生き返らせようと言ったのはどちらが先だったのか。 そんなことはもう覚えていないけれど、 ただそのためだけに二人で鍛えてきた錬金術だったから。 兄があの理論を発見した時、とても胸が高鳴ったのをアルは今でも鮮明に覚えている。 熱心に説明して聞かせる兄の声を上の空で聞いて。 アルはやさしい母の声を、笑顔をごく近くに感じていた。 しかし結果として錬成は失敗で。 兄は左足を、自分は体を全部失うという惨事に至ってしまった。 しかも兄は、弟を助けるため自分の右腕を犠牲にした。 血溜まりにうずくまる兄の姿を見たときの恐怖は、 言葉になど到底言い表すことはできない。 だからアルは、兄が今こうして元気でいてくれることを嬉しいと思うし、 兄が自分を助けてくれたことをとても感謝している。 けれど。 兄は少し違っていた。 あの理論を持ち出してきた、自分をひどく責めていた。 自分が見つけたりさえしなければ、アルがこんな体になることはなかったと。 禁忌を犯さずに済んだかもしれないのに、と。 もちろんアルにそんなことを言うような兄ではない。 でも見ていれば明らかにそう思っているだろうとわかる。 まったく、これだからこの兄は世話が焼けるのだ。 アルから言わせれば、これは一つの結果でしかない。 その理論がなかったにせよ、 いずれ自分達が禁忌を犯していた事は間違いないのだから。 かえって、二人ともに錬成に巻き込まれ消滅するなどという 最悪の結果にならなかっただけ、まだよかったとさえ思っている。 だから、兄がひとりで責任を感じる必要はどこにもないのだ。 だが、そう言っても兄は悩むのだろう。 飄々として、大人びて、時には大人も気圧されるくらい強気に振舞っているけれど、 結局は自分とたった一つしか違わない、まっすぐな15歳の子どもなのだから。 ちっぽけな人間だと、叫んだ兄の声が耳に痛い。 タッカーが、2年前に妻を、今度は娘と犬を錬成実験に使用した事件は、 つらい事件だったけれど、自分達兄弟がどうこうできた問題ではなかった。 彼等と知り合わなければ、自分達とは直接的には関係のない話だっただろう。 それでも。 少女を助けてあげられなかったこと。 同じ錬金術師が犯してしまった罪。 失われてしまったたくさんのこと。 全てを、兄は心に溜め込んでしまうのだ。 もしできることなら、 こんな時に兄を支えてやりたいと思う。 支えてあげられるような、自分になりたいと思う。 自分がいることで、兄が弱気な部分を少しでも吐き出せるなら。 そしてそれを糧にして次へ進んでゆけるのなら。 自分がつらいとぼやいた時に、悲しくて泣いた時に、 兄がいつもそばにいてくれたように。 雨は変わらぬ強さで降り続いている。 窓から見下ろす大通りは、ひっそりと暗く闇に沈んでいた。 まだ、朝は来ない。
end ---------------------------------醜い言訳 5話と6話の間のお話です。(つーかアルの独白) ちょびっとマイ設定あり。 …だったんだけど、活かされませんでした。 冒頭で読んでた本が、 タッカーのところから借りてきていて、 返せなくなっちゃったなーなんてくだりを 入れるつもりだったのですが…。 書いてるうちに入らなくなって。 いいよね、本の1冊や2冊くらい、きっと持ち歩いてますって!ね? そしてセリフがない!つーかアルエドチックですか…?いやん。 うちのアルはお兄ちゃん子だからなー。 というか、アルがニーナのこと何にも思っていないような感じになっちゃって、 それもイヤンな感じです。しかもなんか暗いし…。 もう結局何が言いたかったんだか。 連載途中のマンガのパロディは実は初めてだったので、 どこまでしていいものやらわからず、 当り障りのないあたりで…なんて逃げて書いたらこんな風に…(泣) ダメダメですね、精進します、はい。 |