smile for you |
ねえ、お願い。 振り向いて(こっちをみて) あなたに(そうアナタに) 伝えたい言葉があるから ***** 4月5日。 それは祐希にとってちょっと特別な日だった。 別になにも用意なんてしてないけど、それでもおちつかなくて前日からひとりでそわそわしていた。 なんてことはない。 ただ兄の誕生日だというだけなのに。 それだけのことでこんなに落ち着かないのは、きっとたった一言のため。 ずっとずっと言えなかったその一言を今年は言うと決めたから。 「…よし。」 意を決して、祐希は立ち上がった。 広い艦内を歩いて兄の姿を探す。 きょろきょろとあたりを見回しながら歩く姿は、人から見ればさぞかし奇妙に映るだろうけど、 そんなことに構っているような心の余裕は残念ながら今の自分にはない。 いや、そんなことを気にしていることが、かえって余裕のなさを表しているのかもしれない。 けれどこの一大決心をしたからには余裕でなんていられないというもの。 必死で兄を探す祐希の心の隅には、いまだそれを恐れる気持ちが残っている。 お前に言われても嬉しくない、なんて言われやしないだろうか? でもやっぱり言わなくちゃ前に進まない。 だから。 「どこほっつき歩ってんだよ、兄貴…。」 遠くからだって一目でわかるのに。 居なかったら見つけられないじゃないか。 さらりとした茶色い髪、細い背中にはあずき色のジャケットと、そして。 「…いた!」 T字路の先に青いまなざしが横切って、祐希は足を止めた。 思わず駆け出し、しかし先の道に飛び出す直前ぴたりと足を止める。 バカ。なに隠れてんだ! そう、言うって決めたんだから。 一呼吸して一歩踏み出す。 ほら、少し先に兄の背中が見える。 「あに…。」 声を掻けようとした祐希は、しかしふいに立ち止まった昴治に言葉を飲み込んでしまった。 昴治は何かに耳を澄ますように顔を上げる。 タイミングがつかめなくてそれをただ見ていると、昴治はいきなり通路を走り出した。 「あ、兄貴…!」 このままでは見失ってしまう。 小さな背中を追いかけて、祐希も走り出した。 ***** 4月5日。 それはイクミにとってとても大切な日だった。 あの日、どうしようもなかった自分を救ってくれた大切な友人の誕生日だから。 彼と出会ってこれで3回目の誕生日。 けれど、一度目はそれを知る前に過ぎていたし、2度目は離れている間に過ぎてしまったから、 実際それを祝うというのは初めてだった。 いったい何をしたら喜んでくれるんだろう。 考えてみたけど、何をプレゼントしたとしてもきっと昴治の反応は同じだろうと思った。 「ありがとう」と静かに微笑むその顔を思い浮かべて、イクミはまた考え込んでしまう。 せっかくの誕生日だから、もっともっと喜ばせてみたい。 でもやっぱりわからなくて、イクミはとにかくこれだけはしようと心に決めた。 一年に一度しか言えないこの一言を、必ず言う。 それだけのことでこんなに緊張するなんて思ってもみなくて、イクミはくすりと笑った。 これじゃ、祐希をどうこう言うことなんてできやしない。 いつもと同じ「イクミ」な口調で、でもずっと心を込めて。 「…行きますか。」 深く息をついて、イクミは顔を上げた。 広い艦内を歩いて友の姿を探す。 さりげなくしているつもりでも、どこか落ち着かないのをとめられなくて、 普段まったく気づかないような段差につまづいてみたり、 向こうから来る人を避けられなくてぶつかってみたり。 ソワソワとしている自分を感じずにはいられない。 そして、そんなふうにしているうちに時間が過ぎてゆくと、 それは友に会いたい自分を何かが阻んでいるせいのような気がして、 どうにも不安な気持ちになるのだった。 「うう…どこにいるんですか、昴治くん…。」 わかっている。 きっと彼が迷惑に思うことなんてない。 それでも、もしかしたらと思う脆弱な心がじわじわと全身を支配してゆく。 