4 哲学の昼下がり
日曜日の昼下がり。
人が少し減ったイタリアンレストランに、私はいた。
この間咲穂とばったり会った時に、近い内に同級生の女の子達で集まれたらいいね、と言う話をした。
そうしたら行動の早い咲穂は、あっという間に私と咲穂を含む同期の女の子達7人に声をかけ、
4人での集まりを企画してくれた。
咲穂―――水嶋咲穂は、大学ではマスメディアに関することを専攻し、今は出版社に勤めている。
河村菜緒は文学部を卒業して結構名の知れた大手企業に就職した。
それから、佐藤美和子は卒業と同時に、
大学時代にずっと付き合っていた8つ年上の人と結婚して、名字が『田辺』になった。
去年の夏に亜希ちゃんと名付けられた女の子を出産したばかりだ。
同じ大学の同じサークルにいた私達は、男の子達も含めてみんな仲がよかった。
3年の冬に引退した後はみんな就職活動だったり院試に向けての勉強だったり忙しくなってしまったし、
卒業後は卒業後で何だかんだ言って忙しくて、ゆっくり会って話すのは久しぶりだ。
「美和子、今日は亜希ちゃんは?」
「主人に頼んできた。たまにはゆっくり遊んおいでって言ってくれたわ」
美和子はパスタをくるくるとフォークに絡めながら言う。
大学卒業後あっという間にママになってしまった美和子だけれども、何だか可愛らしい雰囲気は変わらない。
最近菜緒に恋人ができた話とか、咲穂が初めて任された紙面の話とか、
徒然なるままに話をしているうちに、いつの間にか私の話になった。
「そう言えば有梨は片岡さんと続いてるの?」
「あーうん。一応・・・」
そう答えると、菜緒と美和子が不思議な表情を見せる。
「続いてるんだあ。意外だわ」
菜緒の言葉に思わず苦笑してしまう。
「それ、同じようなことをこの間咲穂にも言われた。そんなに、意外?」
「そう言うことでもないけれども・・・。でも長いよね。
確か合宿中に片岡さんがみんなの前で告白したよね、あれ1年の秋合宿だったっけ?」
「そんなこともあったね・・・」
「あれから何年? ・・・えーっと、早5年か。片岡さんって今何してるの?」
穏やかな声で美和子が言う。
「今はウチの大学の附属病院で助手してる」
「じゃあ、将来は教授?」
「そんなの、わからないわよ」
「じゃあ有梨は将来の教授夫人だね?」
何処か面白がっていると言う口調で、菜緒が言う。
「結婚するかなんてまだわからないよ」
そう言ったら、みんな目を丸くして、私を凝視した。
「わからないの? そう言う話しないの?」
「しないね」
「どうして? 私達は24歳で、片岡さんは26歳でしょう?
5年も付き合ってるんだし、結婚とかそう言う話しないの?」
自分は22歳で結婚しているからだとは思うけど、と付け加えながら美和子が言う。
「だって私まだ学生よ? 直貴の方だって2年前に卒業したばかりで、今はまだ助手だし」
医学部は6年だ。
私も院に行って6年間の学生生活を送った。
付き合い始めた時の、学生同士と言う関係が今まで続いていると言う感じ。
だから『結婚』なんて現実味がないのだろう。
それに、半同棲生活を始めて3年半になる。
このままでいることがいいとも思えないけれども、仕事に慣れるまでは別に今のままでいいと思う。
「有梨は結婚とか考えないわけ?」
「別にそう言うわけでもないけど、私も直貴も親に養ってもらってる身じゃね」
まだ半人前なのに結婚なんて想像がつかない。
自分で働くようになって初めて一人前だと言えるのではないかと、私は思う。
「え? 有梨は確かにまだ学生だけど、片岡さんはもう働いてるんでしょ?」
「直貴もまだ一応は実家暮らしだしお給料は全部お小遣いで消えちゃう。助手ってお給料低いのよ。
1ヶ月で3万とか4万とかだもの、それでバイトすらまともにできない環境だからね」
だから、直貴と結婚して家庭に収まるなんて想像がつかない。
直貴が結婚を考えているかもわからない。
そう言う話はしたことがないから余計にだ。
このままでいいとも思わないけれども、でもこのままでは結婚なんて考えられないのも事実だ。
私達の微妙な状態を悟ったのだろうか、友人達は、その後直貴とのことには触れなかった。
2005.2.22