カノンは岩場に腰掛けて泣いた。
静かに。やりきれない想いのままに。
終わることなく流れる時をアイオロスは感じた。



「どうして、こんなことになったんだろうな……全部、何にもならなかった」

優しい風が吹いた後、カノンはポツリとそう言った。
目を閉じているのに何処か遠くを見るように存在が遠い。

「――カノン、」
「アイオロス。オレがお前の言葉に従わなかったからか?」

カノンは横目でアイオロスを見た。
言葉を遮り発せられた問いは痛かった。
否定も肯定も口には出せない。
吹っ切ったように先ほどまでの涙を感じさせないカノンの顔。

「オレがお前を信じなかったからだな」

自嘲めいた色が顔に浮かぶもののカノンは笑う。
心底おかしそうに。

「ここまで来なきゃ失敗に気が付かない、オレ達はいっそ哀れだな」
「カノン」

咎めるようなアイオロスの口調にカノンは肩をすくめる。
睨むようにカノンはアイオロスを見据えて言った。

「死んでくれ」

冗談でも悪ふざけでもない。本気だった。
欠片の同情も見せない瞳。
圧倒的に無情な死刑執行人の顔。

息を飲む。覚悟していなければならないことだとしても、実際に言われてしまうと焦燥を隠せない。
強張る身体をどうにもできない。
死ぬのは怖い。
恐怖とは違う。何かをなして、なすために死ぬのならば死はただの通過点。
けれど、死ぬために生きることを止めるのは慣れていない。
これからも、慣れたいとは思わない。
いずれ、慣れてしまうのだとしても。まだ、アイオロスは死を躊躇する。

拒絶がどうにもならないことも、この段階でわかっている。
次の世界に行かなければならない。
もう一度、世界をやり直さなければならない。
その為にはどちらにしろ死ぬのだ。
絶対の法則は覆らない。

死は死。

ならば価値のある方が良い。
価値を持たせてやりたい。
命はただ一つの力なのだから。

「わかってるよ」

アイオロスは全てに目を閉じて自分の死を思う。
自害の経験は追い詰められそれしか方法がなかった場合とこの前の一回だけ。
場所も同じだ。
潮風は無情だとでも言うのだろうか。
優しく温かいというのに酷く寒い。

この前は躊躇いながらも先がないが故に終わるしかなかった。
生きているカノンを前に死ななければならない。
自分はほとほと愚か者だ。
何処にも行けず。何にもなれない。
学ばぬ者に成り果てるのか。

「アイオロス」

静かに名を呼ぶカノンには悲しみはない。
押し殺しているのかも知れない。
拳は握り締めすぎて血が滲んでいる。

自分の不条理な願いを聞きいれてくれるアイオロスにせめて、恨んで欲しいのかもしれない。
全てカノンのせいにして良いと無言で言っているのだろう。
恨みも憎みもするはずがないのに。カノンはやっぱり何もわかってない。

「ありがとう」

カノンは謝らなかった。それが、カノンの優しさなんだろう。
自分を何処にも逃がさない。
今から死ぬアイオロスに逃げ道を求めない。
仕方がないことだからと許しを請わない。
罪悪感の軽減なんて恥知らずなだけなのだろう。

「カノン。頑張ってね」

だから、アイオロスもカノンに許しの言葉は掛けない。
そんなことをしてしまったら、カノンはもう立ち直れない。

「あぁ。……すぐに追うから」

カノンが岩場から降りる。
ふわりと揺れる髪に触れたいという欲求を堪える。
風は止まない。

「いいよ。カノンは生きてて」

アイオロスが首を振って笑うとカノンは一瞬だけ痛ましげな表情を浮かべる。
皮肉気な顔で取り繕って、後ろを向く。
崩れた表情を見せないためだろうか。

「なに言ってんだ……どっちにしろ、無事には済まない。だろう?」

結果的に自分は死ぬのだからとカノンは言う。
死なない確率の方が高いのにカノンは言う。
カノンの中で渦巻いているだろう感情はアイオロスでは触れられない。

「無事に済んだら。死なないで、生きて」

アイオロスの言葉にカノンの肩が震える。
カノンにとっては一番辛い言葉なのかもしれない。
強がるけれど淋しがり屋だから。

「生きろ。何をしてでも」

アイオロスは強い口調で言う。これで十分。
カノンは素直すぎるからちゃんとアイオロスの言葉を聞いてくれる。
生き地獄でも生き抜いて、幸せに変えるだろう。
それだけの力がカノンにはあった。

「じゃあ、ね」

もう言うべきこともないので死ぬことにした。
喉ばかり突き刺していたので、サガを習って胸を突き刺してみる。

カノンが振り返る。
瞳は涙で濡れていた。先、泣き尽くしたと言っていたのに。
もう少し話しをしたくもあった。もう少しカノンを見ていたくもあった。
どうにもならない願いはどうにもされない。

掛ける言葉をカノンは見つけられないのか、戸惑い立ち尽くす。
駆け寄ることも支えることも言葉も何も出来ない。

視界が完全にブラックアウトする前に見たカノンの唇は「それでも――」と形作られていた。
かみ締めるように。
嘆くように。



『それでも、オレ達は幸せを目指していたんだ』

そう、聞こえた。







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