嬉しい、嬉しい、嬉しい…!
俺はうきうきと子供みたいに胸が弾むのを押さえられなかった。
あのリヴァイアスで重傷を負い地球に戻ってからずっと病院に入院していた兄貴が
今日退院して家に戻ってくるのだ。
病院にいる間一度だけ見舞いにいったけれど、思ったより元気そうにしていて。
もう、自分の事など見てくれないと思っていたのに、名を呼んで笑いかけてくれた。
あんなに冷たい言葉を吐いて、
あんなに暴力をはたらいて、
あんな怪我をしたのに、見捨てた。
安っぽいエゴと引き換えに。
全部、俺のせい。
なのに、そんな俺を兄貴は許してくれた。
あれほど反発していたのに、俺はそれが…兄貴が許してくれた、ただそれだけが酷く嬉しくて、
気付いたら人目も憚らず泣いてしまっていた。
兄貴はそんな俺の頭をずっと撫でてくれた。
その昔と変わらない手の温かさに、俺はやっと気がついた。
ちがう、やっと認めたんだ。
自分の中で兄貴がどれだけ大切な存在だったかということを。
それが自然なことだったように、すとんと収まるその気持ち。
俺はその時に、深く心に誓った。
馬鹿なことはもう辞めだ。
これからはもっとそばにいて、兄の言葉に耳をかたむけるのだ。
いままで傷つけた分、今度は自分が兄を守る。
償いもする。言ったらたぶん怒るだろうから、それはこっそり。
もうすぐ家へ帰るから、そしたら一緒に買い物にでも行こうと言う兄貴に
俺ははっきりと頷いた。

「じゃあ、約束な。」
「ああ。」
兄貴も嬉しそうに笑っていた。
笑っていたんだ。


しばらくぼんやりしていたが、どうにも落ち着かなくて
俺はそわそわと辺りを見回した。
本当は朝からずっと落ち着かなくて、
用事もないのにコンビニに行って、兄貴の好きそうなお菓子を買ったり
読みそうな雑誌を物色したりしていた。
しばらくして家へ帰ると、母はもう出かけていた。
兄貴を迎えに行ったんだ。
そう思うと、恋人を待つように胸が高鳴る。
「早く帰ってこいよ、兄貴。」
兄貴。
と、その言葉を音にするだけで口元から笑みがこぼれる。
普段ろくにしたこともないくせに、今日は無性に気になって、
不器用に部屋の掃除などしながら、
俺は兄貴が帰ってくるのを今か今かと待ちわびていた。


