「対決〜陽子vs浩瀚編」



 陽子のような性格の持ち主は、困難な事に敢えて挑戦したくなるものである。
 今回の標的は無謀にも浩瀚であった。

「景麒、ちょっと浩瀚をからかってみたくないか?」
 主の突然の言葉に、景麒は眉を顰める。
「突然何を仰るのです。冢宰をからかうなどと……」
 予想通り正論を言う景麒に、陽子はやれやれと首を振ってみせる。
「お前はそれでも男か?今まで散々策略に乗って踊らされて、悔しくないのか?浩瀚の慌てふためく顔を見てみたくないのか?」
「はあ……」
 概ねいつも主上に遊ばれているのですが、という台詞をぐっと飲み込み、景麒は曖昧な返事を返す。
「じゃあ、話がまとまった所でさっそく作戦に移るぞ」
 いつまとまったのか、そもそも作戦とは何なのか。最早聞いても無駄だと悟りきっている景台輔であった。

 とりあえず古典的に庭院に穴を掘って上に枯れ草をかけ、浩瀚をそこに誘い出してみるという作戦を説明する陽子に、景麒は呆れる。
「主上、それはあまりにも幼稚すぎやしませんか?」
「私の作戦にけちをつける気か?いいから適当な深さに掘ってくれ」
 言いながら陽子は蓬莱で言うところのシャベルを渡す。
「私が掘るんですか……」
 溜息をつきながらも、景麒は諦めきった表情で大人しく受け取る。悪戯の対象が今回自分でないだけましだ、と思いつつ、仕方なく慣れない肉体労働をする。
 麒麟に平気で肉体労働をさせるあたりも、さすが陽子であった。

 官服を泥まみれにしながらもようやくそれなりの深さまで掘り、汗で顔に張り付いた金の鬣をうっとおしげに払っている景麒に、陽子は満足げに頷く。
「よし、それ位でいいだろう」
 景麒は息を切らしながら穴から這い上がり、仕方なく主に続いて草むらに隠れて様子を伺う。

「……来たぞ」
 見ると陽子の伝言を聞いた浩瀚がこちらへと足早に向かってくる所だった。辺りに緊張が走り、主従が固唾を飲んで見守る中、浩瀚はその罠へと近づく。
 だが、落とし穴までもう一歩、という所で突然強い突風が庭院を駆け抜けていった。
 天の配慮なのかもしれない。
 その突風ですっかり枯れ草が取り払われ、ぽっかりと空いた大きな落とし穴の前で、浩瀚はにこりと微笑みながら、やはり先程の突風で隠れていた草むらから丸見えになった陽子と景麒に向き直る。
「それで、主上、どの様な御用でしょうか?」
 陽子はしどろもどろに適当な説明をしながら、景麒と共にその場をどうにか後にした。

 陽子は考えた。
 もっとシンプルに行こう、と。
 そこで執務室の扉を開けると上から墨で真っ黒に色を付けた水が大量に降ってくるという仕掛けを作ってみたが、引っかかったのは景麒だけだった。
「主上……あんまりです……」
 全身ずぶ濡れになり、金の鬣から真っ黒い雫を滴らせながら景麒が情けない声で抗議するが、当然陽子がそんな些細な事を気にするはずもない。
「景麒。蓬莱には偉大な諺がある。失敗は成功の元なんだ。気にするな」
 私は気にします……という言葉をまたしても涙ながらに飲み込んだ景麒であった。

 陽子はいかにも不味そうな外観で実際とんでもなく不味いお菓子を作り、浩瀚に食べさせるという次なる作戦を考えた。
 その前に一度陽子も試食してみて効果を計ろうと思ったが、あまりにも不気味な色合いなのでまずは景麒で試す事にした。
「景麒。ちょっと試食してみろ」
 目の前に出された不気味な薄紫の色合いのいびつな食べ物らしきものに、景麒の顔が引きつる。近づくと、何とも言えない香りがその物体から漂ってくる。
「しゅ、主上……これは、ちょっと……」
 思わず一歩後ろに下がる景麒だったが、陽子はにこにこと笑いながら差し出す。
「景麒、お前は私の麒麟なんだから、私の為ならこれ位当然してくれるよな?」
 極上の笑みと共に言われた言葉に、景麒は言葉に詰まる。
「ですが……」
「景麒だけは私の味方だと思っていたのに……」
「もちろん私は主上の麒麟ですが、それとこれとは……」
 そう反論しようとするものの、上目遣いで陽子に見つめられ、徐々に語尾が弱くなる。滅多に見られない可愛らしい姿である。それに、これは一応主の手作りお菓子である。
 覚悟を決め、景麒はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るその未知の物体を一口かじってみた。

 陽子は何故か景麒がその場でうずくまったまま動かなくなってしまったのを見て、首を傾げた。あまりに美味しすぎて……な訳はないので、きっと色んな意味でいい味を出しているのだろう。これならきっと浩瀚にもきくはずだ。
「景麒、お前という尊い犠牲、私は決して忘れない」
 陽子はそう呟くと、その場で微かに痙攣しながらやはり動かないままの景麒を後に、意気揚々と浩瀚のもとへ向かった。

 薄紫の生地が見るものの食欲を減退させる、不気味な菓子を目の前にしても、浩瀚はその冷静さを失わない。
 わくわくしながら陽子が見守っていると、浩瀚は躊躇うことなくその物体を手にし、口に運んだ。
 陽子の予想に反し浩瀚は涼しい顔で平らげ、表情一つ崩さない。
 おかしい。景麒は一口で倒せたというのに。不思議そうに見つめる陽子に、浩瀚はにこやかに問いかける。
「主上がお作りになられたのですか?」
「え?まあ、そうなんだけど……」
「とても美味しゅう御座います」
「……本当に?本当の本当に美味しいのか?」
「もちろんです」
 微笑みながら答える浩瀚に、陽子はますます不思議がる。僅かに混乱している陽子の前で、浩瀚は再びその不気味な物体を口にした。
「せっかくですから、主上もご一緒に」
 そう言われ、陽子は自らが生み出した不気味な食べ物らしきものを改めて観察してみる。
 浩瀚は本当に美味しそうに食べてるし、さっきの景麒はもしかするとこれとは全く関係ない事で倒れたのかもしれない。もしかしてみてくれは悪いけど、実は本当に美味しいのだろうか。
 好奇心旺盛な陽子はその物体を一つ取ると、一口だけかじってみることにした。

 ――しばしの静寂の後、陽子はその場に音も無く崩れ落ちた。
「どうなさいました、主上?お加減でも?」
 白々しく言う浩瀚の声をどこか遠くで聞きながら、陽子は改めて浩瀚の恐ろしさを再認識した。筆舌に尽くし難いこの味に耐え切り、なおかつ全く表情に出さないとは。
 次は、負けない……
 およそ懲りるという事を知らない陽子は、そう胸の内で誓い、意識を手放した。

 その後しばらく金波宮では、王と麒麟がほぼ同時に倒れるという事態に混乱を極めたという。
 真相は闇の中である。


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陽子と浩瀚を対決させてみました。

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