「バレンタインと卒業」 陽子も女の子である。なのでそれなりに色々な女の子らしい事に憧れたりもする。 そして標的はやはり、景麒である。 景麒は王気を感じ振り返った。当然そこには陽子がいる。だが、妙ににこにこしていて、いつもと感じが違う。 「主上? いかがなされました?」 景麒が声をかけると、陽子は突然そっぽを向いた。 「……主上?」 不審に思い再び声をかけるが、陽子は何故かもじもじしている。いつもとはあまりに違う陽子の様子に、景麒は眉を顰める。 妙な間が空き、景麒が再び声をかけようとした時、陽子はようやく口を開いた。 「……景麒先輩、これ、読んでくれ」 紙切れを景麒の手に押し付けると、陽子は走り去った。 景麒は呆然とその後姿を眺める。 ――先輩? 一体主上は何のことを…… 訳が分からないまま、とりあえず手紙を見てみると、そこには陽子のたどたどしい筆跡でこう書かれていた。 『景麒先輩へ 今日のお昼休み、中庭の一番大きな木の下にきて欲しい。 陽子』 景麒は訳が分からないものの考えてみる。 お昼休み? 午前の政務が終わった後でいいのだろうか? 中庭の一番大きな木は……まあ行けば分かるだろう……それにしても先輩とは一体…… 首を捻りながらも、王の命である。一先ず景麒はその場所に行ってみる事にした。 とりあえず一番大きいと思われる木の下で待っていると、陽子がやってきた。だがやはり様子がおかしい。俯き加減で、正面からこちらを見ようとしない。 景麒の前まで歩いてくると、手を後ろに回し無言で俯いている。 「主上?どうなさいました? どういった御用なのですか?」 普段は景麒の方が無言でいる事が多いのに、今日は逆である。 しばらく陽子はもじもじしていたが、急に顔を上げると後ろ手に回していた手を差し出した。そこには、綺麗な布で包まれた四角い箱がのっていた。 訳が分からず見ていると、陽子はその箱を景麒の手に押し付ける。 「景麒先輩……このチョコ、受け取って欲しい……!」 何が何だか分からなかったが、どうやら主上が自分に何かを下賜してくれるらしい、という事は分かったので、景麒はとりあえず礼を言う。 「あ、ありがとうございます……それであの、先輩というのは……」 景麒はかねてよりの疑問を口にするが、一瞬いつもの表情に戻った陽子にさえぎられる。 「そんな事今は聞くな、雰囲気が台無しだろ! これはそういうシュチュエーションというか、お約束なんだ。とりあえず今お前は先輩って事になってるんだ、細かい事は気にするな!」 さっきとは打って変わり強い口調で陽子に言われ、景麒は勢いに押されるように頷く。 「よし、じゃあもう一回最初からだ。私が渡したら、『ありがとう、陽子ちゃん』って言うんだぞ。それから、私がする事にはいちいち突っ込まないで流れの通りにやれ。いいな」 陽子の強引な命令に、景麒はただ頷くしかない。 景麒が了解したのを確認すると、陽子は今来た道を戻りだす。 「あ、あの、主上……?」 「いいから待ってろ、最初からだ!」 景麒から見えない所まで一旦遠ざかると、再び陽子は、もじもじしながら歩いてきた。そして先ほどと同じ様に景麒に箱を渡す。 「ありがとうございます、主上」 景麒の言葉に、陽子はきっと睨む。 「違うだろ! ちゃんと教えた通りにやれ」 「は、はい……あ、ありが…とう、ようこ……ちゃん……」 主を名で呼ぶ事など初めてである。おまけに、ちゃん付けである。口ごもりながらも、景麒はようやくそれだけいった。 「景麒先輩、もうすぐ卒業なんだな……」 「は?」 卒業? 意味不明な言葉に景麒は思わず間抜けな声を漏らす。 「いいから調子合わせろって言っただろ!」 どう答えたらいいのか分からないが、景麒は頷く。 「は、はい……そうですね……」 陽子は満足そうに頷く。 「よし、それでいいんだ。――続けるぞ」 そう言って陽子はまた、しおらしい演技を始める。 「もうすぐ卒業なんて寂しいな……景麒先輩、記念に第二ボタン欲しいんだけど……」 「だ、第二ボタン……? それは一体何のこと……あ、いえ、どうぞ、差し上げます!」 陽子に睨まれ、景麒は慌てて調子を合わせる。 「嬉しいな。一生大事にするから。私の事、忘れないでくれ……!」 陽子は景麒の官服の留め金を引き千切ると、しっかり握り締めて走り去っていった。 「主上……一体、何がしたかったのですか……?」 訳が分からないまま一人後に残された景麒は、呆然と綺麗に飾られた箱を持ったまま立ち尽くしていた。 戻る 02/12/18 |