恋の病に |
昴治は我が耳を疑った。 「今、なんて言った?」 顔を上げると、にこにこと笑うイクミと目が合った。 「可愛いよね。」 イクミはうっとりと微笑む。 昴治は少し疲れを感じた。 「いや、その前…。」 とろけるように微笑むイクミは、昴治をみつめて言う。 「昴治ってぇ…可愛いよねぇ。」 「イクミ…。」 自分の聞き間違いではないことを確認して、昴治はあきれた顔でイクミを見た。 「もう、ふざけるのもいい加減にしてくれよ。」 「うふふ…。ふざけてませ〜ん。よ?」 イクミの気色悪い声に、溜息をつきつつ彼を見る。 「イクミ、これは?」 指を一本立てて問う。 「昴治くんのゆ・びv」 「え?」 昴治はそこでようやく気付いた。 顔からさーっと血の気が引く。 「イ、イクミ…。これは?」 手のひらを広げて、5本の指をイクミの目の前に差し出す。 イクミはニッコリ微笑むと、 「昴治くんの手v」 言って、その手のひらにちゅっとキスをした。 「ぎゃぁっ!!」 おおげさな程とびのいた昴治は、ひとつの恐ろしい予感を確信に変えた。 いや、恐ろしいなんてモノではない。 イクミはまだうっとりと昴治を眺めている。 「どどど、どうしよう…っ…」 へたりとしゃがみ込んだ昴治の手に何かが触れた。 IDカード。 慌てて拾い上げた昴治は、助けを求めるべく通信をつなぐ。 誰でもいいからどうにかしてくれよ〜〜! イクミはまだにこにこ笑っている。 うえーん、誰かぁ〜〜。 『…ンだよ!!』 答えたのは意外な声だった。 「あれ、祐希?」 『祐希?じゃねえよ!アンタからつないできたんだろ!』 「そ、そうだった。た、大変なんだ!!」 『何がだよ?』 カードからそっと目を上げる。 微笑むイクミ。 『兄貴!なんだよ!』 「イクミが…。」 『あぁ?』 「イクミが変になっちゃったぁ…。」 半泣きの昴治。 しかし祐希は冷たかった。 『尾瀬がおかしいのはいつものことだろ。他に用事がないなら切るぞ。』 「ええっ!待ってよ祐希!ホントヤバイんだってば!」 『…じゃぁな。』 「あっ!!…祐希ぃ〜〜…。」 一方的に回線を切られ呆然とカードを見つめる昴治は、 彼を見つめるイクミの纏う雰囲気が変わったことに気付かなかった。 ―こんな時にも祐希を呼ぶんだ? イクミは椅子から立ち上がると、昴治の前にしゃがみ込んでIDカードを取り上げる。 「!」 「昴治くん。」 「イっ…イ、イクミ……。」 ニッコリ笑ってやると、昴治は何かを決意したようにすっくと立ち上がりイクミの手を取った。 「イクミ。」 「なあに?」 「医療室に行こう!」 「…。」 「ちゃんと診てもらおう!」 どうやら昴治は本気で言っているらしい。 「んふふ。だぁ〜いじょうぶ。」 人差し指でちょんっと昴治の鼻をつつく。 「治す方法があるって、昴治くん知ってる?」 「…。知ら…ない…。」 不信そうに見る昴治。 そりゃおかしい本人に言われても、信用できないだろう。 「ふふ…。尾瀬クンにちゅうするの。」 「……。誰が?」 「昴治クンがv」 昴治はあっけにとられて声も出ない。 「ささ、早く。」 「や…やだよ…。」 「じゃぁ、昴治クンは尾瀬クンが治らなくてもいいの?」 「でも…。」 頬を染めてためらう。 「ほ…ホントにそんなんで治るのか…?」 「ホントもホント。さ、昴治くん。」 「全く…なんなんだよ、もう…。」 どうやら昴治は、やっぱりイクミがふざけていたのだと決め込んだらしい。 小さく溜息をつくと、イクミの頬にキスをした。 「これでいいんだろ。」 昴治は真っ赤な顔で唇を尖らせる。 イクミはニッコリ笑ってVサインをだした。 「ばっちりでっス!」 「あっそぅ。」 ちょっとすねたような昴治を促して外に出る。 「さ、飯食いに行こうぜ。」 「…ああ。」 君は優しいから 僕だけを見てはくれない だからちょっとだけ わがまま 言いたくなっちゃうんだ いつか 気付いてくれるかな いえないけれど 君が大好きなんだってこと。 |
はいです。 |