ずっと、あなたと。
Sion.Mochizuki 「兄貴!行くぞ!」
「あっ…ちょっ…待てよ!」
足早に歩く祐希を、昴治は慌てて追いかけた。
今日は休日。
空は抜けるように青い。
絶好の外出日和だ。
二人並んで歩く。
お互い、なんだか少し気恥ずかしかった。
「次の休み、空けとけよ。」
祐希にそう誘われたのは数日前。
二人で近くの商店街まで買出しに行ったときのことだった。
"大感謝セール中!"
なんて言ってもらった福引券で、祐希は3等賞を当てた。
「遊園地ペアチケット、大当たり〜!」
本当は、特賞の『木星レジャーランドのペアチケット』を狙っていたのだけれど、遊園地でもまぁいいかと、祐希は帰り際そう言って笑った。
「わぁ、結構混んでるな。」
ついた早々結構な人ごみで、昴治は祐希を見上げ苦笑した。
「離れんじゃねぇぞ。」
昴治の手を強く握って言う祐希。
「子供じゃないんだから、大丈夫だよ。」
「いいから、ついて来い!」
手を引いて強引に歩き出す。
そんな弟の背中を眺めつつ、
「ハイハイ。」
昴治はくすくす笑いながらついていった。
そして。
「これだ。」
祐希が言ったそれを、昴治はイヤそうに眺めた。
それはどこにでもあるであろう、王道のお化け屋敷だった。
「こういうのは…ちょっと……。」
怖いものが苦手な昴治は、当然この手のアトラクションは好きではない。
祐希をそっと引っ張るけれど、祐希はそんな昴治を見てニヤリと笑った。
「だからだろ?」
「は?」
聞き返すと、
「怖くなったら、キャーとか言って俺に抱きつけばいいんだよ。」
耳元で囁かれて、昴治は真っ赤になった。
「いやだよ!っていうか、するかそんなこと!!!!」
「うるせぇな。いいから、行くぞ!」
「や…いやだぁぁぁーーー…!!!」
祐希に体ごと抱き込まれるようにして、昴治はお化け屋敷に入っていった。
「く…暗いな…。」
「当然だろ。」
「…少し寒くないか?」
「演出なんだろ。」
「なんか、で…出そうだよな…。」
「…出なくてどうすんだよ。」
だいぶ見当違いの昴治のセリフに、呆れ顔で彼を見た祐希は、その瞬間昴治の顔が恐怖に引きつったのに気付いた。
「兄貴?」
呼びかけると、すっかり青ざめた昴治が虚ろな表情で唇をわななかせている。
「何だ?」
もう一度聞くと、
「あ…あし……足…。」
今にも泣きそうな声。
言われて下を見ると、お約束といった感じに作り物のツタが巻きついていた。
祐希は盛大に溜息をつく。
「今取ってやるから。」
半泣きの昴治の額に宥めるキスをして、祐希は昴治の足元にしゃがみ込んだ。
「ゆうきぃ…。」
祐希の服をきつく掴む昴治。
入ってまだ少ししか経っていないというのに、これでは先が思いやられる。
まぁ、それも祐希の計算のうちなのだけれど…。
「ほら、行くぞ。」
ツタをはずして立ち上がると、昴治は力なく頷いた。
お化け屋敷から出たとき、すでに昴治はかなり疲弊していた。
膝がカクカク笑って歩くのもままならない。
「大丈夫か?」
「な…なんとか…。」
問い掛ける祐希にそう答えると、
「よし。なら次はあれだ。」
イヤな予感に顔を上げる。
そこにあったのは、バイキングとかパイレーツとか遊園地によって呼び名は違うが、要するにあの船が横に大きく揺れるあれである。
「あ、あの…俺少し休…」
「行くぞ。」
「ゆ、ゆうきぃぃ〜〜…。」
必死(?)の抵抗も空しく、昴治は聞く耳を持たない祐希に引きずられていった。
そんな風にして、気付けばもう夕方。
さんざん引っ張り回され、挙句乗る物がみんな絶叫系や怖い系とあって、もう昴治はぐったりだった。
唯一違うのはメリーゴーラウンド位だったが、一人だけ真っ白な馬に乗せられ、祐希は外で見ているし妙に注目を浴びるしで、昴治はもう恥かしくて仕方がなかった。
それでなくても体力落ちてるのに…
やたら元気な祐希を恨めしげに見る。
「最後はあれに乗ろうぜ。」
今度はなんだよ…
怒りぎみに顔を向けた昴治が見たのは、この遊園地のウリでもあり一周するのに30分も掛かるという巨大な観覧車だった。
「…。」
「なんだよ?」
唇を突き出して睨むと、祐希が聞き返してきた。
「急に観覧車だなんて…。なんか企んでるんだろ!」
「別に?」
答えて祐希は心の中で自分にOKを出した。
実にわざとらしくないそっけない言い方!
