「サガ……?」
「こんにちは、アイオロス。いや、こんばんは、か」
彼は真っ白であり、それ以外でもそれ以下でもない。
不可思議。
透明な笑みはカノンを思わせる。
けれど、消えそうな儚さはカノンの強さと相反する。
折れそうな優しさはサガに見える。
「探しもの?」
喜びすら滲ませた楽しそうな声。
白さ。漂白したような白さを感じる。
全てを洗い流し、全てを白に染めて清々したというように上機嫌。
解き放たれたように自由。何からだろうか。
「見つからないよ?見つからないさ。それは、何処にもないのだから」
サガは歌うように言う。
聞きわけのない子供を優しく諭すようであり、気軽に残酷な真実を告げる子供の様。
「……カノン」
「誰のこと?」
心底不思議そうに心当たりがないと首を傾げる。
サガにとってカノンの名を全くの無反応で流すことはできない。
そういった絶対のものだった。
けれども今は欠片の違和感もなくカノンの存在を否定する。
どうしてそんなことが出来るのだろう。
「どうして?」
たずねる言葉は意味を成さない。
サガは不思議そうな顔のまま。
アイオロスの胸に負の感情が湧きあがる。
とても容認出来ない。全て、認めたくはない。
『あいつらは実験をしたんだ』
扉越しでの会話が思い出される。
震えるようで無機質にカノンは事実をただ語った。
『スペアは性能が落ちていては替えの意味がない。同じものが必要なんだ』
続けて語られた言葉は全てが痛ましく記憶の隅に押しやってしまった。
認めたくはなかった。
カノンを信じない訳ではない。
けれど、勘違いだと。早とちりだと。何か理由があったのだと。
『お前が求めた存在は……この世界のどこにも居ない』
扉を壊せばよかった。
あの時、確かにカノンは扉の向こうにいた。
世界のあまりの有様に最高のタイミングを逸したのだ。
「何もないよ……アイオロス」
そう言ってサガは通り過ぎる。
もう誰か解らない。
引き寄せられるように先程までサガが居たアテナ神殿へ足を運ぶ。
死んだ赤ん坊。
穢された祭壇。
裁断された四肢は死屍は何処か足りない。
渦巻く死と血。
濃い闇。
血がこびり付いて乾いている短剣。
見知った形状ではないと気がついて、アイオロスは声をあげる。
剣に手首から肘までが縦に刺さっていた。
幼い赤子の肉を剣は鞘としていた。
濁った瞳と折れた首。
引き出された腸は星の光でてらてらと輝く。
遠くで誰かの慟哭が聞こえた。
アイオロスは耳を塞ぎたくなる衝動を抑えた。
震えながらも、耐える。
これが自分の触れた世界の結末。
知らなかった。
見たくもなかった。
考えもしなかった、底のない闇。
出したくない結論を先送りにしながらも肌で終わりを感じる。
「どうすればいい?」
口からこぼれたその問いかけは今更過ぎるもの。
もう、どうしようもないのだ。
どうすることもできないのだ。
静かに過激に全ては壊れて消えていく。
ここには求めたものが何もない。
なかった。
カノンは居なかった。
その意味を反復する。
知りたくないことを直視する。
何処からか二人分の笑い声が聞こえた。
くすくすケラケラうふふワーハハハ。
それの意味を考えるのは時間の無駄だ。
出された結論は、取り戻せないというだけだ。