5 会いたい午後
昼食後のちょっとした休憩。
今日は外来が多くて助教授の問診に時間がかかってしまったから、もう3時近い。
「片岡さん、コーヒー入れましたよ。飲みますか?」
看護士の山室さんがそう言ってくれる。
「ありがとう、いただくよ」
マグカップが前に置かれ、俺はミルクと砂糖を入れる。
意外だとよく言われるが、俺は甘党だ。
有梨も甘党で、付き合い始めたばかりの頃に自由ヶ丘のスイーツフォレストに行ったこともあった。
最近、ふとした時に有梨のことを思い浮かべることが増えたような気がする。
付き合い始めた頃は、他の奴らに奪われないように奪われないようにと、
かなり独占欲丸出しで付き合っていた。
電話は毎日、授業の合間にも何度もメールをしたり。
今考えてみると有り得ないくらい束縛していたのだが、
有梨が嫌がっていたと言う記憶は・・・ない。
有梨にとっては初めて付き合った男だったからだろうか。
あの時の異常な独占欲は落ち着いてはいるものの、勿論今だって愛しい。
初めて本気になった。
将来は結婚したいとも思っている。
でも、俺はまだ助手。
給料は雀の涙、自分すら養うこともできないのに、有梨と結婚するなんて想像がつかない。
有梨だってもうすぐ卒業とは言え、まだ学生だ。
俺達が付き合い始めたのは学生の時だったから、
その時の雰囲気が残っているのだろうか、俺達が将来のことを本気で話したことはない。
勿論2年前には俺が大学病院の助手として就職することや有梨が院に進学することを報告しあったし、
この前は有梨が就職を決めたと報告してくれた。
でも、2人の未来については、何のビジョンもない。
俺は有梨と結婚したいと思っているけれども、有梨がどう思っているかはわからない。
間違いないのは、俺と有梨が結婚するためには沢山の障害があると言うこと。
今度、相談してみよう。
次に俺の頭をよぎったのは、今有梨は何をしているのだろうかと言うことだった。
どうやら、俺は四六時中有梨のことを考えているらしい。
卒論の発表も終え、有梨は最近かなり時間にゆとりを持っているようだ。
院生としての生活は意外にも忙しいものだと嘆いていたこともあったし、
一人暮らしを始めてからは週に2度、家庭教師のアルバイトもしている。
今の教え子は有梨の母親の親友の末娘と言う子で、確か今ちょうど受験のはずだ。
家庭教師の役割も終え、大学に行くことも少なくなって、
俺が日勤で朝出かける時は勿論寝ているし、夜だってかなり夜更かししている。
ふと思い付いて、ズボンの右ポケットから携帯を引っ張り出して、電源を入れた。
勿論院内は携帯の使用が禁止されているが、奥の休憩室で使うことには何の問題もなかった。
家族への連絡を、ここでするスタッフも少なくない。
『おーい起きてるかー? 今何してる?』
それだけの短いメールをする。
5分も経たない内に、返信が来た。
『起きてますよ、もう3時だよ? さすがにそんな寝坊しませんo(><)o
今はね、部屋の掃除してるよ。直貴こそ、珍しいね。
こんな時間にメールしてくるなんて』
顔文字付きのメールが返ってきた。
『おーお疲れ様ー。今お昼休憩なの』
『えー今お昼!? 忙しいのね。お疲れ様です』
メールのやり取りをしたら会いたくなる。
『今日定時に終わると思うから、新宿辺りで食事しない?』
そうメールをしたら、快諾の返信をもらえた。
会えることを楽しみに仕事を頑張ろうと思う、午後3時半。
2005.3.10