「レモン味?」 陽子はこれ以上無いほど真っ赤な顔をしていた。 そして景麒も、信じられない事だが頬を赤くしていた。 話は数日前に遡る。 それは陽子の生真面目な性格から起こった。 陽子がもっとふざけた性格だったら、こんな事はかえって起きなかっただろう。 数日前のある日、陽子は偶然女官達の言葉を耳にしてしまった。 十二国版、キスはレモンの味、である。 どうやらここではキスは桜桃の味とか言われてるようだった。 陽子は悩んだ。こんな事も分からずに、私は王として果たしていいのだろうかと。 この思い込みをどうにか出来る人物は、幸か不幸かいなかった。 鈴、祥瓊相手に試そうかと思ったが、猛烈に反対されたので断念した。 女の子はノーカウントだと思ったんだけどな…… どうやらこちらの常識では違うらしい。 同じ蓬莱出身の鈴にまで呆れられてしまった。 その日は激務だった。政務が立て込んでいて、夜中までずっと景麒と二人、執務室で書類に追われていた。ようやく一段落ついた頃には、夜もすっかり更けていた。景麒がお茶を入れている姿を陽子はぼんやりと眺めていたが、ふと思いついてしまった。 「なあ、景麒」 「なんでしょう?」 茶器を運んできた景麒が顔を上げる。 「キスってこっちじゃ桜桃の味だっていうけど、本当?」 「……分かりかねます」 陽子の唐突でとんでもない問いに、相変わらず無表情を保ったまま景麒は答える。 「分からないと気にならないか?」 「別になりません」 面白くもなんともない事をいつもの様にさらっと言う景麒に、陽子はむっとした。 立て込んでいた政務の疲れが、それに拍車をかけてしまった。 「何でお前はいつもそうなんだ。たまには思い切って何でもやったっていいじゃないか! この間の朝議の時だってそうだ。いつもお前は慎重論ばかりで――」 肩で息をつきながらだんだんずれていく話しを一気にまくし立てる陽子に、景麒もさすがに疲れがたまっていたのか、珍しく感情を露わにして言ってきた。 「主上こそ、そんな思いつきで話しをしてらっしゃいますが、私とてすべて計画に乗っ取って行動している訳ではありませんよ。主上は――」 「そうだな、計画性があったら、最初に会った時私を放り出してあっさりと捕まるようなヘマはしなかっただろうな」 言ってから陽子は、さすがにしまったと思った。疲れていたとはいえ、こんな当たり方をしてしまうとは。さすがに謝ろうと口を開きかけた時、急に視界が翳った。 唇に何か柔らかいものが押し付けられるのを感じる。 「………私とて、衝動的に行動してしまう事もあるのです」 自らがとった行動を取り繕うように景麒はぽつりと言う。 一瞬の後、陽子の頬が一気に朱に染まった。 景麒も自分のしでかした事に、白い頬を微かに染めている。 それからしばらくの間、陽子は衝動的な言動は控えるようになったという。 戻る 02/12/11 |