あしあと


第2話




 新歓の時期が終わる頃、咲智は正式に透達が所属するサークルに入った。


 新歓コンパなるものが開かれ、咲智はその席で同じパートの1年生に話し掛けられた。



「ねぇ、1年のバイオリンの子だよね?」


「あ、うん」


 咲智が大人しく、一言も発しないのを見て、同じ席に座る1年生が声をかけたのだった。


「私は石澤紀子。よろしくね」

「私は、高野咲智と言います。私こそよろしく」



 紀子はおっとりとした雰囲気とは全く正反対の、いかにも気の強そうな、パキパキとした人だった。


 咲智は、紀子が一浪して大学に入り、4月の半ばに早くも20歳になったのだと言うことを知った。



「もう年寄りよー」



 そう茶化して明るく笑う紀子は、面倒見のよい、姉貴的な存在と言う感じだった。




 6人のテーブルには、咲智と紀子、2人の1年生と2人の2年生、2人の3年生が座っていた。


「名前は、何て言うの?」

「高野咲智です」

「石澤紀子です」

「高野さんと石澤さんね。私は、中崎絢加。
3年でクラリネットを吹いています。2人は、何のパート?」

「バイオリンです」

「俺は須田樹、2年生です。えっと、パートはチェロです」

「私は橘美咲。2年で、バイオリンやってるの。同じパートね、よろしく」

「3年の米山愛美です。ホルン吹いています」


 紹介された先輩達の名を、咲智は頭に入れた。



 顔と名前を一致させなきゃと思う。




 飲み会の様子を見ていると、サークルの雰囲気が何となくわかると思う。



 咲智は烏龍茶を飲みながらそんなことを考えた。


 咲智は高校時代の保健体育の時間に実施された、
アルコールパッチテストと言うものを受けたことがある。


 その時、『アルコールにはかなり弱い体質なので、気をつけましょう』と言う結果が出た。


 父親もそんなに飲まないし、母親に至ってはほとんどアルコールに手を出さないから、
想像の範囲内の結果だと、思ったわけだが。



 咲智は今まで、アルコールを口にしたことがなかった。


 飲み会の席で咲智がそのことを告げると、先輩達は気遣ってソフトドリンクを注文してくれた。




『ウチのサークルは飲みたい人が飲むだけから』




 そう言っていた3年生達は、かなり飲んでいる・・・ように咲智には思えた。



 コールはかかっているし、ビールにサワーにと、お酒が所狭しと並んでいる。








 透は、1年生が2人いるテーブルにいた。

 上級生は、透の他に2年生が1人、3年生が1人いた。




「ウチのコンサートマスターから、挨拶してもらいましょう」


 大槻が、立ち上がってそう言った。

「ほら、榛名」


 大槻に促されて、透は立ち上がった。

「わが管弦楽団にようこそ。僕は3年の榛名透と言います。
この1月から1年間、コンサートマスターを務めさせていただいています。
まずは7月の演奏会が本番です。
練習時間は限られていますが、密度の濃いものにして頑張りましょう」


 そう挨拶して透が座ろうとすると、すかさず大槻が声をかけた。


「やっぱりコンサートマスターは飲まなきゃなー」




 透は苦笑して、近くにあったコップをあけた。







 こう言うことは日常茶飯事だ。


 元々酒には強い体質の透だが、コンサートマスターになった後は特によく飲まされるようになった、と思う。




 もう一度座った透は、隣のテーブルに座る咲智に目をやった。

 咲智は、Tシャツの上にカジュアルなチェックのシャツを羽織り、
ジーンズにスニーカーという、かなりカジュアルな格好をしていた。




 透は、思いがけず盛り上がっている咲智の胸元から慎ましく目を逸らした。



 透は、隣のテーブルに移動した。

 咲智と紀子の前がたまたま空いていたので、透はそこに陣取った。


「こんにちは。名前、何て言うの?」


 紀子がハキハキと自己紹介する。


「石澤紀子です」

「どこの大学? うち?」



 ここ数年、他大生が多くなってきているので、紀子もそうかもしれない。

 そう思って透は聞いた。



「ウチの大学です」

「学部は?」

「医学部です」

「おお、すごいなぁ。俺は、工学部。高野さんは、ウチの大学だよね? 学部は?」



 そう透が聞くと、紀子は目を丸くした。


「あら、元々知り合いなの?」


 紀子が不思議そうに透と咲智を見比べた。


「ううん、サークルオリの時に勧誘されたの。私は法学部です」


「へぇ・・・それにしても2人とも、よく覚えてますね」

「榛名さんはコンサートマスターでいらしたんですね」

「あぁ・・・うん」

「私、下手くそなんですけど、よろしくお願いします」



 咲智はペコリと頭を下げた。


「いいえ、こちらこそよろしく」






 微笑み、透はしばらく咲智達のテーブルにいて、話をしていた。


 透は、同じテーブルにいたクラリネットの3年生と、今度の演奏会の曲について盛り上がった。



「あのフレーズ吹いてるのってクラだっけ? おいしいよな」

「いいでしょー。でも榛名くんもおいしいでしょ? コンマスだし、ソロあるんだし」

「まあ、そうだけど・・・」



 咲智と紀子は、唖然と2人の会話を見守るだけだ。


「2人は何の曲に乗るの?」

「私はドボルザークに乗るように、って部長さんからメールをいただきました。
紀子ちゃんも、ドボルザーク?」

「ううん、私はベートーベンとハイドン」

「ドボルザークの方は、榛名くんのソロがあるから期待して聞くといいと思うわ」


 絢加はそう言って笑った。


「中崎・・・そう言うプレッシャーかけるわけ?」


 透の抗議を絢加は笑ってかわした。


「榛名くんにプレッシャーがあるの?」



 敵わないな、と透は首を竦め、それ以上は何も言わなかった。




2005.4.29






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