そして。
玄関のドアが開いて誰かが入ってくる気配がした。
きっと母が昴治を連れてきたのだ。
ちょっとだけ驚かせてやろうと、祐希は足音を忍ばせて階下へ向かった。
しかし、そこに兄の姿はなくて。
いぶかしむ祐希の前を、スーツを来た男たちが忙しそうに出入りしていた。
母は、たぶん声がするから居間にでもいるのだろう。
男たちの辛気臭い顔が気に入らなくて、祐希は男たちがいなくなるまで
階段に腰掛けたまま、彼等を眺めていた。
男たちは無表情に祐希を見るだけで、何も言わなかった。
やがて、男たちがいなくなると
祐希はようやっと腰を上げ、居間へ向かった。
そこには花が綻ぶような笑顔を浮かべて祐希を迎える兄がいるはずだ。
しかし、そこにも兄の姿はなかった。
ただ、白く細長い大きな箱が置かれていて
その箱にすがりつくようにして、泣き腫らしている母がいるだけだった。
「祐希…」
祐希に気付くと、母は顔を上げぼんやりと祐希を見上げた。
「なんだよ…。兄貴はどうしたんだよ。」
「…。」
「あいつら、なんなんだよ…兄貴はどこなんだよ!」
「祐希…。」
母はくしゃりと顔をゆがめ、体を起こして白い箱の蓋を押し上げた。
がたん、と大きな音を立てて蓋が床に落ちる。
それさえも耳に入らずに、祐希はあけられた箱の中を見つめていた。
「昴治は、ここよ。」
白い布に包まれ、とても穏やかな表情で横たわる兄。
「嘘だ。」
白い肌。白い唇。
「嘘だ…嘘だ!!」
白い箱は兄の棺。
「こんなの嘘だ!兄貴は、今日…!」
「祐希…。」
取り乱す祐希に、母が枯れた声で告げた。
「昨日、言ったでしょう…。今日退院の予定だったけど、
夜になって急に容態が悪化して、昴治は…昴治は…。」
母はそこで言葉を切らし、ひつぎの中に手を差し伸べて
昴治の綺麗な頬にそっと触れた。
「でも、ちゃんと帰ってきたのよね…?
昴治は、もうどこも悪くない。なにも苦しいことなんてないんだから。」
子供を諭すように優しい口調で。
『祐希、聞こえているの?昴治がね…。』
「そんなの、知らない!聞いてなんていない!」
でも、祐希は耳を塞ぎゆっくりとかぶりを振った。
「嘘だ…!兄貴が死ぬなんて、そんなのあるもんか!」
どさりと倒れるように床に座り込んで、祐希は何度も首を振った。
そうだ、こんなもの嘘に決まっている。
だってあんなに元気にしていたんだから。
一緒に出かけようと誘ってくれたのも兄の方。
自分を見て笑ってくれたのも。
それはみんな嘘だったの?
『ソウだよ。オマエなんか赦すワケナイだろう?』
違う!そんなはずはない!だって兄貴は…!
『約束な。』
言ったんだ。
『約束するよ。』
そうだ、約束だ。
『お兄ちゃんはおっきくなっても祐希とずっと一緒にいるからね。』
これからも二人で一緒に未来を見るんだ。
いっしょにいるんだ!
「うそだ!!!」
「祐希…。」
「だって…だっておにいちゃんとヤクソクしたんだ!
かえってきたら、ゆうきといっしょにおかいものにいくって!
ずっといっしょにいるって!
おにいちゃんいったんだもん!
おにいちゃんは、ゆうきとのヤクソクはぜったいまもってくれるんだよ!
だから、だからおにいちゃんはちゃんとかえってくるんだよ!
かえってくるんだもん…!」
「祐希…!」
「おにいちゃん!うわあああん!!」
その場にうずくまり、子供のように声を上げて泣きじゃくる祐希に
母はなにもしてやることができなかった。
ずっとずっと、反発している間でさえ、無意識に兄に依存し続けてきた。
傷つけても、なじっても、祐希の中には兄しかいなかった。
一度は諦めた眼差しをもう一度向けてもらえた喜びに満たされて。
またやり直せると、償えると、希望を噛み締めていた祐希に
突然すぎる兄の死は到底受け入れられるものではなかった。
自責の闇から救い出された直後、奈落の底に突き落とされて。
見たくなくて、信じたくなくて、
祐希は幸せだった幼い時間の中に、心を閉じ込めてしまった。
「おにいちゃん!おにいちゃああん!!」
「昴治…。」
泣きじゃくる祐希に唇を噛み、母は物言わぬ息子に話し掛ける。
「昴治、起きて。祐希はあなたじゃないとダメなの…。昴治じゃないとダメなのよ…。
だから…だから起きて、昴治…。お願いだから…ねぇ…。」
けれど、昴治は答えない。
ただ穏やかな表情で横たわるだけ。
「おにいちゃああん…!!」

死んだ兄。
壊れた弟。

もう時間は還らない。
ただすべてを優しく壊して、

そこにはなにも残してはいかない。





………。あのう、望月です(びくびく)。
えっと、すみません(笑)。とくにカッコいい祐希が好きな方。
ちょっとですね、チャットで某姉上とAーさんと話していた時に
昴治が死んでしまってもにょもにょ(詳しくはナ・イ・ショv)
という話を書きたくなりまして
その練習にと短いものを書いてみたのですが
思いのほかアイタタになってしまいました(汗)。
こういうのをUPしていいものかどうか悩んでしまい
後日チャットで運悪く居合わせたAーさんとMっくんに
読んでもらって意見を聞いたりして(笑)
オフラインでは八甲田とNちゃんにも見てもらって
概ね好感触だったのでUPしてみました。
小心者だのぅ…。
見てもらったのものに少し手を加えるつもりだったのですが
なにぶん頭が働かないもので、結局あんまり変わってません。
そして、実は(?)個人的な気持ちとして
Tれさんのところに進呈したイクミのダークなSSと対にしてみました。
タイトルだけだけどね(笑)。

うーん、こういうのは…どうなんでしょうか…?
(↑まだ言ってるよ…)


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