ダメだダメだ!! 自分だって強くなると決めたんだから。 あの友と肩を並べて歩けるような自分になるのだ。 大きく首を振って気持ちを切り替え、顔を上げたその矢先だった。 向かう道の先を、まさに探しているその人物が通り過ぎた。 慌てて駆け出しその通りまで出る。 「昴治…のわ!」 「…っ!」 とたん、彼の走ってきたのと同じ方向から走ってきた誰かと勢いよくぶつかって、 イクミは鼻をしたたかに打ちつけてしまった。 「どこ見てあるってやが………尾瀬!!」 「君、走ったらあぶな………祐希!?」 同時に顔を上げ、互いによく見知ったその顔に驚く。 「はっ…自慢の顔が、だいなしだな。」 鼻を鳴らして、祐希が嫌味に言う。 誰のせいだと思いながら、イクミももっと彼に効く嫌味な言葉を探した。 「お前こそ、なにらしくなく必死になって……あ!」 「?」 言いながら、気づいたイクミがあっと声を上げる。 こんな状況で、互いの目的は明らかだ。 思いがけない事態にふと忘れてしまったけれど、 今ってばこんなことやってる場合じゃないですよ!! 祐希が不信に思う間には、イクミはすでに彼のことなどどうでもよくなっていて。 「昴治…!」 「…っ…てめえ、待ちやがれ…!」 振り返れば、まだ通路の先に小さく見えるその背中を追いかけてイクミは走り出す。 そのあとを祐希も慌てて駆け出した。 ***** 4月5日。 それはブルーにとって、なんと言うこともない普通の日だった。 …そのはずだった。 ただ昨日、偶然通路で鉢合わせた男が知り合いで、 その男が何か楽しい秘密を話すように、明日が誕生日なのだと言ったのだ。 弟や友人が祝うのだろうと言ってやると、苦笑して彼らはきっと忘れているだろうという。 だからブルーは言ったのだ。 ならばもし明日また会ったら、自分が一言祝ってやると。 そうしたら、少し驚いたような顔をして、彼は。 「じゃあ、お礼の言葉も明日にとっておくよ。」 嬉しそうに笑って言うので。 別に義務になったなんて思わない。 ただ、またそんな風に自分の言葉で喜べるのだというのなら…。 そんな思いがあって、今は通路を歩いているのだった。 偶然を装って会うだとか、そんな小細工は自分らしくないし面倒くさい。 だから、ブルーは直接彼の部屋へ向かっていた。 多分彼のためではない。 その取っておかれた言葉を、自分が聞いてみたいだけなのだ。 けれど、たった一言のためにそうして足を運ぶのも悪くはないような気がした。 そうだ、たまにはこんなことがあってもいい。 いつの間にこんなに丸くなったのか。 そんなことを思うようになった自分と、そう思わせる一因となった男を思い浮かべて苦笑する。 その時だった。 通路の向こう側、今自分が向かう先から走りすぎた人影にふと足を止める。 振り向けば、それはまさに自分が会いに行こうとしている人物で。 「…。」 何を急いでいるのかと見ていると、また一段と慌しい足音がそれを追いかけてきた。 顔を向けると、ちょうどいいタイミングで目が合って。 「げっ…ブルー!」 「やあ大将、どうしてここに?」 明らかに嫌そうな表情は彼の弟。 明らかに投げやりな問いかけは彼の友。 「ふむ…。」 なるほど、そういうことか。 「え?大将何か言った?……!」 焦り気味に問いかけるのににやりと笑い返して、ブルーは身を翻し走り去った彼を追うように走り出した。 「てめえ、ブルー!!」 「うわーん、こうじ〜〜!!」 それを追って、また二人も駆け出した。 ***** 講義もなく、ブリッジ作業もなくて一日オフになったので、 昴治はぶらりと通路を歩いていた。 ここのところ何かと忙しかったので、こうしてのんびり歩くというのも久しぶりだ。 それに今日は誕生日。 特に何かあるわけでもないけれど、なんとなく周りがいつもと変わって見えて、 どこかすがすがしい、新しい気持ちになるのだった。 さて、どこへ行ってみようか。 