「そう…。なら、いいけど。」
昴治もあっさり納得している。
「じゃ、行こうぜ。」
軽く微笑んで昴治の肩を抱き観覧車に乗った。
向かい合って座るのがなんだか照れくさくて、昴治は祐希の横にちょんと腰を下ろした。
「兄貴?」
祐希が少し戸惑っているようなのを無視して体を彼に凭れかけると、祐希はその肩をそっと抱く。
触れる部分が暖かい。
今日の疲れとゴンドラの揺れ具合も相まって、昴治はうとうとと眠りかけた。
「兄貴…」
祐希の声も、心地いいな…。
そのとき。
ぼんやりしていた視界が輝くオレンジ色に染まって、昴治ははっと意識を引き戻した。
ゴンドラの中いっぱいに夕陽が差し込んで、全てがオレンジ色で満たされている。
「すごい……!」
立ち上がり、窓に張り付いて外を見る。
街も空も鳥の影も全てがオレンジ色に染まっていた。
呼吸をするのも忘れて外を眺める。
それは美しい夕焼けだった。
「もしかして、これを見せたかったのか?」
問い掛けてみる。
祐希は答えない。
「祐希?」
くるりと振り向くと彼は片手をポケットに突っ込み、もう片手は昴治のいた空間を抱いたままうつむいて固まっていた。
よく見れば、肩を小刻みにわななかせている。
その様子から、答えはNoだと知れた。
座席に戻って祐希の顔を覗き込む。
祐希はひどくばつの悪そうな顔で正面を睨んでいた。
「…もう眠くないのかよ…。」
ようやっと口を開いたかと思えば、そんなことを聞いてきて。
「ああ。こんな綺麗な夕陽見たら、眠ってられないよ。」
にこりと笑って言えば、むぅと押し黙る。
やっぱり何か企んでたんだ…と昴治は思った。
「なんだよ…何がしたかったんだよ?」
髪を引っ張りつつ言うと、祐希は軽く舌打ちをして昴治に小さな箱を押し付けた。
「?」
この箱って、もしかして…。
開けてみると、それは飾り気のない華奢な銀のリングだった。
胸が熱くなる。
ドキドキするよ。
「祐希…?」
「あれだ。」
「は?」
ぶっきらぼうに言う弟に聞き返す。
「あれがやりたかったんだ。」
「あれって?」
「前テレビで見たやつだよ!兄貴がいいなっていったんだろ!せっかく1日掛けて疲れさせたのに…!」
そう言われて、昴治は思い出した。
以前二人でテレビを見ていた時。
ずっと昔のCMを特集している番組を見ていた。
確か、20世紀後半くらいのCMだったと思う。
夕陽が差し込む電車の中で、彼女は疲れたのか彼に寄りかかって眠ってしまう。
彼はその間に彼女の薬指に指輪をはめるのだ。
やがて目を覚ました彼女は、指輪に気付いて涙を浮かべ彼を見つめて頷く…。
なんとかジュエリーとかいう宝石店のCMだった。
…そういえば。
確かに、「ドラマみたいでいいよな。」なんて言ったような気もする。
そのときは、鼻で笑って相手にしなかったくせに。
ずっと覚えていたの?
そんなことを考えていたの?
嬉しくて、くすぐったい。
でも、素直に言うのもちょっとだけ照れくさくて。
「祐希って、意外とロマンチストなんだ?」
からかうように言うと、
「違っ…!あんたが…!!」
怒鳴った祐希が赤かったのは、きっと夕陽のせいだけではない。
「ありがと。」
不意に微笑めば、握った手まで真っ赤になって。
それを隠すように、祐希は両手をポケットに突っ込んだ。
「なぁ…覚えてるか?」
「ん?」
「今日でちょうど一年だ。」
「…ああ。」
気恥ずかしさに、昴治はうつむいて手の中の指輪を眺めた。
祐希に初めてスキだと打ち明けられた日。
昴治が自分も同じ気持ちだと打ち明けた日。
そして初めて互いを強く求め合った日。
もう一年も経つなんて、時の流れは速いものだと改めて思う。
時を経ても、ずっと昨日のことのように胸に残る想い出もあるのだ。
「祐希。」
顔を見る。
強い瞳が、昴治を見返してきた。
「ずっと一緒にいような。」
瞳に宿る輝きが揺れる。
「来年も、その次も。10年目も50年目もずーっと二人で祝おうな。」
「兄貴…っ…!」
上手くことばに出来ないものを伝えようとするように、祐希は彼をただ強く抱きしめる。
頭が良いくせに、いつだってことばが足りないのだ。
それは祐希の気持ち。
そして自分の気持ち。
「ずっと、好きだから。」
囁くと、祐希はひどく切ない顔で見つめてくる。
「好きだから。」
紡ぐ唇を指でなぞり、そっと口付ける。
それに答えるように、昴治は祐希をそっと抱きしめた。
絶対に 忘れない
ここにある幸せを 感じている限り
強くいられる
そう
好きだから
ずっと、 あなたと。
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