「麒麟にマタタビ」 金波宮は馬鹿みたいにだだっ広い。 たまたま時間が空いたので気の向くままに散策していると、小さな庭園を発見した。何の気なしに入ってみると、ハーブに似た何かが栽培されているようだった。気の向くまま歩き、甘い香りにふと足を止めると、小粒の赤い実が目にとまった。何となく美味しそうだ。陽子は軽い気持ちでそれを摘み取った。 こうした陽子の後先考えない行動は大抵何らかの事件を引き起こすが、気づいていないのは金波宮で陽子だけであった。 そのまましばらく歩いていると、外殿から景麒がやって来るのが見えた。景麒も陽子の姿を認め近づいてくる。 「景麒! ちょうど良かった、さっき凄くいい香りのする実が生ってるのを見つけたんだ」 ほら、と景麒の前に差し出す。 しかしいつもの様に仏頂面で眺めるものかと思ったら、どうも様子がおかしい。何だか目がとろんとしていて、ぼうっとしているようだ。 「どうした、景麒?」 景麒らしからぬ様子に、陽子は目の前で手を振ってみるが、反応が鈍い。 一方景麒の方も、この甘い香りを嗅いだ途端襲ってきた妙な気だるさに戸惑っていた。どうにも堪えきれず、そのまま主の足元にもたれかかるように膝をつく。 陽子は具合でも悪いのかと慌てたが、どうもそうではないらしい。支えようとするが幾ら麒麟とはいえ、一応男性でそれなりに重い。当然陽子に支えられる訳もないので、仕方なくその場に腰を下ろすと、景麒も一緒に崩れ落ちるように寄りかかってくる。 「景麒?」 再び呼びかけるがやはり反応は鈍いままである。 「はい……」 かなりの間をおいてから、ようやく返事をするという有様だった。 「大丈夫か? 一足す一は?」 「二です……馬鹿な事をお聞きにならないで下さい……」 どうやら意識はしっかりしているようで、しっかり嫌味も返って来た。憎まれ口を叩く元気はあるようなので安心だが、なぜか陽子に寄りかかったまま離れない。 「立てるか?」 軽く揺すってみるが、一向に動く気配がない。むしろ更にくっついてくるような気がする。 陽子の膝に頭を乗せたまま一向に動かない景麒を、途方に暮れて見つめる。 髪を引っ張ってみても、でこぴんしてみても駄目である。 喉を撫でたらごろごろいいそうだ、陽子は呑気にそう思う。 試しに手を伸ばすと、ごろごろはしなかったが、手に擦り寄ってきた。 麒麟の姿ならそれはそれでのどかな光景だろうが、今は人の姿である。手を甘噛みされそうになり、陽子は慌てて手を離す。 「おい、今人の姿だって事、忘れてないか?」 問いかけにも答えず、すりすりと陽子の膝に擦り寄り、腰にしがみついてきた。日向ぼっこをしている猫のようだ。陽子の膝の上に頭を乗せて気持ちよさそうに草の上に横たわる景麒に、陽子は驚きつつもとりあえずお約束の言葉を口にする。 「おい、寝ちゃ駄目だ、寝たら死ぬぞ」 「雪山じゃあるまいし、そんな訳、ないでしょう……」 眠っているのかと思ったら、薄目を開けて景麒はふてぶてしくいってみせた。 こいつ、何で甘える時もこんなに偉そうなんだ…… とは思うものの、こんな景麒はこの先二度と見られないかもしれないので、黙って鬣を撫でてやることにする。 これをネタにからかうのは何時でも出来るし、たまにはこういうのもいいかもしれない。 その後、あの赤い実は麒麟にとって、猫にとってのマタタビと同じ様な効果がある事を陽子は知り、納得すると共にこう思った。 何かの時の切り札に取っておこう、と。 戻る 02/12/29 「陽子に、躊躇いながらも甘える景麒」というリクでした。 |