7 微睡む誰そ彼
今夜は、ゼミの子達との集まりがある。
簡単に言えば、飲み会だ。
同じ教授の下で、2年一緒にやってきた院の仲間達だから、
もうすぐお別れだと思うと感慨深いものがある。
「早沢さんは確かお酒ダメだったわよね? ソフトドリンクにする?」
もう2年も一緒で、気心も知れている6人だ。
「ありがとう、じゃあ私は烏龍茶にするわ」
宮永恵美子さん、伊場哲史くん、太田和浩くん、高木亮祐くん、渡辺弘くん。
経済学部の院になると、やっぱり男の子達の方が多くなる。
ゼミでも同じことだった。
私が所属していたゼミは、男の子が4人と女の子が2人と言う編成だった。
男の子達はかなり飲む。
特に高木くんは『ザル』と言う言葉がピッタリ来ると言っても過言ではない。
水を飲むかのように次々にコップを空にしていく姿は、下戸の私にとっては驚くべき姿だ。
宮永さんも結構飲むし、つまり弱いのは私だけ。
「早沢さんは何にする? 烏龍? オレンジ?」
「烏龍茶にするわ」
私達の中のまとめ役は宮永さんだ。
「生中5つと、烏龍茶1つ」
そうやって店員に注文するのも大体いつも、宮永さんだ。
注文していた飲み物が来て、とりあえず乾杯する。
「今日はお疲れ様」
今日は卒論発表日だった。
「これで卒業だね」
そう笑った渡辺くんが、私の右手を凝視した。
何だろう、と思って私も自分の右手に視線を落とした。
私の右手の中指には、シルバーのリングが光っていた。
大学を卒業した2年前、直貴がプレゼントしてくれたものだった。
なくしたくないので普段は滅多にしないのだが、今日は何となく、久しぶりにはめてみた。
「早沢さんがリングしてるのって珍しくない?」
「そうね。アクセサリーはあまりしない方だし」
「それってもしかして、彼氏にもらったってリング?」
私の隣から、宮永さんが口を挟んだ。
「えっ! 早沢さん彼氏いるの?」
渡辺くんはそう言って目を丸くした。
「宮永さん、何で知ってるの・・・?」
「前チラッと聞いたもの」
「そうだったかしら・・・」
「彼氏いるんだ・・・長いの?」
「長いと言うほどでも・・・5年くらい」
「それは長いと言うのよ」
宮永さんが突っ込む。
「早沢さんの彼氏は頭いいのよーウチの大学の医学部卒だもんね」
「私・・・いつそんなこと話したかしら?」
話した記憶がないことを知られていることを知って、何だか頭が痛くなってきた。
「院に入って少しした時。新歓の飲みで早沢さん潰れたでしょ?
あの時迎えにきてたもん、彼氏が」
「うーん。全然覚えてないわ・・・」
苦笑するしかない。
潰れたことは覚えているのだが、その先は何も覚えていない。
直貴が迎えに来たのかも、だ。
「カッコよかったよねー」
「・・・そうかしら? 優しいのが取り柄だと、私は思っているけど」
「何言ってんだ」
突然聞き覚えのある声がして、私は驚いて振り返った。
「直貴!」
直貴と一緒にいたのは直貴を含めて男の人が3人と、女の人が2人だった。
確かに、直貴が今日飲み会だと言うことは知っていたけど、
まさかこんなところで会うなんて思わなかった。
「悪口なら本人のいないところでするんだな」
「だって、直貴がいるなんてわからないもの」
「・・・ねえ、もしかして有梨ちゃん?」
私の顔をまじまじと見て、1人の女の人が言った。
「はい。そうですけど・・・」
誰だかわからなくて、私は少し構えてしまった。
それがわかったのだろう、その人は苦笑した。
「私、若月亜依よ。同じサークルにいた」
あぁ、と声を上げたのは私と、直貴以外の男の人達2人だった。
「早沢さんか!」
「若月さん! それから、友部さんと秋篠さんでしたよね? お久しぶりです」
サークルの先輩達だった。
直貴の同級生で、私達が付き合い始めた後しばらくして引退してしまったので、
すっかり忘れてしまっていたのだった。
「綺麗になったわねぇ早沢さん。片岡くんに愛されてるからかしら?」
「若月さんっ!」
私はその後、直貴達のテーブルに混ぜてもらった。
ゼミの子達は、久しぶりに会った先輩達を優先した方がいいと言ってくれた。
若月さんは院の修士課程を出て、今は都立高校で数学を教えていると言う。
秋篠さんはSEで、友部さんは食品会社の研究部門にいるのだと言う。
「早沢さんがまだ片岡くんと付き合ってるのは意外だったわ」
「・・・若月、それどう言う意味?」
私の隣から直貴が聞き咎める。
「そのままの意味よ」
久しぶりだから積もる話もあって夢中になって若月さんと話している内に、
直貴がカクン、と私の肩にもたれてきた。
そんな直貴に苦笑して、若月さんは外をチラリと見た。
「あら、いつの間にか真っ暗ね。片岡くん、変わらないわよね。
飲むだけ飲んだら気が済んで寝ちゃうの」
外はいつの間にか暗くなっていた。
2005.3.25