そう思った時だった。 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。 「?」 立ち止まって、耳を澄ましてみる。 声はない。 けれど、誰かが呼んでいるという感覚が胸にある。 「もしかして…。」 思い当たる存在を胸に浮かべると、呼ばれる感覚はさらに強くなったように感じた。 こっちから…かな? 感覚のするその方向へ。 昴治は、なんとなく走り出した。 そして、走って、走って……。 辿り着いたのは、大きな壁面モニタのあるロビーだった。 走って追いかけた感覚は今、触れるほどの強さになってここにある。 ぽつぽつと人もいるロビーに、それでも昴治は探す姿を間違いなく見つけ出す。 「やあ、ネーヤ…!」 「コウジ。」 細い手すりに危なげなく腰掛けていたネーヤは、 昴治を見つけるとふわりと彼の元へ降りてきて小さく首をかしげた。 「コウジ、ドウシテ?」 「…えと、何が?」 いきなりな問いかけに、昴治も彼女と同じ仕草。 「ミンナ、そわそわシテル。少シ怖い、でも嬉しいの。ドキドキするノ。今日はトクベツ。ナニ?」 まだ、解らなくて考えるような様子の昴治に、ネーヤはそっと腕を上げる。 細い指が指し示すのは、彼の後方。 促されるように振り向いて、そこにいた思いがけない人物にきょとんとする。 ぜいぜいと肩で息をする弟と、 同じく息が上がっているくせに強がってピースなんてしてみせる友人と、 普段と変わりない表情の友人がもう一人。 「あれ?3人で一緒なんて珍しいな。」 珍しいも何も、こんなことが今まであったためしはない。 「なにボケたこと言ってんだよ、クソ兄貴。」 思わずいつものように言ってしまう祐希の額に、ぴしゃりとツッコミを入れてイクミが苦笑した。 「いやあ、別に好きでこういう状態になったわけじゃないんだけどね。」 「…じゃあ、なんだよ?」 呆れた様子の昴治に、ブルーが言う。 「一言、言いに来た。」 「っ…ブルー!」 「大将、先に言うのはなしっスよ!」 慌てる二人を、ブルーは面白そうに見下ろして。 「誕生日…。」 「わー!おめでとう昴治ぃー!!」 「おめでとうとかってのを、言いに来たんだよ!」 先に言われてなるものかと慌てて捲し立てる二人。 「…。」 ぱちぱちと瞬きをする昴治に、ブルーはふっと微笑む。 「あ…あ、そっか…はは…あはは…!」 笑いだした昴治を、今度は二人が一瞬ぽけっと見つめた。 「…はは…。」 かくんと肩の力の抜けたイクミの横で、祐希が渋い顔をしている。 もっと格好良く決めるはずだったのに、美味しいところを全部ブルーに取られたような気がする。 いや、ブルーにだけじゃないかもしれない。 「コウジ、嬉しいノ?」 笑う昴治の顔を覗き込んで、ネーヤが笑っている。 「今日はコウジの生マレタ日。だからミンナ嬉しい。ネーヤもウレシイヨ。オメデトウ、コウジ。」 「うん、俺も嬉しい。すごく。」 そう言って、顔を上げて、少し照れた顔だけど。 「ありがとう。」 そこにあるのは、見たかった最高の笑顔。 ***** …ほらね。 言えたらきっと、素敵なお返し。 |
もう時間的に間に合わないけど、根性でUPです 今年の昴治くんバースデーSSはこんな感じでどうでしょうか? 私というと、いつもなにかプレゼントという話になることが多かったので 今年は具体的なプレゼントは一切なし(笑) しかも、オールキャラ…いや、違うな 昴治総受にしてみました。 うちは祐希がいい思いすることも多いので。 そしたら、久しぶりに書いたブルーがちょっと格好よさげ? こっそりネーヤ×昴治もね!サービス、サービス!(笑) 本当はあおいやこずえも出すつもりだったのですが、 間に合わなさそうなのと、出てきたら仕切りだしそうだったので やめてみました(とくにあおい)。 とりあえず、これからも笑顔職人で行く方向で。 昴治くん、ハッピーバースデー!! |