「何故、お前がカノンを運ぶ!」
「えぇっと、成り行き?」
赤ん坊の女神を不満げに抱き上げサガがアイオロスに並ぶ。
怒鳴りながらも速度は落とさず駆け抜ける。
すでに光速の動き。
そのまま二人はスターヒルを目指した。
「アイオロス……どういうことだ、これは?」
サガが乱れた息を整える。
アイオロスも壁に寄り掛かり大きく息を吸い込む。
雨は未だに降り続いている。
「いや、私もこんな展開初めてだ」
なんだろうか、どこぞの海皇様がお怒りなのだろうか。
長雨どころではない。
海の体積がおかしいことになっている。
世界が流される。
本当に海が地上を侵略している。
カノンを海界によこせ、そういうことだろうか。
外してはいけないポイントが世界には存在するらしい。
今回のカノンはアイオロスがサガに基本的な世界のありようをバラしたために一ミリたりとも海と係わっていない。
手が滑って――というかなんというか――三人共犯者なんていう初めての経験をしたわけだから、
今までとは違った展開になるとは思ってはいた。
ポセイドン的にカノンが海底神殿にやってくるのは当然の道筋なのだろう。
だからって、こんなことして世界に報復しなくてもいいだろうに。神は大人気ない。
もう少し慈悲とかあって良いと思う。
「役に立たんな」
「今まで気が付くとカノンが消えてたか、私が死んでいたから。その先の世界はあまり知らないんだ」
「ひ弱な。それでも黄金聖闘士か」
「……同じ黄金の方に屠られてまして、わりと毎回後ろからこっちが衝撃受けている間に」
ちょっとジト目でサガを見る。
目線の意味に気が付いたのか、気まずげに視線を外に向ける。
止まない雨。
地上は本当に洗い流され綺麗になってしまうのだろうか。
海闘士が海界にいるのならばまだ救いがあるのだが、
カノンがポセイドンの封印を解くと海闘士が集結、この順番は崩れないだろう。
解けてない封印でこれだけはっちゃけられるということを見せられてはカノンが封印を解く必要はないではないか。
ポセイドンにとって封印は何の意味があるんだろう。
カノンホイホイとかだろうかとアイオロスが考えているとサガが気が付いたように声をあげる。
「どうかした?」
「黄金聖闘士新米どもと雑兵とかが頑張っている……教皇に指示を仰ぎにきたのだろうか」
「うん?」
気付かぬアイオロスに焦れたようにサガは下を指す。
「だから、このスターヒルに登ってこようと!……無謀なことを。どうせ、私達以外助かるまい。助けるつもりもないが」
「えぇ〜!私はアイオリアを助けたいぞ」
「ほぉ、私とカノンを見捨ててか?」
サガは酷薄な笑みを浮かべる。
ものすごく意地が悪い顔である。
その顔は自身満々に悪戯をしかけたカノンに似ていてさすがは双子である。
カノンに説教されそうではあるが、どうしようもないこともある。
圧倒的なものの前では命は平等に消費されるように消される。
諦めも確かに必要なのだ。
「アイオリア、ごめんな――溺死はそう辛いものじゃない」
「経験ありか」
静かに下を見るアイオロスにサガは驚いたように目を細める。
どこかの人に刺されて突き落とされたので、とは言わないでおく。
あれは失血死ではなく、窒息死だ。
脳内麻薬が出て良い夢が見れた。
「三人の世界かぁ……女の子が居ればなぁ」
「居れば、なんだ?」
「人類滅亡でしょ?このままだと」
「女子がいても濃い血は破滅を呼ぶ。というよりも、人類復興するぐらいに子供を作る気か?どこぞのゼウスか?」
「――あ、女神は?」
溜め息をついて馬鹿げた発言を一笑するサガにアイオロスは言い放つ。
「処女神に対してなんて発言を!!」
「大丈夫、私がちゃんと責任を持ってはら――」
最後まで発言させるまでもなく、光速でサガはツッコミを入れる。
ツッコミというよりも首を跳ねる勢いの手刀。
致命症になりかねないのでアイオロスはかわす。
険悪なムードで千日戦争に陥るかと思われた静寂を走ってきたカノンが壊した。
「大変だ、大変!!」
「どうした!……もしかしてカノン、得たいの知れない壺を開けたりした?」
「は?いや、壺じゃなくて……女神が」
今の今まで二人が言いあっていたことをまさしく水で流すようなことをカノンは口にする。
「流された」
しばし、三人の間に沈黙が流れる。
長い沈黙に感じたのはアイオロスだけではないだろう。
止まらない水音が取り返しのつかない事態を告げている。
「津波にさらわれた。なんかこう。ドド〜ンと大きなのが来て……てか、なんで?」
「ここって、スターヒルだよな」とカノンは辺りを見渡す。
意識ないままに連れて来たから状況を理解していないのだろう。
異常な雨も海もカノンは知りもしない。
「……もう本当に私達三人だけのようだな」
「人類もここで終わりか、終末を味わえるだなんて光栄だなぁ」
サガは俯き呟く。
アイオロスは眩しいぐらいに微笑んでみる。やけくそ気味に。
カノンは展開が理解できずに不満顔。
「アレだよねー。サガがちゃんと勝利の女神を持ってきてくれれば」
「私の責任か!?では、お前は盾を持って来い」
「あー、も〜!!訳わかんないけど喧嘩するな!どうなってんのか教えろよ」