※注意

前提は陽子×景麒ですが、陽子×浩瀚の描写が結構あります。
(描写はありますが恋愛感情とはちょっと違います。
最後はハッピーエンド、だと思います)

陽子がちょっとでも浮気しているのは嫌、という方はご注意下さい。

全然大丈夫、という方はこのままスクロールしてお読み下さい。






「夜の樹(前編)」



「やっぱりね、言葉は大切なんだよ。景麒の性格上難しいのは分かってるけど、もうちょっと歩み寄ってくれてもいいと思わないか?」
 女王は幼子のようにむくれていた。
 こつこつと房室内を歩き回るたび揺れる花釵の澄んだ音は耳に心地よいが、陽子はそれさえ気に障り、勢いよく髪から引き抜くと無造作に放り投げる。そして考える。女王の八つ当たりを受けた哀れな花釵を拾い、自らの袖で丁寧に拭っている浩瀚、彼は今のこの状況についてどう思っているのだろうかと。
 陽子はここで飲み明かしても構わないとさえ思っているのだが。一国の王でありながら自堕落だとは思うが、他に思いつかなかったのだ。王に対する礼を失しない程度に程よく活を入れてくれる存在である彼に、陽子は今とても甘えたい気分だった。

 酔ってはいない、まだ口を湿らせた程度、なのに陽子はひどく饒舌になっていた。並々と注がれた甘ったるい果実酒がゆらゆらと杯の中で揺れる様を眺め、自分の事、麒麟の事、国の事を、我ながら馬鹿みたいだと思いながら話し続ける。
 そしてひとしきり愚痴をこぼすと、陽子はぼんやり杯の縁を指先でなぞりながらとりとめもない事を考えた。自分が王でなくただの海客だったらとか、男だったらとか、そういった類のどうしようもない事を。

「主上」
 浩瀚の気遣うような問いかけに陽子は我に返り、そして自分が泣いている事に気付いた。頬に手をやるとしっとりと濡れている。別に何でもない、ちょっと疲れただけ、そう言ってぎこちなく微笑んで見せたが、どういう訳だか余計悲しくなり、陽子は胸を押さえた。
 何故悲しいのか?
 それは、もう子供ではないからだ。
 転んで膝を擦りむいたから、玩具が壊れてしまったから、母親とはぐれてしまったから。
 幼い懐かしいあの子供特有の騒がしい泣き方は今ではもう出来ない、やり方も忘れてしまっている、それが今どうしようもなく寂しくて辛いのだ。国の事も恋人の事も今は何も考えたくない、ただもう少し、何の責任も負わなくていい存在でいたかった、ふいにそう思ったのだ。だから悲しい。
 王としてそれを臣下である浩瀚にそのまま素直に言う訳にはいかない、だからいつも朴念仁な麒麟の事を持ち出して弱音を吐いている。でも言葉に出さずとも浩瀚は気付いているし、浩瀚も私が気付いている事を知っている、そう思うと陽子は胸がつまった。

「どうせいつもの痴話喧嘩だとか、私は自分を卑下しすぎるだとか思って呆れてるんだろう?」
 いつまでも泣いていられたらいいのだけど、と心の片隅で思いながら、袖で乱暴に目元を拭う。浩瀚はとんでもない、という風に頭を振り、果実酒を注ぎ足した。
「無礼を承知で申し上げますが、主上が思ってらっしゃる以上に台輔は主上を大切になさっていますよ」
 私は毎日当てられております、そう至極真面目な顔で付け加えるので、陽子は苦笑する。今この瞬間、自分はひどく頼りなくちっぽけで子供じみて見えている事だろう。
「初めて会った時、こんな子供で、しかも女王に仕えるなんて嫌だと思わなかったか?」
 ふと思いついたように陽子は尋ねる。
「いいえ、こんな事ならもっと早く仙籍に入っておくべきだったと後悔致しました」
「そんなに気を使わなくてもいいのに」
「私は嘘は嫌いですから」
「そうか、じゃあ素直に喜んでおく」
 そつの無い冢宰らしい受け答えに、陽子はくすくす笑う。そっと手渡された果実酒を口に含んでから、ひたと浩瀚に目を合わせた。
「浩瀚みたいな人が恋人だったら良かったのにな」
 杯を静かに傾け、浩瀚は微苦笑した。


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続きます。多分……
頼りになる冢宰という事で。
お互い恋愛感情とはちょっと違うので、三角関係ではないです。
最後は陽子×景麒になる予定です。

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